ワケあり1人目⑧
「ご注文の品を……おや、お連れ様は?」
「先ほど急ぎの用事ができて帰ってしまいました。俺が頂きますので、そのまま下さい」
注文の軽食を持ってきた店員に、クスティデル近衛騎士団長が帰った事を伝え、注文の料理は俺が食べると言うと、店員はホッとしたような表情で料理を置いて去っていく。
そこまで腹が減っているわけではなかったが、とりあえず運ばれてきた軽食に手を伸ばす。
カリカリに焼かれたホットサンドを頬張りながら、次に来るであろう来客を待つ。
クスティデル近衛騎士団長は上手く味方に引き込めた。
あとはもう一人がどう動くかで話が変わってくる。
国内をほぼ掌握している公爵家に喧嘩を売るのだ。
保険はいくらかけたっていい。
「まさか、本当にいるとはな……。ダレイス公爵家に、お前が残っていなくて本当に良かった」
俺がホットサンドを食べ終わってからしばし、時間的には昼下がりくらいの時刻だ。
そこに本日2人目の来客が現れた。
「お久しぶりです。まさかここまで早く再会するとは思っていませんでしたが」
対面の椅子に座ったお方に、俺は立ち上がって礼をする。
何を隠そう、今こうして目の前にいるのは、この国の王そのお方だ。
名はウィズリアル・リアムルド。
このリアムルド王国を治める国王だ。
本来は、国王が外にホイホイ出歩けるわけはないのだが、この国王、異常にフットワークが軽い。
よく側近や護衛を撒いて、お忍びで街に出ているのである。
おかげで俺は幼い頃から陛下と知り合う事ができたのだが、その話は今は関係ないか。
「今でもあの手紙の伝達手段が生きていて良かったです。クソ親父にも知られていないようですし、陛下はその辺りは相変わらず抜け目ないですね」
「はっはっは、伊達に放蕩王の異名を取っておらんぞ、ゴーマン。いや、今はハイトだったな」
機嫌よく笑う陛下に、いや、褒めてないから、と真顔でツッコミそうになるのを抑えて、これでいてしっかり王様してるんだよなあ、と思い直す。
頻繁に市井に出ているからこそ、より一般民に寄り添った政治ができているのだろうけれども。
逆に言えば、貴族に対しての優遇はそれほど大きくしていない。
それがクソ親父を筆頭とする貴族優遇思想派閥を生んだ、とも言えるのだが。
「お時間はどの程度取れるでしょうか?」
「そうさな、おおよそ1時間は大丈夫であろう。それ以上はあやつ次第か」
1時間を過ぎるとお迎えが来るかもしれない、って事ね。
まあ、それだけあればしたい話はできるだろうか。
「概要は手紙に書いたのでご存知かと思いますが、正直な所、予想していたよりも王家の力が落ちていた事に驚いています」
「それは余の落ち度よな。民無くして国は繁栄せず、とは言うが、貴族を蔑ろにしすぎた結果よ」
うーん、俺は根が一般市民だからそうは思わないけど、そもそもの貴族って責務があるから多少の優遇が許されているわけで、クソ親父みたいにただ搾取するようなヤツは貴族とは言わんだろう。
とはいえ、その辺りのバランスが良くなかったから、内部から切り崩されて反対派が権力を持とうとしてた、って話なんだよな。
「で、ダレイス公爵家が一連の騒動を主導していた証拠が出たと手紙にあったが、それは誠か?」
「ええ。証拠そのものはクスティデル近衛騎士団長に渡していますが、簡単な写しならここに」
先にクスティデル近衛騎士団長に会っていた事を伝えつつ、証拠の簡単な写しを陛下に渡す。
「何だ、もうあやつには話を通しているのか。であれば、事実確認だけになるな」
そう言って、陛下は俺からメモを受け取り、内容を検めていく。
当然、内容が進むにつれて陛下の顔は険しくなっていき、最後に溜め息を吐いた。
「……これはシヴィリアン公爵には申し訳ない事をしてしまったな。余が力関係を上手く調節できなかったために、人一倍国に尽くしてきた男とその家族たちをみすみす死なせてしまった」
すまなかった、と瞑目する陛下に、俺は未だクスティデル近衛騎士団長にも打ち明けていない事実を打ち明ける。
「ですが、シヴィリアン公爵の娘は生きていますよ」
「何だと!?」
今は亡きシヴィリアン公爵を偲んでいた陛下が、目をくわっと見開いた。
何なら少し目が血走っているのがナチュラルに怖い。
「どうにも、クソ兄貴がシャルロット嬢を嫁にと望んだようで、彼女は同時処刑から免れたようです。結果的には、彼女がクソ兄貴を拒絶したので、毒を飲ませた上で奴隷に堕とし、生き残っていた事を揉み消そうとした。そこでたまたま、死にかけのシャルロット嬢を私が拾い、命を助けたので今回の件に繋がったわけですね。回復した彼女から、家族の無実だけは晴らしたい、と依頼されましたので、今回こうしてご足労頂きました」
「そうか、シャルロット嬢が生きていたか……。父親に似て、優しく気高いことよ」
恐らく、シャルロットと面識があるのだろう。
陛下は懐かしむ表情を浮かべている。
「話を進めますが、今回の件で恐らく国はボロボロになります。それも、周辺諸国に付け狙われるのも避けられないでしょう。その上で問います。今回の件、シヴィリアン公爵家の無実を宣言して下さいますか?」
本来ならば、恐らくは余計な事などしている暇がないくらい、この国はズタズタになる。
陛下がどのくらいの断罪を行うかによるが、高位貴族は軒並み死罪となるだろう。
というか、そうしなければ国が正常にならない。
その判断を陛下ができるのかどうか。
判断の結果次第では、俺はこの国を離れるつもりだ。
無論、シャルロットの依頼を彼女が望む形で終えられるよう努力するのがメインだが、この会合には、今後の俺の動きを決める意味もある。
「もちろん、あやつが浮かばれるのなら、喜んでさせてもらおう。むしろ、やらせてほしい。それが余にできる唯一の償いであるからな。今までは国が荒れずに民が安心できる治世を心掛けていたが、余は楽な方向に逃げていただけやもしれん。今回の件で、安定ばかりを取っても国は良くならんと学んだ」
「具体的にはどのように動くおつもりで?」
「そうさな、実物の証拠を確認してからになるが、お前の持ってきた写しに名のある貴族家は全て死罪。余罪の追及次第で関与が新たに浮かんだ貴族家も死罪か終身刑。それくらいせんとこの国から膿を出し切る事はできんだろうな」
陛下は嫌そうな表情こそ浮かべているものの、その目に覚悟は決まっていた。
これならば、早急に活動拠点を移す必要も無いだろうか。
「さて、おおよそ主題は纏まったであろう。少しはお前の話も聞かせてくれ。ダレイス公爵家を出て以降、改名申請を出してきた事以外に足取りがわかっておらんからな」
覚悟は見せたのだから、面倒な話題はもういいだろう、という陛下に苦笑いを零しつつ、俺は家を追放されてからの出来事を語った。
冒険者ギルドに所属し、初回の依頼から大波乱だった事、認定試験でS級冒険者と手合せした事、今ではC級冒険者として上手くやっている事……あれこれと話しているうちに、部屋の扉がノックされる。
俺が返事をして、中に入ってきたのは、陛下の直属の護衛の方だった。
タイムリミット、という事だ。
「さて、時間であるな。今日は色々と話せて良かった。余裕があれば、また話をしたいものだな」
「しばらくはそんな余裕は無いと思いますよ」
相変わらず、俺に対して妙に気安い陛下を苦笑いで送り出し、程なくして俺も店を後にする。
一旦は、用事が済んだ形だな。
本来はこれで2~3日かかる予定だったのだが、予想外に忙しいはずの二人が1日で捕まってしまったので、いい意味で予定が狂ってしまった。
まあ、状況が動くまでは、俺も少しゆっくりできると思えばいいか。
シャルロットにもいい報告ができるだろう。
「さて……何かお土産でも買って帰るか」
何となく、食い意地の張っていそうな公爵令嬢を思い浮かべて、俺は屋台で適当な料理を買って燕の休息地へと向かったのだった。




