ワケあり8人目㉙
「まずは新しい書式と綱紀を徹底させよう。ラウンズの役人と文官はしばらくそれを中心に。それからラウンズ内に病院と学校の設置をしよう。これは最優先じゃないが、モデルケースを作りたいからなるべく早めに。あとは領内の孤児院を確認して、基本的には領で運営する。教会に任せておくのは不安が残る。エスメラルダ、ラウンズ以外の領地を探ってくれ。それから……」
ラウンズに来て翌日。
手元で書類を捌きつつ、横からティテート準男爵の引継ぎを聞きながら、各人に指示を飛ばす。
シャルやエスメラルダも補助してくれているが、王都にいた頃よりも圧倒的に書類仕事が多い。
領内の収支の書類は、ただ見てもわからないので、過去の記録と見比べて判断する。
「リベルヤ伯爵、商人からの嘆願ですが……」
「まっとうなものは見るけど、見るに値しないものはいらない。そもそも、嘆願はよほどの案件じゃなきゃ後回しだ。エスメラルダ、不正を働いてた商人で、即座に潰して問題無い所は順次潰していってくれ。うちの領に不正商人はいらない。シャル、こっちで募集する人員の条件が纏まったら、すぐに求人を出して人を集めてくれ。教育は早めに取り掛かりたい。オルフェさん、悪いけど教会に行って実態調査をしてきてくれ。教国の件である程度は是正されたと思うけど、まだ正常化したとは思えない。渋られたら領主代行の権限で強制調査していい。念のためにカナエを連れて行って、いざとなったら上手く使うんだ」
ある程度はエスメラルダたち暗部の事前調査で調べていたけど、実際に手を付けてみると仕事が出るわ出るわ。
最初っから使える人員はフル稼働させて、一気に進行させていく。
特に不正関連は証拠を消されたら面倒だし。
「シャルロット様、リベルヤ伯爵はいつもこうなのですか?」
俺の仕事を見て、ティテート準男爵はかなり引いた様子でシャルに問いかけていた。
まあ、伯爵になったとはいえ14歳の子供がマトモに領地運営なんてできると思わなないよなー、と他人事のように考えつつ、仕事をドンドン進めていく。
「ええ。むしろ本気になったハイトさんはもっとすごいくらいですよ?」
「……それは頼もしい限りで」
シャルが手放しで俺を褒めているのを聞いて、ティテート準男爵はドン引きしている。
ああ、そういえば彼が良しとするなら代官としてうちで雇いたいんだよな。
仕事は及第点以上だし、俺は王命調査団として領地を空ける事もあるから、今までの運営実績のある彼は喉から手が出るほど欲しい。
「ティテート準男爵、良かったらうちで雇われませんか? うちでは能力さえあれば身分は問いませんので、実績を上げれば給金も上がりますよ?」
片手間でメモ書き程度に作った労働条件の紙を彼に渡すと、最初こそ胡乱げに紙面を眺めていた準男爵だが、その表情がみるみるうちに希望に満ちたものになっていく。
うんうん、そりゃ食い付くよな。
何せ今と同じ仕事をするだけで、収入が1,5倍くらいになるもんね。
しかも、成果が上がればボーナスと昇給が待ってる。
いかに国から雇われた代官といえど、給料はあるだけ嬉しいはず。
「俄かには信じ難い条件ですが……これが本当なら、ぜひともお願いしたいですね。ですが、陛下から委任された仕事でもありますし……」
条件を見るなら断る理由は無いだろう。
でも、陛下から任命された代官という事実が判断を鈍らせているようだ。
しかし、それも杞憂だったりする。
「ああ、それなら心配はいりません。陛下から許可は貰ってますし、もし他に知り合いで有能な方がいれば面接の上で雇います。人材はいくらいても足りないですから」
市井の方からも就職希望者は来るだろうけど、やはり教養の下地がしっかりしている貴族の関係者は即戦力になるのでありがたい。
将来的にはラウンズ出身者である程度人員を固めて、俺が長期間離れていても大丈夫な形を作りたいし。
「なるほど……そういう事であれば断る理由はありません」
俺の説明を聞いて、ティテート準男爵はやる気になってくれたようだ。
よしよし、これで即戦力ゲットだぜ。
「それじゃ、ティテート準男爵は領内の各役人に今日の内容を手紙で知らせておくように」
「えっ、さっそく仕事ですか?」
「そりゃもちろん。あと、手隙の時に契約書にサインしておくように」
リベルヤ伯爵の鬼、と憤慨するティテート準男爵に早くも仕事を申し付け、しれっとシャルが清書版を作ってくれていた契約書を彼に渡しておく。
ほんと、シャルのしごでき具合が頼もしい限りだ。
「ハイト、領軍について纏めたから確認してくれるか?」
これからの領軍の教育方針や運営について纏めた書面がリシアから回ってきたので、それを受け取って中身を検める。
領軍の規模拡大に、訓練内容の詳細、業務内容に応じた配置転換や、今後の予算繰りなど、必要な事が過不足なく纏まっており、彼女も時期侯爵家当主として教育されていたんだな、と実感。
特に修正項目も無いし、このまま進めて問題無いと思われるので、一度シャルに渡して目を通してもらい、問題無しと判断した彼女が予算認可の印を押したので、俺も受理の領主印を押す。
「問題無いからリシアの案でそのまま進めていいぞ」
「本当か!? ならばすぐに取り掛かろう!」
自分の立案が通ったのが嬉しかったのか、リシアは席を立つと足早に執務室を後にした。
恐らく、明日には領軍の調練をできるように支度をするのだろう。
「ジェーン、冒険者ギルドに行って依頼状況を確認してきてくれ。けど、勝手に依頼を受けないようにな」
「了解。んじゃ、行ってくる」
王命調査団としての活動もあるので、ジェーンを冒険者ギルドに向かわせつつ、捌いた書類を横に積み上げていく。
積み上げた端からシャルがジャンルや時系列ごとに纏め、整頓しながら書架に片付ける。
もはや手慣れた連携プレーで書類仕事をこなし続けていると、気付けば昼時となっていた。
「お疲れ様です。昼食はこの場で摂られるかと思い、昼食をご用意して参りました」
そろそろ食事に行くか、と思っていたら、執務室の扉がノックされ、大きなワゴンを押したリリスが中に入ってきたのだが、ワゴンには様々な具を挟んだサンドイッチの盛り合わせと、スープの大鍋が載っており、彼女はそれらを手早く配膳していく。
食欲をそそるスープの匂いが執務室内に充満した辺りで、今まで仕事をしていた面々はいそいそと机の上の書類を片付けて昼食に取り掛かる。
「では、食後のお茶をお淹れしますね」
それぞれ昼食を終えた順に、リリスが食器を片付けてから茶を淹れていった。
結構な人数分だというのに、恐ろしく手早く、無駄の無い動きで給仕していくその姿は、こういった業務においてはシャル以上、と言っていたエスメラルダの言葉がよくわかるな。
「では、また何かありましたらお呼び下さいませ」
全員に食後のお茶を淹れた時点で、リリスは立つ鳥後を濁さずとばかりに去っていく。
うーん、去り際も鮮やかだ。
「……伯爵、あなたは本当に14歳ですか?」
「何だ、俺が老けてるって言いたいのか?」
「ただの伯爵家どころか下手したら王家以上の人材が揃ってるのに驚いたんですよ自分の異常性を自覚して下さいよお願いだから」
多分、色々と脳内のキャパをオーバーしたのだろう。
息継ぎ無しで一気にまくし立ててから、オーバーヒートしたかのように、ティテート準男爵はその機能を停止した。
うーむ、さすがに1日目から負荷をかけすぎたか?
とはいえ、こればっかりは慣れてもらうしかないからな。
まあ、荒療治って事にしておこうか。
数日もすれば慣れるでしょ、多分。
ある種他人事のように考えながら、激動のラウンズ滞在2日目は過ぎていくのだった。
気付いたら苦労人代官になっていたオンブラ・ティテート準男爵。
本来なら名前だけ出したモブになる予定だったのに……。
今後の彼の活躍に乞うご期待?




