ワケあり9人目②
「こいつはついさっき売られたばかりの奴隷です。売り主からは口頭でよく仕事をサボる役立たずと聞いていますが、細かい事は本人が話さなかったので、知りません」
奴隷商の説明通り、胡坐をかいて気怠そうに座っているドワーフの少女は、奴隷商と俺を見ても、特に顔色を変える事無く、そのまま黙っている。
どこか、全てを諦めたようにも見えるその目は、絶対に歳若い女の子がする目ではない。
彼女の家庭環境は、一体どれほど酷い状況だったのだろうか?
疑問は尽きないが、鑑定結果は聞いている話からは一線を画すものだった。
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レイネスタ
15歳
種族:ドワーフ
身長:140センチ
体重:40キロ
状態:健康
生命力:30
精神力:10
持久力:20
体力:20
筋力:50
技術:20
信念:1
魔力:1
神秘:1
運:1
特殊技能
・鍛冶熟練
・武器熟練(鎚・大鎚)
・鑑定眼
・冶金熟練
・研磨熟練
・加工熟練
・金属熟知
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鑑定結果を見る限り、鍛冶関連に関しては何も文句の付けようが無い。
それどころか、普通に戦闘力もある辺り、恐らくは自分で素材を集めたりもしているのだろう。
ましてや、自分の作った物を鑑定できる目もある。
先ほどのドワーフが呟いていた、縁を切ったというのが適用されているのか、彼女の鑑定結果には苗字が表示されていない。
実際の鑑定結果は鍛冶仕事の申し子と言っても過言じゃない気がするけど、何をどう判断したらこの子が役立たずとなるのだろう?
「この奴隷を買いたい。いくらだ?」
当然、俺は即決で彼女を購入する事に決めた。
間違いなく、お抱えの鍛冶師として破格の能力を持っているからだ。
まあ、最初は彼女の精神面のケアからになるだろうけど。
「本気ですか? まあ、商品を買ってくれるって言うならうちに否やはありませんが。値段は銀貨5枚でいいですよ」
彼女の売値を聞いて、俺は思わず目を丸くしてしまった。
鑑定内容を知っていたら、絶対にあり得ない値段だから。
「じゃあこれで首輪外しも頼む」
「まいどあり~」
やる気の無い奴隷商人に銀貨6枚を支払い、彼女を購入。
追加料金分で首輪も外してもらい、契約を済ませてから、俺は彼女を連れて外に出た。
『む? 新しい雌を連れてきたな』
「雌言うな。人聞きの悪い。ほら、帰るぞ」
ヴァルツの手綱を引きつつ、奴隷のドワーフ少女、レイネスタを連れて、一旦王都の屋敷に向かう。
奴隷の貫頭衣のままで長々と連れ歩くのも可哀そうだし。
今の今まで、彼女はただ一言も発する事無く、ただ黙ってついてくるのみ。
もしかすると、相当に警戒されてる?
「彼女に着替えを用意してやってくれ。サイズが無かったら買ってくるように」
屋敷の入口で出迎えてくれたメイドにレイネスタを預け、俺は一度ヴァルツを厩に連れて行く。
予定ではとんぼ返りでラウンズに戻る予定だったのだが、少々予定が変わった。
『あの雌、何やら深い物を抱えていそうであるな』
ヴァルツを馬房に入れ、体をブラッシングしてやると、彼は目を細めつつもレイネスタについての見解を述べる。
それについては俺も何となく感じていたのだ。
とはいえ、話を聞くにしても、彼女の心を開かせる必要があるから、すぐにどうこうとはならないだろう。
「ま、何とかするさ」
この後、またヴァルツにはラウンズに向けて走ってもらう必要があるので、軽めのブラッシングだったが、彼は満足そうにブルル、と声を上げる。
また後でな、と声をかけてから、屋敷の方に戻ると、レイネスタを預けたメイドが出迎えてくれた。
「彼女の様子は?」
「誰が話しかけても、何をしても一言も喋りません。服については合う物がありませんでしたので、既製品を買いに行かせております。恐らく、既製品に手を加える事になりますので、そちらに関しては少々お時間を頂ければと。少女については他のメイドたちが風呂に入れております」
まあ、服を用意する間にすっぽんぽんでいさせるのもな、という話ではあるし、風呂に入れているというのもわからんでもない。
ともあれ、まずは色々と準備が終わらない事にはゆっくり話す事もできないので、ひとまず俺も小休止といった所か。
「彼女の準備ができたら呼んでくれ。俺は執務室にいる。あとは適当に飲み物でも用意してくれると助かる」
「かしこまりました。お飲み物のご希望はございますか?」
「簡単なものでいいから任せるよ。何だったら水でいい」
とりあえずは待ちの時間になるなと思い、メイドに飲み物だけ用意するように伝え、俺は執務室に移動する。
執務机には少量ながら書類があったので、中身を確認して捌けるものは捌いてしまう。
さすがに王都を発つ前には、片付けられる仕事は全て片付けたので、それほどの量も溜まっていない。
「お飲み物をお持ちしました」
「ありがとう。少し休んでるから、準備が終わり次第、声をかけてくれ」
俺が書類を確認し、現時点で捌ける数枚に決裁印を押した所で、用意した飲み物をメイドが持ってきてくれた。
飲み物を受け取り、メイドを下がらせてから、仕事としては現時点でやれる事が無くなったので、俺は来客用のソファにだらしなく横になる。
あまり他人に見せられるような姿じゃないが、人の目が無ければまあ、問題無いだろう。
…
……
………
「当主様、ご用意が整いました」
執務室がノックされ、ソファに横になったままでうたた寝していた俺は、ビクリと身体を反応させ、佇まいを正す。
寝癖とか、ついてないよな?
「連れてきてくれ」
恐らく寝癖等は大丈夫だろう、と手早く確認してからメイドに声をかければ、執務室の扉が開き、レイネスタを連れたメイドが入ってきた。
「お待たせしました。服の準備に少々時間がかかってしまいました」
「俺もゆっくりできたから、気にしなくていい」
レイネスタにも飲み物を用意するよう指示を出し、メイドを一度下がらせてから、俺は彼女の様子を確認する。
元々はあまり手入れされていなかったであろう、肩くらいまであったボサボサ頭の黒髪は、丁寧に手入れをされ、癖がありながらも綺麗に纏められていた。
用意された服は一般的なパンツとシャツだったのだが、その全容を見てなるほど、と彼女の服を用意するのに手間がかかった理由を察する。
まず、身長が低いのはドワーフ族であるからしょうがないとして、身体がその身長に見合わないのだ。
最初こそ、実際に間近で彼女を目にした時は、奴隷の貫頭衣を纏っていたので体形がわからなかったが、とっても色々とデカい。
トランジスタグラマー、と言うのにも限度があると思う。
特に特筆すべきはその胸部装甲で、身長140センチながら、そのサイズ感はカナエに迫るものがある。
元々の身長差とかもあるだろうから、実際のサイズを比較すると数値上はそれなりに違うのだろうが、頭や胴体との対比で相当にデカく見えるな。
胸部装甲の他にも、尻と太ももも凄まじい。
シャツもパンツも窮屈そうなぐらいにパッツパツになっている。
恐らくは、大きいサイズのものを買ってきて、それの丈なんかを手直ししたんだろうけど、あまりにもバランスが合わな過ぎて難儀したのだろうな、と容易に想像できてしまう。
後でメイドたちに特別手当を渡しておこう、と心の中にメモしつつ、レイネスタと見合った。
彼女はこちらをじーっと見上げるばかりで、特に発言をしない。
こちらを見上げるレイネスタの表情は、一言で表すのなら虚無。
何の感情も浮かんでいない、無表情とはまた違う状況に、俺は果たしてどう立ち回るのが正解なのだろう?
「飲み物をお持ちしました」
「置いておいてくれ。長丁場になりそうだから、俺とこの子の分、昼食を用意しておくように」
「かしこまりました」
レイネスタの飲み物を持ってきてくれたメイドに、追加指示を出して下がらせてから、俺はここからどう話したものかと頭を悩ませるのだった。
今回のワケありさんはドワーフ少女です。
彼女の心をどうやって開かせるのか、今後にご期待下さい。




