ワケあり10人目⑰
今回はエスメラルダ視点です。
「……ま、私にかかればこんなものよね」
進軍中のバイレンド傭兵団の中に忍び込みながら、小さく呟く。
有名な傭兵団だけあって、個々の実力は高いけれど、軍というよりは強い個人が1つの指示に従って動いている感じね。
恐らく、目標はサンクリドの政庁を抑える事だとして、どの程度の戦力で来ているかくらいは押さえておかないと。
実際に見たわけではないから、確実な事はわからないけれど、場合によってはカナエやジェーンと渡り合うような実力者がいる可能性もある。
あくまでバイレンド傭兵団を調べる過程で、噂や実績でしか彼らを知らないから、油断は禁物。
その点、戦闘ばかりの脳筋集団かと思えば、意外にも情報統制はしっかりしていて、特に上位戦力の幹部についてはかなり情報が伏せられているし。
「見ない顔だな」
私の事を見て、団員の1人が怪訝な表情で睨み付けてくる。
かなり自然に入り込んだけれど、やっぱりある程度はお互いの顔を把握しているみたね。
1度疑念が浮かべば、周囲の目が急に敵を見るものに早変わり。
とはいえ、ここで焦るのは3流以下なのよね。
「そうでしょうね。普段は顔を見せていないもの。先行でサンクリドに潜入して情報を集めてきたから、それを報告しに来たのよ。潜入がバレそうになって、急いで抜け出してきたから、変装したままだったの」
別に変装などしていないけれど、今の私の姿が変装だと認識させる事で、バイレンド傭兵団の潜入工作員であると意識付ける。
全容は知らないけれど、傭兵団を調べる上で、情報工作員がいる事は裏が取れているから、そういった役割の人員は変装技術が必須技能。
さすがに合言葉なんかを求められたら困っちゃうけれどね。
「そういう事か。だったら大将は後ろの方にいるぜ」
「ありがとう。邪魔をしたわね」
声をかけてきた傭兵団員に、ひらひらと手を振って、私はその場を後にした。
疑念の目は完全には晴れていなかったけれど、すぐにでも襲われない程度には誤魔化しが効いたみたいね。
思ったよりも、ちゃんと情報管理が行き届いているみたい。
「……あそこね」
後方に控えているという大将の方向に向かえば、見てわかるくらい守りの厚い箇所があったので、そのまま存在を消して近付いていく。
多分、最低でも1人は2つ名持ちがいると思うけれど、その中でも誰がいるかくらいは掴んでおきたいわね。
誰がいるか次第で対策も変わってくるし。
「動線が、空いているわね」
整然と組まれた隊列の、ごく僅かな空白。
この道のプロにしかわからないであろう、その空白地帯を進んで行けば、眼帯をした大男が大きな曲剣を肩に担ぎながら歩いているのが遠目に見えた。
まさか、゛隻眼゛が出ているなんてね。
「バイレンド傭兵団の中でも、1、2を争う猛者……」
僅かな逡巡の後、この場で隻眼を倒そうと判断。
ハイトはきっと、1兵卒すら犠牲にしたくはないでしょうし。
私なら、魔眼さえ決められれば無傷であいつを殺せる。
リシアなら、隻眼が死んだ混乱を突いてくれるはずだし、やる価値はあるわね。
「止まりなさい」
やると決めた時点で、すぐに隻眼の前に移動して、取り巻きごと魔眼の光を浴びせる。
最後尾にいたのが、あなたの運の尽きよ。
何かあっても、先頭集団に伝わるには時間がかかるもの。
「……クックック、魔眼が自分のものだけと思ってねえか? 血染めの月の首領さんよォ!」
隻眼が眼帯を外した瞬間、特徴ある光が一瞬だけ私の網膜を貫く。
その一瞬だけで、全てを悟る。
私は、罠にかけられたのだと。
まるで、身体が石になったかのように動けない。
声を出す事も、仲間へと合図を出す事もできない。
「アンタがバイレンド傭兵団に探りを入れてるのにゃ、とっくに気付いてんだ。自分たちの技術を過信し過ぎだぜ?」
眼帯を付け直してから、隻眼がゆったりとした足取りで歩いて来る。
値踏みするような視線で、私の全身を舐めるように見渡すと、わざとらしく舌舐めずりをして、下卑た笑みを浮かべ、担いでいた大曲剣を右手だけで持ち上げた。
動けない私の身体をなぞるように、刃の切っ先を這わせていく。
器用にも、私の服だけを刃で裂き、柔肌を一切傷付ける事無く露出させられてしまう。
抵抗したい気持ちはあれど、身体がピクリとも動かない。
「ヒュー、いい身体してるじゃねえの。殺しちまうのは勿体ねえなあ?」
ちょうど胸元の辺りから、大きく切れ込みを入れられた服は、私の胸の谷間から下腹部の辺りまでを晒してしまっていて、隻眼の他にも取り巻きたちが欲情した視線を向けている。
今や、私は飢えた獣の群れに放り込まれた家畜みたいなものね。
これは、万事休すかしら。
私とした事が、こんな罠にかかってしまうなんて……焼きが回ったものだわ。
「アンタほどいい女はそういねえだろうな。正直、予想外の収穫ってやつだ。それじゃあ、まずは楽しませてもらおうか」
にじり寄ってきた隻眼の左手が、私の胸を鷲掴みにして、弄ぶ。
その過程で、服をずらされて、徐々に晒される肌面積が増えていく。
大勢に視姦されながらも、私は反撃の時を逃さぬよう耐え忍んだ。
けれど、いくら待てども身体が動く気配は無い。
隻眼は何かあっても対応できるよう、右手の大曲剣は手放していないし、仮に身体が動いたとしても、私が斬られる方が早そうに思えてしまうわね。
……まさか、こんな所で年貢の納め時になってしまうなんて。
多くの人を殺した報いが、こんな形で降りかかると、誰が予想できるかしら。
覚悟していなかったわけじゃない。
私の稼業は、いつ惨たらしく死んでもおかしくなかった。
女である以上、こういう目に遭う可能性だって高かったのだから、覚悟はしていたはずなのに。
リベルヤ家のお抱えになってからの思い出が、不意に脳裏を過ぎる。
……ああ、今になってわかったわ。
私、楽しかったのね。
とんでもなく魔力バカで、年齢詐欺してるんじゃないかってくらい賢くて、でもどこか抜けてて、結局は年相応の少年で。
歪に感じるはずなのに、それが彼の正しい姿なんだろう、と思ってしまう、私の雇い主。
癖の強い同僚たちのいる日常が、刺激的で、楽しくて、私のような闇に生きていた女が、また日の当たる場所にいられた気がした。
それが、リベルヤ家。
私が仕えるに値すると認めた、貴族らしからぬ貴族。
「それじゃあ、お楽しみを始めようか。なに、心配しなくてもすぐにゃ殺さねえよ。もっとも、俺たちの相手が終わる頃にゃあ、死にたくなってるかもしれねえがな!」
これから、私は純潔を奪われて、男たちに蹂躙されるのだろう、と漠然と考えていた。
けれど、その瞬間は訪れない。
紫電を迸らせ、隻眼を吹き飛ばした人がいたから。
「何を焦ってんだ。お前らしくもない。俺の知ってるエスメラルダは、もっと余裕があって、失敗しない、凄腕の暗殺者だろ?」
黒い大剣を両手で握り、背中から魔力の燐光を翼のように放出しているその人こそ、今際に私が思い浮かべた人物だった。
ドクン、と心臓が大きく脈打つ。
身体が熱を持ち、石のように動かなかったはずの身体が、緊張を解いたように膝から崩れ落ちる。
腰が抜けたようで、身体に力が入らない。
「……自分でも、どうかしてたと思うわ」
そうだ。
考えてみれば、ハイトは私を含めて当時の血染めの月の最高戦力を、ただ1人で下してみせたのよね。
それこそ、本気になれば数の暴力を魔術だけで破壊できちゃうバカ魔力持ちだし。
まだ子供だからって、どこかで考えていたみたい。
「カトレス、クルス、エスメラルダを頼む。俺はここいらの連中をブチのめす」
まるで自分が負けるなどと考えていない、自信満々の宣言。
そんな彼の背中は、まだ子供のはずなのに、今まで500年以上生きてきた中で、星の数ほど見てきたはずの、どの男よりも、ずっとずっと男らしかった。
隻眼=眼帯をしたアリー・アル・サーシェス
のイメージをして頂ければと。
まあ、中身はもっと俗物で下卑た人物なのですがね。
要するにゲス野郎。
双子が落ちる回だと思った人、残念ながらワケあり10人目はエスメラルダが落ちる回でした。




