ワケあり1人目⑬
「……またこの展開か」
目を覚ましたのは、見覚えの無い部屋。
ワンルームの部屋なんかよりも、断然広い空間。
一目でわかる高価そうな家具や調度品。
石造りの室内。
そして、ダブルを通り越してキングサイズくらいあるクソデカベッド。
どう見ても城の中ですありがとうございます。
「傷は……治ってるな」
ハッとして自分の胸元や腹部を触ってみるも、痛みや違和感は無い。
恐らく、魔術か祈術で治療を施されたのだろう。
血を流した後だからか、少しばかり怠い感じがあるものの、それ以外には身体に不調は無さそうだ。
「良かった。ハイトさん、目覚めたんですね」
シャルロットの声が聞こえ、その姿が見えなかったので、俺は上体を起こし、周囲を見回す。
すると、ちょうど寝転がった状態だと死角になる、枕側の方に椅子に座ったシャルロットがいた。
目に少しクマができているが、顔色も良くて健康そうである。
「シャルロット、ここがどこかわかるか?」
「リアムルド城の一室です。私もここに来てそれほど経っていませんが、クスティデル近衛騎士団長の使いの方から、ハイトさんが怪我をして城で保護したと伺いましたので、一緒に来た次第です」
なるほど、クスティデル近衛騎士団長が気を利かせてくれた感じか。
俺を城に運び込んだのは誰か不明だが、しっかりと治療をしてくれたのはありがたいな。
とはいえ、この後に色々と面倒なイベントが待っていそうなので、今の内に逃げ出したさはある。
「そっか。それから俺についててくれたんだな。ありがとう」
「いえ、私はただ側にいただけで何もしていませんから。ところで、体調の方はいかがですか? かなりの出血をしていたと伺っていますが」
「少し血が足りない感じはするけど、それ以外は平気だ。メシ食って寝れば大丈夫なはず」
俺の状況を確認できたからか、安堵の表情を浮かべたシャルロットが、良かったです、とはにかんだ笑みを見せた直後、小さく欠伸を漏らす。
そういえば、今何時だ?
「シャルロット、俺はどのくらい意識を失ってた?」
「ええと、ハイトさんが宿屋を出て、その夜くらいに私がここに呼ばれたので……今ちょうど、夜明けくらいじゃないでしょうか」
確かめてみますね、とシャルロットが部屋のカーテンを開けると、昇り始めた太陽が、薄らと地平線を照らしているくらいだった。
もしかして、シャルロットのやつ、一睡もしてないんじゃ……?
「なあ、もしかして――」
「その先は言っちゃダメですよ。あなたが私を心配するように、私だって、ハイトさんに何かあったら心配くらいします」
先回りされて発言を封じられてしまい、俺は二の句を継げない。
俺も彼女に何かあったら徹夜してでも看病するだろう。
つまり、俺には何かを言う権利など無いという事だ。
「まあ、とりあえずは無事で安心しました」
「少しくらい寝たらどうだ? 俺なら今起きたばっかだから、ベッド空けられるぞ」
「今まで倒れてた人からベッドを譲られても、嬉しくも何ともないです。まだ完調じゃないんですから、大人しくしていて下さい。今のフラフラのハイトさんなら、私でも強制的に寝かせられますよ?」
とりあえずシャルロットに睡眠を取らせよう、と思い立ったものの、据わった目で睨み返され、俺は大人しく口を閉じた。
ダメだこれ、完全に俺の話を聞く気が無さそうだ。
倒れていたというだけで、ここまで扱いが変わるのか……。
「とはいえ、眠気もないようですし、簡単に食べられるものを貰ってきます。少しでも何か食べた方が血も戻るでしょうし」
そう言って、シャルロットは部屋から出て行った。
普段は大人しいけど、覚悟が決まったらしっかりと貫くタイプなんだな。
締める所はしっかり締めるタイプというか。
将来的には、旦那を手の上で転がしてそうだ。
大和撫子的なイメージだったけど、ちょっとイメージが変わったように思う。
普段は割と甘そうではあるけど。
そんな感想をぼんやりと考えていたら、シャルロットが手提げのカゴを持って戻ってくる。
「とりあえずパッと用意できるものだけとの事ですが、色々頂いて来ました」
そう言って、彼女が俺の枕元に置いた手提げカゴの中には、白焼きのパンが二つ、リンゴ、チーズと燻製肉が一切れずつ入っていた。
食べられる物を見た途端に、胃が空腹を訴えてきたので、俺はとりあえず白焼きパンを手に取って齧りつく。
ふわふわのパンは仄かに甘く、小麦の香りが口いっぱいに広がったような感覚を覚える。
次いで、燻製肉を一口。
あまり脂はないが、しっかりと味が付いていて、それでいて濃すぎない程度の絶妙な味加減だ。
歯ごたえはあるが、硬すぎない、いい塩梅の食感だと思う。
これを肴に酒を飲んだら美味そうだ。
水分が欲しくなり、リンゴに齧りつけば、溢れんばかりの果汁が口の中に流れ込む。
甘すぎず、酸味とのバランスがいい。
口の中を潤してから、チーズを少し口に入れてみると、柔らかく、濃厚な味が広がっていく。
そこからパンを齧り……と無限ループを繰り返していたら、いつの間にかシャルロットが持ってきてくれた食糧を完食してしまっていた。
残っているのは、リンゴの芯くらいなものである。
「ずいぶんとお腹が空いていたんですね」
「そうらしいな」
腹も人心地ついた所で、今度は睡魔がやってきてしまう。
うとうとする俺を見て、シャルロットが苦笑いだ。
「寝れるなら、寝て下さい。もうハイトさんが大丈夫なのもわかりましたし、私も少し仮眠しますから」
「そうか? そういう事なら……」
シャルロットに寝るよう促され、俺は素直に夢の世界に旅立つ事にした。
起きたらきっと、色々と面倒な事に巻き込まれるんだろうなあ、と諦念を浮かべつつも、俺は意識を一度手放す。
願わくば、起きてから何事も無ければいいけども……。




