ワケあり1人目④
「一つ協力してほしいんだが」
「あん? 面倒事じゃねえだろうな?」
ダレイス公爵家を敵に回すと決めた後、俺は少女――シャルロットを宿の部屋に残し、ギルドのブライアンさんの所に足を運んでいた。
他の協力者を募る事も考えたが、今回の作戦に向いているのが彼しかいなかったのだ。
伝手のある人たちの中で、ブライアンさん以外は知名度が高すぎるのが仇となった形である。
程よく威圧感があって、外に名前が売れてないのが、ブライアンさんしかいなかったのでしょうがない。
「面倒事っちゃ面倒事だな。とはいえ、身の危険は無いし、上手くいけば報酬も出す。ちなみに、協力してくれるなら、前金で金貨5枚出そう」
「……話だけは聞いてやる。金貨5枚で受ける価値があるかどうかだ」
とりあえず、金貨5枚をチラつかせる事で、ブライアンさんを交渉のテーブルに付ける事には成功した。
あとは俺の提案次第か。
「やる事そのものは難しくないんだ。ただ、俺の指定する家に、手紙を届けてくれればいい。そんで、手紙を渡す時に一芝居打ってくれれば、依頼完了だ」
「確かに内容は簡単だな。で、その相手ってのは?」
まあ、そこが気になるよなあ。
ちなみに俺が逆の立場なら、絶対にやらない。
よほど恩のある人なら一考の欠片くらいはあるかもしれないが。
「ダレイス公爵家だ」
「おいおい、寝言は寝て言え」
「寝言じゃないさ。大真面目にダレイス公爵家に喧嘩を売る」
最初は訝しげな目で俺を見ていたブライアンさんだったが、俺の表情を見て、本気なのを悟ったらしく、わかりやすく顔をしかめる。
「なんでまたダレイス公爵家なんだ?」
「まあ、そういう依頼を受けたんだよ」
何となく、シャルロットの事を話すのは憚られた。
どういう経緯で奴隷にされていたとか、毒を盛られたとか、色々と聞きたい事もあったが、それ以上に彼女が内に秘めているであろうものを考えると、一刻も早く解決しなければ、と思ってしまったのだ。
ここからは俺の想像になるが、ダレイス公爵家は恐らくシャルロットを消したかったはず。
ただ、直接手を出せない理由があったので、奴隷に落とした上で毒を盛ったのではないかと見ている。
シャルロットが生きている事に、何かしらの鍵があるに違いない。
そうなってくると、迂闊に彼女の情報を話してしまった時点で、余計な危険にブライアンさんを巻き込む事になりかねないからな。
だからこそ、理由については濁すしかなかった。
「少なくとも、後ろめたい事は無いし、犯罪の助長もしてない。それだけは誓って言える。まあ、相手が相手なんで、正面からの正攻法ってワケにもいかないんだ」
返答を濁しつつも、悪さはしていません、とアピールしてみれば、ブライアンさんは腕を組んで考える姿勢に。
まあ、もしも彼が捕まらなかったら、適当な王都の人間を捕まえるか、別の作戦を実行するしかないだろう。
「……前金は金貨10枚、成功報酬は金貨50枚だ。それで手を打ってやる」
しばし考えた後、ブライアンさんは眉間に皺を刻みながらも協力してくれると言った。
ぶっちゃけ、報酬はいくらでも吊り上げるつもりだったので、金貨60枚ごときで手を打ってくれるなら、全然ウェルカムである。
「いいのか? 詳しい理由を聞かなくても」
「言えない理由があんだろ。それくらいお前さんの表情を見ればわかる。妙に決意のキマった顔してやがるからな」
あれ、そんなに顔に出ていただろうか?
それなりに表情を作る技術はあるつもりだったが。
「絶対にダレイス公爵家を潰す、って顔してるぜ。どういう因縁かは知らんが、お前さんがそこまで決意を固めてるなら、どうせ俺が断った所で何かしらしでかすんだろ?」
「まあ、そうなるな」
「だったら、お前さんの作戦に乗ってやるさ。それなりに勝率はあるんだろ? 期待してるぜ、最年少昇格記録更新のルーキーさんよ」
もちろん、貰うものは貰うがな、とニヒルに笑う彼を見て、とりあえず金貨10枚を手渡すのだった。
…
……
………
「さて、これで上手くいくといいが」
魔術で姿を消し、ダレイス公爵家内部に潜り込んで小さくボヤく。
勝手知ったる家だけに、潜入そのものは欠伸が出るくらい簡単だった。
警備のルートや交代時間など、俺がいた頃から一切変わっていないし。
まあ、俺からすればありがたい限りであるのだが。
「公爵様に手紙だ。王家がきな臭い動きを見せていると、確かに伝えてくれ。俺はただの遣いなんで、詳しい事は知らんがな」
フードを目深に被り、顔を隠したブライアンさんが、それっぽい感じの芝居を打って帰っていった。
手紙と伝言を受け取った門番は相方と顔を見合わせ、相談してから手紙と伝言を上に報告するために、公爵邸の中へと入っていく。
俺は姿を消したままでそれについていき、邸内へと入り込む。
「隊長、謎の男から公爵様に手紙と伝言を受け取りました」
まずはクソ親父の身の回りの警護担当者である男に、門番が報告を上げている。
「その男の姿は?」
「濃紺のフードとマントで姿を隠した男でした」
「なるほどな……一旦こちらで預かろう」
警備隊長が門番から手紙を預り、伝言を聞いているのを見て、俺は口の端が吊り上がる。
あの男にまで報告が上がればこっちのものだ。
まだ公爵家にいた頃に、濃紺のフードとマントの怪しい人物がくる事がちょくちょくあったので、それが後ろめたい事や秘密事の遣いなのだと思っていたのだが、ビンゴだったらしい。
「俺は公爵様に報告に行く。この場を頼むぞ」
部下に持ち場を任せ、警備隊長がクソ親父の執務室の方に向かう。
いいね、ここまで思惑通りだといっそ罠にも感じるが、いざとなれば屋敷ごとあのクソ親父たちを粛清してくれる。
もうここまで来たら、俺はタダじゃ死なんぞ。
「公爵様、急ぎ伝えたい案件がございます」
「なんだ? 特に事前連絡は受けておらんが……まあいい、入って来い」
ノックして声をかけた警備隊長が中に入るのに合わせて、俺も執務室内に入り込む。
昔ここに入った時にも思ったが、相変わらず成金趣味丸出しの品がない部屋だ。
「濃紺のフードとマントの男が、この手紙と王家がきな臭い動きを見せている、と伝言を残していきました」
「確かなのか?」
「ええ、一字一句間違いありません」
「わかった、下がっていいぞ」
警備隊長から手紙を受け取り、クソ親父は中身を見始める。
読み進めていくうちに、急に部屋の中をキョロキョロと見回し、続いて窓から外を覗き、急いでカーテンを閉めた。
ククク、俺の渾身のハッタリ手紙が効いてるな。
ちなみに、内容はこうだ。
お前の不正の証拠は掴んだ。
バラされたくなければ、白金貨100枚を指定の場所に持参せよ(要約)。
こんな感じの内容を、貴族らしい小難しい書き方で書いた。
もちろん、俺とわからないように他の人に代筆させたし、代筆させた人にもバラさないよう、魔術契約を結んだ。
手紙から俺への出所は辿れないし、ブライアンさんの素性もバレない。
仮に失敗しても、俺の懐が少々痛むだけの、完璧な作戦である。
さて、クソ親父はこれからどう動く?




