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ワケあり1人目⑦

「すみません、個室を一つ」


 俺は宿を出てから、貴族街にほど近い高級料理店に赴いていた。

 店員に個室を取ってもらい、先に料金を支払っておく。

 この店は、貴族が密談をするにのによく使われる。

 それだけしっかりとセキュリティが施されているし、何より信頼と実績が確かな店だ。


「かしこまりました。お連れ様はいつ頃いらっしゃいますか?」


「約束通りならそれほどかからないかと。ただ、忙しい方なので、遅れてくる可能性もあります。今日はいい卵が入荷しているか、と問われたら、俺の所に通して下さい。それ以外の人は追い返していいですから」


「かしこまりました。何か軽食をお持ちしますか?」


「そうですね、何か適当につまめる物を」


 店員とやり取りを済ませてから、俺は案内された個室の椅子に腰掛けて一息付く。

 程なくしてサンドイッチが運ばれてきたので、それをつまみながら相手が来るの待つ。

 店員が相手を案内してきたのは、俺がサンドイッチを食べ終わった頃だった。


「それでは、お料理のご注文が決まりましたら、席のハンドベルを鳴らして下さいませ」


 そう言って、飲み物の注文を取った店員は、個室を出て行く。

 他人がいなくなったタイミングで、俺を訪ねてきた人物は口を開いた。


「久しぶりじゃないか、ゴーマン」


「その名前はもう捨てましたから。というか、改名申請してるんですから、ちゃんと今の名前で呼んで下さいよ、クスティデル近衛騎士団長」


 俺の対面に座り、悪戯っぽい笑みを浮かべている男性――エイジス・クスティデル近衛騎士団長に苦言を呈しつつ、俺は苦笑いを零す。

 ちなみにゴーマンというのは、俺が公爵家で付けられた名だ。

 傲慢という、まさしく公爵家を象徴するような名前が、嫌で嫌でしょうがなかったので、家を出たのを機に改名したわけだが……相変わらず、この人は他人をからかうのが好きだな。

 ある意味では、立場によらず親しみやすい人である、とも言えるのだが。


「はは、そう嫌な顔をするなよ。ちょっとしたジョークさ」


「わかっていますが、それでも前の名前は嫌いなんです。なので、金輪際二度とその名前を出さないで欲しいですね」


「わかったわかった。そう睨むんじゃない。それで? わざわざ離れていた貴族の伝手を使ったのは、どういう風の吹き回しだ?」


 俺をとりあえず名前ネタで弄ってから、クスティデル近衛騎士団長は真面目な表情へと切り替えた。

 とりあえず、真面目に仕事モードになってくれたようで何よりだ。


「冒険者としての依頼です。シヴィリアン公爵家の冤罪を証明してほしいと」


 シヴィリアン公爵家の名前を聞いた瞬間に、クスティデル近衛騎士団長の表情が僅かに強張る。

 彼は何かしらの情報を持っている、と見て間違い無さそうだ。

 ちょっとした緊張の空気が流れた所で、店員が俺たちの頼んだ飲み物を運んできた。

 それぞれ飲み物を受け取り、ついでにクスティデル近衛騎士団長が軽食を注文し、再び店員が部屋を出て行くまで、沈黙が続く。


「シヴィリアン公爵家の件は、どこまで知っている?」


 沈黙を破ったのはクスティデル騎士団長の方からで、事と次第によっては……というような殺気すら感じる。

 一体どういう認識なのかは知らないが、一旦証拠を出すのはやめておこうか。


「冤罪を着せられたシヴィリアン公爵家が、一族郎党全員処刑された……っていう大まかな情報だけですね。どんな罪を着せられたとか、細かい経緯は知りません」


「……だったら、すぐにこの件からは手を引け。お前一人でどうにかなるような事件じゃない」


 手を引け、と。

 そういう言葉が出て来るという事は、少なくともクスティデル近衛騎士団長は、事件の真相に近い部分を知ってるな。

 ダレイス公爵家絡みという事は、徹底的に証拠は隠してるだろうし、王宮側としては例え確信があっても追及ができない、といった状況だろうか。


「手を引くかどうかは、クスティデル近衛騎士団長のお話を聞いてから決めます。一応、これでも対抗できそうなカードは持っていますので」


 無言で知っている事を話せ、と圧をかけてみれば、しばし睨み合った後、彼は溜め息を吐いてから、頼んだ紅茶を一口飲む。

 それからまた大きく息を吐くと、先ほどよりもより真面目な表情へと変わり、俺の目を真っ直ぐに見つめてくる。

 しっかりと視線を合わせ、無言で頷けば、クスティデル近衛騎士団長は、恥ずかしい話だが、と前置きをしてから話し始めた。


「今の王国のバランスは、かなり危うい状態だ。時間をかけて少しずつ内側から切り崩され、今や国の重要機関の権限の殆どをダレイス公爵が握っている。まだ独立していられるのは、我々近衛騎士団くらいなものだ。とはいえ、それも時間の問題だろうがな」


「あのクソ親父、思ったよりも手が早いな」


 クスティデル騎士団長の話を聞いて、俺は思わずクソ親父に悪態を吐いてしまう。

 そんな俺を見て、彼は苦笑いを零しつつも、話を続けていく。


「そんなわけで、行政や軍もほぼダレイス公爵が掌握してしまっている今、陛下も我々も彼の専横を止める事が不可能だ。シヴィリアン公爵家も、然るべき処置をしようとしたが、その処置を司る法務部がダレイス公爵に掌握されていた以上、抗う事はできなかった。シヴィリアン公爵家を失った国王派閥はより力を失い、今や傀儡政権といっても過言ではない」


「となると、仮にダレイス公爵家が黒幕と証拠が出ても、止められないと?」


「ああ。証拠の能力にもよるが、我々近衛騎士団が介入できる余地が無ければ、ダレイス公爵は止められない」


 心底悔しそうに語るクスティデル近衛騎士団長を射て、俺は笑みを浮かべた。

 近衛騎士団は、王を守るという一点においては、強い権限を有する。

 逆に言えば、それ以外の権限は殆どないのだが……権限下における近衛騎士団は、誰にも止められない。


「今、俺の持つカードをクスティデル近衛騎士団長に公開する事ができます。ですが、覚悟して下さい。俺の持つカードは、この国を揺るがす猛毒です。一度喰らったのなら、死ぬまで逃れられませんよ?」


「元より陛下に、この国に、我々は命を捧げている。陛下のために死ねるのなら、本望だ」


 きっと、彼から見た今の俺は、詐欺師まがいなものだろう。

 それでも、クスティデル近衛騎士団長は、真っ直ぐに信念の籠もった視線で俺を射抜く。

 俺の持つカードが、切り札(ジョーカー)であり、負け札(ババ)でもあると知ってなお、国王を守り、王国を正しい流れに戻す事ができるなら、猛毒すら喰らい尽くして見せよう。

 そんな彼の強い意志を見て、これなら大丈夫だろう、と確信し、俺は入手した証拠の束をクスティデル近衛騎士団長の前に置く。


「これが俺の持つカードです。見るからには、全掛け(オールイン)してもらいますよ?」


 暗に覚悟がないならやめておけ、と伝えたものの、彼は一瞬たりとも躊躇う事無く証拠の束を見た。

 内容を確認していくにつれ、表情が険しくなっていく。

 やがて、身体をプルプルと震わせ始める。

 まあ、そりゃあキレるよなあ。

 俺も見た瞬間にキレかけたし。


「……ふう。ここまでの切り札(ジョーカー)を用意していたとはな……だが、これなら状況を動かせる。これは預けて貰えるのか?」


 一度深呼吸をして、感情を落ち着けてから、クスティデル近衛騎士団長は、証拠の束を右手に持ってヒラヒラと振る。


「そのために今日この場にあなたを呼んだんですよ。日和ったりするようなら、別の手段を考えないといけないと思っていましたが、その必要も無さそうですしね」


「そうか……恩に着る」


 そう言って、彼は俺に向かって大きく頭を下げた。


「礼は要りませんよ。俺は依頼を達成するために、一番手っ取り早い方法を選んだだけですから」


 礼は要らない、とあえて悪そうに笑ってみれば、顔を上げたクスティデル近衛騎士団長は、困ったように笑う。


「……私は今、君という人材を近衛騎士団に引き抜けなかった事を猛烈に後悔しているよ」


「はは、ガラじゃないですよ」


 前世の記憶が出てからは根が庶民だからなあ。

 ましてや、王宮での警護なんていう息の詰まりそうな仕事など、絶対に続かない。


「とはいえ、任せきりになるのも申し訳ないですから、手伝える事があれば言って下さい。今は燕の休息地という宿を拠点にしていますから、何かあればそこに使いを出して頂ければ連絡が付きますので」


「覚えておこう。それでは、今日は先に失礼する。ここからは時間との勝負だからな」


 そう言って、クスティデル近衛騎士団長は、証拠の束を無くさないように懐にしまい込み、個室を後にした。

 あ、そういえば軽食頼んでたのに、出てくる前に帰っちゃったよ。

 まあ、いっか。

 とりあえず俺はまだ帰れないし、この後もまだしばらくかかるから、そのまま俺のメシにさせてもらうとしよう。

 さて、次の人物は、どう出てくるかね……。

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