ワケあり9人目①
「鍛冶コンテスト、ですか」
交易都市ラウンズを中心とした領地を得てから1ヶ月。
俺は王都から呼び出しを受けて、単騎で王都へと戻っていた。
ヴァルツの走破力のおかげで片道が1時間くらいしかかからなかったため、一度王都の屋敷に寄って運営状況に問題が無い事を確認してから王城へと向かったのだが、そこで陛下から言い渡されたのは耳慣れない言葉。
鍛冶コンテストね。
一応、毎年恒例の行事である事は知っているが、参加した事が無いので縁遠かったのだ。
「うむ。各領地のお抱え鍛冶師の腕前を競う場だ。武器や防具に限らず、その腕前を競ってもらう。そうする事で職人たちの技術交流や技術革新を計るのが目的であるな」
陛下の言う事はわかる。
技術を発展させて各々の領地を栄えさせ、ついでに王国全体の発展に寄与してもらう。
そんな狙いで行われている行事だという事は。
とはいえ、俺はまだ領地に赴任して1月しか経ってないし、ようやく領内の掌握と改革が済むかどうか、といった所だ。
お抱えの鍛冶師だの商人だのまで手が回っていない。
「無理に成果を出せとは言わんが、お前も今や伯爵家だ。こういった催しには積極的に参加してもらわねばな。どうせ領地の事にかまけて把握しておらんと思って呼び出した」
「ご明察で。ま、そういう事でしたらやれる所までは頑張りますよ。さすがに無理はできないですけどね」
「うむ、それで構わん」
とりあえず、呼び出しの内容は賑やかしだけでもいいから国の催し事には参加しなさい、という陛下からの注意だった。
これが手紙とかで知らされただけだった場合、俺は高確率でそれどころじゃないと言って後回しにする。
こうして顔を合わせて話す事で、参加する事の重要性を認識させてくる辺り、陛下は相変わらずやり手だな。
「他には特に何も無いですか? 季節も冬に入って環境的な変化が大きいですが」
「喫緊の問題は無いな。周辺国絡みでいくつか動いている話はあるが、まだ具体的に纏まっておらんし、どのみち春にならんと先に進まん」
「そういう事でしたら、このまま鍛冶コンテストの準備に取り掛かります。まあ、今回はあまり期待しないでくれると助かりますが」
賑やかしでいいとはいえ、あまりに適当な参加の仕方では、伯爵家としての品格を疑われてしまう。
まだ地盤を固めてる最中なので、周囲からの評価なんかにも結構気を配らないといけないのは少し面倒だが、これも貴族の責務である。
「うむ。早く領の統治を落ち着かせて、娘たちを迎えるようにな。最近はよくせっつかれておるのでな」
鍛冶コンテストの準備をするので帰ります、と陛下に告げれば、娘たちのラウンズ滞在を早く迎えろとせっつかれてしまった。
そう、半月前くらいから王女様方をラウンズに小旅行させたいと打診は受けていたのだが、そもそも統治の地盤固めの真っ最中だったので、さすがに勘弁してくれと返事をしていたのだ。
どうやら、王女様方はこの小旅行が楽しみで仕方ないらしいが、物理的に無理なモンは無理なのである。
「ま、全力は尽くしますよ」
いつ準備ができると期限は切らないけどな。
勝手知ったる陛下とのやり取りゆえに、俺はひらひらと手を振って陛下の執務室を後にした。
王城の厩舎でヴァルツと合流し、そのままの足で王都の商業区へ向かう。
領内の鍛冶師が必要なのだが、生憎と伝手があるわけでもないので、どこかしらの鍛冶屋でラウンズにいるであろう鍛冶師の情報を探ろうというわけだ。
「なぜ貴様はそうしてサボってばかりいるんだ! 名門鍛冶師一家の恥だぞ!」
商業区でも鍛冶屋の集まる一角に来た途端、道の方まで空気がビリビリと震えるほどの怒号が響く。
こりゃまた相当な声量だ。
なかなか穏やかじゃないな。
何となく、この怒声の元が気になったので、まだ続いている怒鳴り声の方へと進んでいく。
『やかましい声だ。全く、外だったら雷を落としている所だぞ』
「悪いな。我慢してくれ。ラウンズに戻ったらいい野菜買ってやるから」
ブルル、と不機嫌そうな声を上げたヴァルツを宥めつつ、怒鳴り声の元へと到達したら、俺は思わず店構えを見上げてしまう。
王都の中でも最高級ブランドの鍛冶屋である、ベスプリーム鍛冶店だったからだ。
ドワーフ族の中でも特に鍛冶の名門である、ベスプリーム一族の営む鍛冶屋で、数打ちの武器ですら相当なお値段がする。
その分の性能は折り紙付きで、ただの鉄の剣ですら岩をも切り裂くとか。
「貴様のような穀潰し、ベスプリーム家にはいらん! 今日この時を持って縁を切り、奴隷として売ってやる!」
一際大きな怒鳴り声がしたと思ったら、一人のドワーフが店から勢い良く飛び出す。
その手には、まだ若いドワーフであろう少女の襟首を掴んでおり、文字通り力業で引き摺って行った。
あまりの剣幕と勢いに圧倒されてしまったが、とりあえず少し離れた位置から2人の後を追う。
一定の距離を保ちつつ追跡していけば、そのまま奴隷商店へと入っていく。
俺の知らない奴隷商店で、雰囲気からして、あまり高い奴隷は扱っていなさそうに見える。
少しその場で待機していれば、先ほどのドワーフが肩をいからせながら出て来た。
筋肉モリモリで、髭面のいかにもなドワーフの姿だ。
「全く、ベスプリーム家の名を持ちながら、二束三文にもならんとは、何たる欠陥品! まあいい。これで役立たずとは縁を切れた。見込みのある息子たちを跡取りにするか……」
何やら、色々と闇が深そうな呟きを残しながら、髭面のドワーフは大股で歩き去っていく。
彼が見えなくなったのを確認してから、ヴァルツを奴隷商店の前に待機させ、店の中に入る。
「いらっしゃいませ~」
店の規模は大きくなく、零細の奴隷商、といった具合の店内だ。
俺を出迎えた店主の男もどこか凡庸で、やる気が無さそうに見える。
「奴隷を見せてほしいんだが」
一応、身分を示すために家紋の入った短剣を見せると、店主の男は目を見開く。
「おや、リベルヤ伯爵様がこんな底辺の奴隷商にいらっしゃるとは。うちはあまり上等な奴隷は置いてませんが?」
貴族に売るような上等な奴隷はいないぞ、と店主が面倒そうに伝えてくるも、それはお前が決める事じゃない、と軽く睨む。
「上等かどうかは俺が決める。とりあえず奴隷を見せてくれ」
いいからとっとと案内しろ、と圧をかければ、観念したように店主が奥の扉を開く。
「仰せのままに。それじゃ、ついてきて下さい」
やはりというか、応接室のような場所は無いようで、直接奴隷のいる場所へと案内された。
一応、奴隷のいるスペースは最低限の清潔さは保たれており、粗悪な環境ではないようだ。
「うちは他の奴隷店で買い取らないような、役立たずの奴隷を扱ってる店でしてね。二束三文でしか買い取らない代わりに、売値もそれだけ安い。大抵は、使い捨てにされるような仕事に使われてますよ。それこそ、崩落の危険がある炭鉱とか、魔物を誘き出すエサとかでね」
聞いていてあまり気分のいい話ではないが、隙間産業、というやつだろう。
二束三文であっても奴隷として手放したい人と、安く使い捨てられる人員が手に入るという人、それぞれの需要と供給が噛み合っているから、商売として成り立っているのだ。
「……なるほど」
鑑定をかけながら奴隷たちを見ていけば、確かに役立たずと揶揄されても仕方ない人たちであった。
30代でもステータスが子供並みだったり、あるいは素行が悪すぎてデメリットしかない人物だったり。
いい人がいれば確保しようかな、と思っていた俺の思惑は大きく外れたわけだ。
そんな中、先ほどのドワーフに連れられていた少女は、奴隷たちの生活スペースの一番奥におり、その鑑定結果と姿を見て、俺は思わず息を飲んだのだった。




