ワケあり1人目⑨
「ただいまー、っと」
夕方くらいの時間に宿に戻ってみれば、部屋の中にシャルロットがいない。
すわ、一人でどこかに行ってしまったのか、と焦って再び部屋を出ようとした所、開いた扉が強かに俺の顔面を打つ。
「いってえ……」
「あ、すみません。お戻りだったんですね」
打った顔を抑えて蹲っていると、探していた人物の声がして、部屋の扉が閉まる。
とりあえず鼻血は出ていなかったので、蹲った状態から立ち上がると、うっすらと上気した顔に、しっとりと濡れた髪のシャルロットがそこにいた。
心配そうな表情で俺の顔を見上げていたが、大丈夫そうと判断したのか、ベッドの方に移動して腰を降ろす。
俺の予備の服を着ているが、やはり予想通りサイズが大きかったようで、裾と腕をまくっている。
「とりあえず、予定よりも早く用事が済んだんで戻って来た。そんで、これはお土産」
部屋に備え付けの椅子に腰掛けつつ、適当に屋台で買ってきた串焼きの容器を彼女に渡す。
首を傾げつつも、彼女は容器の蓋を開け、その瞬間に顔が目が輝いた。
「美味しそうですね! 本当に頂いていいんですか?」
「ああ。夕食前の小腹を満たすにはちょうどいいかなと思ってな」
ちなみに串焼きは、それほど大きくないものを塩とタレ1本ずつだ。
味見がてらに俺も塩とタレを1本ずつ食したが、どちらもちょうどいい塩梅の味付けで、肉の旨みを活かした美味しいものだった。
その分、お値段は少々割高だったが、肉の質と味付けを考えれば妥当な所だろう。
「それではありがたく頂きますね」
少しぬるくなってはいるだろうが、焼き立てを買ってきたのでまだ温かいはず。
そんな事を考えていると、シャルロットは塩の串焼きから一口頬張る。
「んー! 美味しいです!」
歓喜の声を上げながら、幸せそうに串焼きを頬張る彼女を見ていると、すごくほっこりした気分になった。
そういえば、忘れそうになるけどシャルロットもまだ14歳なんだよな。
俺はまあ、前世の記憶があるからまあ、精神面は割とおっさんだけども、こうして幸せそうに串焼きを頬張っている彼女を見ていると、年相応の少女なんだな、と思う。
「ごちそうさまでした。そういえば、用事が早めに終わったと言っていましたが、一体どのような用件で? 話せない事でしたら無理には聞きませんが」
「いや、君にも関係する事だ。頃合いを見て話すつもりだったから、ちょうどいい」
クスティデル近衛騎士団長と陛下に会ってきて、色々と話を進めた事、今回の件が片付いたら、陛下がシヴィリアン公爵家の無実を宣言してくれると約束してくれた事を話すと、シャルロットは涙目になって喜んだ。
「まさか、こんなに早く道筋が見えるなんて、思ってもみませんでした」
少しだけ鼻声になりながら、嬉し涙を流す彼女は、それはもう晴れやかな笑顔を浮かべている。
「正直な所、シヴィリアン公爵家の無実を証明する事なんて、不可能だと思っていました。父が全力を尽くしても、その上を行かれていましたから。国内で指折りの勢力であるはずの公爵家が、手も足も出なかったような相手に、証拠を勝ち取るなんて……と、どこか心の中で諦めていました。それもあって、昨日は盛大に取り乱してしまいましたが……」
取り乱してしまった、の部分はとてもバツが悪そうだったが、それでもこうして彼女が笑顔になってくれたのは嬉しい限りだ。
やっぱり美人で可愛い女の子は笑顔でなくちゃな。
「今回は相手のやり口を俺が知ってたから、たまたまだ。それを言うなら、俺がもっと前に対処していたらそもそもこんな事件は起きてないんだよ」
俺の発言にシャルロットが首を傾げていたので、俺は彼女になら話してもいいか、と判断して、俺がダレイス公爵家を出るに至った一部始終を話しておく。
無論、話がややこしくなるので、前世の記憶があるだとか、陛下と顔見知りである事とかは省いたのだが。
「そんなわけだから、俺が楽な方に逃げたせいで、君の家族を奪ってしまった」
本当にすまなかった、と頭を下げようとした瞬間に、シャルロットから、いいえ、と力強い否定が入り、俺は言葉と動きを止めざるを得なかった。
「あくまで結果論です。仮にあなたがダレイス公爵を排していたとしても、第二第三のダレイス公爵がシヴィリアン公爵家を陥れていたかもしれません。たらればの話に価値なんてありませんよ。だって、過去に戻るなんて、不可能ですから」
真剣な表情で、俺を諭すように語るシャルロットは、その瞳に強い意志を宿しており、反論は許さない、とばかりに圧を発している。
意識して圧を出しているのかはわからないが、元々が美人なのも相まって、妙な迫力だ。
「ですから、あなたは素直に私を救い、ダレイス公爵家の不正を暴き、シヴィリアン公爵家の無実を証明した立役者として、胸を張っていればいいんです。評価され、褒められるべき成果をあげたのですから」
そう言って、最後に彼女は慈母のように笑う。
ああもう、そんな事言われたら、もう二度とこの件で頭を下げられないじゃないか。
「そっか……そうだな」
俺がどうにもならなくなって、苦笑いを浮かべていると、彼女は小さく頷いた。
それでいい、と言われているような気がする。
「……あ」
少しの沈黙が流れた後、間の抜けた声を上げたのは、シャルロットだ。
「そういえば色々とありすぎて、普通に忘れていたんですが、まだあなたのお名前を伺っていませんでしたね」
あまりにも今さらすぎて、俺は思わず椅子からずり落ちそうになった。
最後の最後に、締まらないなあ、と思いつつも、真面目なのにこうして愛嬌があるのが、彼女のいい所なのかもしれないな。
「俺はハイト。家を出たから、ただのハイトだ。よろしくな、シャルロット」
「はい、よろしくお願いします。ハイトさん」
お互いに軽く会釈をして、どちらともなく笑い合う。
「話してたら、夕食にいい時間だな。もう普通に食べられるのか?」
「ええ、もうバッチリです。ハイトさんのおかげですね」
ナチュラルに持ち上げられるのが少し気恥ずかしいが、恐らくシャルロットは何も意図していないんだろうな。
何というか、真面目系天然ボケというか、そんな雰囲気がする。
ベースは賢くて真面目で優秀なんだけど、ちょいちょい天然が入ってるというか。
「それじゃ、今日は一緒にメシを食おうか」
「はい!」
どこか嬉しそうなシャルロットと共に、俺は部屋を出て食堂に向かったのだった。