ワケあり1人目⑭
「目が覚めたようだな。体調はどうだ?」
再び目を覚ましたのは、完全に太陽が昇りきってからだった。
昼ごろだとは思うが、クスティデル近衛騎士団長が部屋に来たので、今後の話とかあるんだろうなあ、とぼんやり考える。
「おかげさまで。若干気怠さはありますが、問題無く動けます」
「そうか。ならちょうど良かった。ハイト、シャルロット嬢、一緒に来てくれるか?」
事件の当事者である俺が呼ばれるのはわかる。
一緒に呼ばれたシャルロットと顔を見合わせてみるも、何かがわかるわけでもなく、黙って二人とも彼についていく他なかった。
城内の廊下を三人で歩くうち、すれ違う人が少ない事に違和感を覚えるものの、たまたま人のいないルートを通っているのかもしれない、と考え直し、黙って歩く。
沈黙を保ったままで廊下を歩く事しばし。
やたらと入り組んだ順路を歩かされた後、クスティデル近衛騎士団長が一つの扉をノックする。
中から陛下の声がして、俺たちは部屋の中へと招き入れられた。
「ハイトよ、無事に目覚めたようで何よりだ」
部屋の中は陛下の執務室のようだ。
執務机で書類の山に埋もれながら、こちらに声をかけてきた陛下の顔が、やつれているのは見間違いではないだろう。
「おかげさまで、一命を取り留めました」
「うむ。シヴィリアンの娘よ、そう堅苦しくせずとも良いぞ。さて、余は仕事が忙しいのでこの状態で話す事にするがいいか?」
こちらと話しつつも、書類を凄い速さで捌いている陛下を見て、ダメと言えるはずも無く、俺は無言で頷く。
ちらりと後ろを振り返ってみれば、出入口を警護しているクスティデル近衛騎士団長と、陛下に向かって跪いていた所から立ち上がるシャルロットが目に入った。
とりあえず、俺がメインで話をするとしよう。
「お話とは?」
「うむ。ハイトよ、お主には国を窮地から救った褒美を出さねばならん。これは国としての沽券に関わる故、辞退する事は不可能だ」
ああもう、陛下ってば俺の事よくわかってるなあ。
褒美を出すから好きな物を選べ、とか言われたら、絶対に貴族に干渉されない権利って言うし。
とはいえ、このまま額面通りに褒美を受け取ると、貴族に任命されて面倒になる。
それだけはどうにか回避したいな。
「して、希望はあるか?」
さて、どうやってこの面倒な案件を切り抜けるか。
とはいえ、下手な提案をすると強制的に褒美を決定されてしまうだろう。
どうしたもんかね。
「そうですね……貸し一つ、とかじゃダメですか?」
貸し、という言葉は便利だ。
重しにも建前にも使えるからな。
もちろん、今の貸しという言葉は後者の意味である。
「ダメに決まっておろうが、このたわけ」
「ですよねー」
やはり陛下は俺の事をわかっていらっしゃるようで。
貸しという言葉で煙に巻こうとしたのがバレバレだ。
「……そんなに貴族になるのは嫌か?」
そう問うてきた陛下の顔は、どこか悲しげだった。
なんというか、貴族にいいイメージが無いからなあ。
陛下本人は気さくでいい人だし、好ましいタイプの人間だが、上に立つ人間としてどうかと言われれば、ワントップには向かない、という所だろうか。
とりあえず、今のガタガタであろう国の状況を想えば、有能な人物を一人でも取りこんでおきたいという気持ちはわからないでもない。
「正直に言えば、両親を見て育ったので、貴族にいいイメージはないですね」
変に取り繕っても損をするだけなので、正直な所をぶちまけておく。
直後、強烈な殺気が一瞬だけ突き刺さったような感覚がしたが、気のせいだと思っておく事にする。
「……そうか。だが、お前の功績を考えると、貴族へと叙勲しないわけにもいかん。そこでだ。法衣貴族としてならどうだ? あまり多い給金は出せんが、特に義務も務めも無い」
法衣貴族ねえ……。
まあ、働かずとも一定の収入を得られる、と思えば、冒険者稼業でやっていけなくなった時の保険にはなるか。
これを受けるとずるずると貴族として取り込まれそうな気もしないでもないが。
「まあ、その程度であれば」
「そうか、受けてくれるか。叙勲式にだけは出席してもらうが、それ以外は今まで通りに好きに暮らして構わん」
とりあえず、褒美関連の話は纏まったか、と思っていると、後ろから肩をちょいちょいとつつかれた。
振り返ってみれば、困惑した表情のシャルロットがこちらを見ている。
「ハイトさん、陛下に随分と気安くないですか?」
小さな声で耳打ちしてくる彼女に、そういえば陛下との関係性を話した事は無かったな、と思い直す。
まあ、ちょうどいいか。
「俺と陛下はもう4年前から知り合いなんだ。今この場は比較的プライベートに近いから、ある程度気安く話してはいるけど、公の場ならもう少し弁えるさ」
「そうだったんですね。あまりにも気安いやり取りをしているので、ハイトさんの首が飛ばないか心配でした」
心配するトコそこなのね。
いやまあ、事情を知らない人からしたら、気安く国王と話す子供なんて見たら青ざめるか。
「して、シヴィリアンの娘よ。この度は余が至らないばかりに、そなたの家族を死なせてしまった。この通り、申し訳ない」
俺との話が済んだからか、執務机からではあるものの、陛下はシャルロットに向かって深く頭を下げた。
これを見て、彼女は飛び上がらん限りに驚き、面をお上げ下さい! と悲鳴のような声を上げる。
「私などに頭を下げずとも、陛下が常に最善を尽くせるよう努力していたのは、シヴィリアン公爵家の知る所でございます。ひとえに、シヴィリアン公爵家が滅亡したのも、我々の力不足に他なりません。ダレイス公爵家に抗うだけの力を身に付けていれば、陛下を煩わせる事も無かったでしょうに……」
「お主は父に良く似ておるな。顔は母親似のようだが」
柔らかい雰囲気ながらも、シャルロットを見据える陛下の視線は、どこか彼女を値踏みするような感じだ。
「お主が望むなら、シヴィリアン公爵家をそなたに継がせる事はできるぞ?」
家を継ぐ事ができる、と言われても、彼女は一瞬の考慮すらせずに首を横に振る。
「私は当主には向きません。誰かをサポートする方が向いています。それに、元はダレイス公爵による陰謀とはいえ、この身は奴隷へと墜ちておりますので、公爵の立場など、相応しくありません」
「……そうか。そなたは父に似てはいるが、父よりも気高く、そして頑固なのだな」
シャルロットの返答を聞いた陛下は、成長した孫を見るような顔で微笑んでいた。
まあ、公爵家ともなれば王家と関わりが深いし、彼女についても何かしら知っているのだろう。
「そなたの意志はわかった。ならば、余が至らなかったなりに、シヴィリアン公爵家の罪は濡れ衣であった事を責任もって公表しよう。ダレイス公爵家のやらかしに対応するのが火急の案件ゆえに、今すぐに、というわけにはいかぬがな」
「そのお言葉だけで充分でございます。死んだ家族も浮かばれましょう」
やはり公爵家の娘だけあって、陛下とのやり取りに変な緊張や気負いがないな。
この辺りは生まれや経験のたまものだろうか?
ともあれ、爵位は受け取ることになったけど、法衣貴族だから特別な事は何もないし、シャルロットも陛下から改めて家族の無罪を宣言してもらえるとあって、満面の笑みだ。
色々あったけど、一件落着かな?