ワケあり8人目㉖
「来いよ。先手は譲ってやるぜ」
刃引きされた訓練用の特大剣を握ったジェーンが、腰を落として構える。
その上で、左手を挑発するように動かす。
それを見て、リリスは妖艶な笑みを浮かべながら手に持った鞭をバチン、と鳴らした。
戦闘訓練用の革鞭だが、彼女が持つとちょっと別の意味の鞭に見えてくる。
「それでは、胸をお借りするといたしましょう!」
離れた位置からリリスが右手の鞭を振るえば、ジェーンの右肩の辺りへと、即座に鞭の先端が伸びていく。
避けなければ当たる一撃を、ジェーンは身体を半身にして躱したのだが、空を切った鞭がちょうど限界まで伸び切った所で、バチィン、と大きく音が響く。
その音から、見た目以上に一撃の威力があるのが窺い知れる。
それはジェーンも同じだったようで、表情から余裕の色が消えた。
油断すれば、やられるのは自分と理解したのだろう。
「今度はこっちの――」
「ワタシの攻撃は終わっていませんよ?」
一撃を躱したジェーンが反撃に移ろうとした瞬間――ちょうど伸び切った鞭が手元に戻り始める頃――に、リリスが右手のスナップで鞭の軌道を変える。
普通なら、そのまま手元に戻るはずだった鞭は、まるで背後から襲い掛かるようにして、ジェーンの右手首に巻き付く。
それならば、とジェーンは力尽くで鞭を引っ張った。
当然、純粋な力ではジェーンの方が上なのだが、あろう事か、リリスは自分から前に地面を蹴ったのだ。
ジェーンの引っ張りと、自ら踏み出した加速によって、弾丸のように距離を詰めたリリスは、ジェーンの顔面に飛び膝蹴りを叩き込む。
バシン、といい音が鳴ったので、これは一撃が入ったか、と思ったが、良く見るとジェーンが空いていた左手でリリスの膝を受け止めている。
まさか、ジェーン相手に一歩も退かないとは、その胆力に恐れ入るばかりだ。
「なんつー動きをしやがる! 無茶苦茶やりやがって!」
受け止めた膝を払うようにジェーンが左腕を振れば、リリスはもう片方の足でジェーンの肩を踏み台にして、後ろに大きく跳ぶ。
肩を踏み台にされたジェーンは僅かにバランスを崩し、追撃には移れない。
ジェーンが態勢を立て直す頃には、リリスは悠々と元の位置に着地している。
何というか、軽業師のような動きだな。
「今度はこっちから行くぞ!」
吠えるように声を上げたジェーンが、3メートルくらいあるリリスとの距離を、ほぼ一足飛びで詰めながら、着地した足を軸に、踏み込みの勢いを乗せた回転斬りを行う。
そのままだと、ちょうど脇腹辺りを直撃するであろう一撃を、リリスは上体を反らせ、まるでイナバウアーのようにして躱す。
躱し方が予想外すぎたのか、躱された側のジェーンが目を剥く。
しかし、ここで空振りの隙を晒さないのがジェーンだ。
回転斬りの勢いを殺さないまま、特大剣の重量を利用して真上に2メートルくらい飛び上がり、そのまま真下に突き刺すようにして落下の一撃を見舞う。
当然、上体を反らして攻撃を躱していたリリスは、まだ態勢が整っていない。
「取ったぁ!」
直撃を確信したのか、ジェーンが声を上げた。
あれが直撃したらマズイ。
刃引きしてあるとはいえ、切っ先は普通に尖っているから、人体なんぞ簡単に貫通する。
そうなれば、命すら危ない。
「ふふ、甘いですよ」
しかし、俺の心配を他所に、リリスはイナバウアー状態から地面に両手を付き、そのまま両足を真上に跳ね上げるようにして、身体のバネと両腕の力を使ってバック宙をしながら飛び上がった。
スレスレだが、特大剣を突き立てようと空中から落下してくるジェーンの一撃を躱しつつ、バック宙をする過程で、彼女の顎を掠めるようにして蹴り抜く。
決して強烈な一撃ではなかったが、脳を揺らされたのか、ジェーンは着地の際に大きくよろけ、派手に地面を転がっていく。
そんな彼女とは対照的に、見事なバック宙を披露したリリスは、メイド服の乱れ一つ無い状態で着地をして見せた。
もし得点ボードがあったら、出せる最高点でボードを上に掲げたいくらい、美しく洗練された新体操やフィギュアスケートのような動きだ。
「ってて……やるじゃねえか」
散々に地面を転がってから、ジェーンが跳ね起きる。
服は砂まみれだが、まだ闘志は冷めていないご様子。
「少し浅かったでしょうか。意識を刈り取るつもりでしたが」
今の一撃で勝負が決まると思っていたのか、リリスは意外そうに目を見開く。
「こっからは本気で行くぜぇ……覚悟しな!」
ほとんど一瞬でリリスの眼前へと踏み込んだジェーンが、特大剣を上にかち上げるように振るう。
さすがに直撃するわけにはいかないと、リリスは大きく右へ避けた。
そこへ、ジェーンの竜尾の先端が振り抜かれる。
予想外の攻撃だったのか、リリスは左腕でジェーンの竜尾を受けたが、その身体は大きく吹き飛んだ。
受け身を取って、しっかりと着地するものの、靴底は大きく地面を滑っていく。
ただの尻尾の一撃だというのに、その威力の高さが如実に表れているな。
「……さすがに重いですね。そう何度も受けていられません」
左腕の痺れを誤魔化すように、リリスは大きく左腕を振る。
そんな彼女の様子を見て、獰猛に笑ったジェーンが、また一足飛びに距離を詰めようと足元に溜めを作るが、リリスはそこを見逃さなかった。
瞬時に振るわれた鞭が、ジェーンの左足首に巻き付く。
リリスがそのまま後ろに引っ張るように鞭を引けば、ジェーンはバランスを崩されてたたらを踏まされてしまう。
「うおっ!? っぶねえな!」
しかし、転倒するような事は無く、彼女はすぐに態勢を立て直した。
しかし、リリスにとってはその時間があれば次の一撃には充分だったようだ。
前に出つつ、手元に引き戻した鞭をもう一度振るう。
「くっ、こんなんで、あたしの動きを封じられると……おおっと!?」
距離を詰めた分、鞭のリーチには余裕ができていたため、その分のリーチを利用して、リリスは鞭をジェーンの胴体に巻き付けたのだった。
しかし、そのままジェーンを拘束できるほどの筋力は彼女に無い。
果たしてどうするのかと思えば、拘束によってできた時間でリリスがジェーンに組み付く。
そのまま両腕で右肩の関節を極めて、物理的に曲がらない方向に曲げようと技をかける。
「あいだだだだだだ!」
恐らく、関節技をかけられた経験が無いのだろう。
ジェーンが大声を上げながら右手に握っていた特大剣を取り落とす。
「降参しないと、関節が外れます」
完全に関節技が極まっており、抜け出そうともがくジェーンを、リリスががっちりと抑え込む。
関節技って、完璧に極まるとどんなに筋力差があっても抜け出せないって言うけど、あれって本当なんだな。
そもそも完璧に極まった場合、力を籠められない状態で一方的に抑えられるから、抜けられなくて当然なんだけども。
「わかった! あたしの負けだ! 降参!」
しばらくは何とか抵抗を試みていたジェーンだったが、さすがに抜けるのは不可能と理解したらしい。
彼女には珍しく、大声で敗北を認めたのだった。
降参の声を聞いて、リリスもすぐに関節技を解く。
「もう少し抵抗されたら、さすがに関節を外す所でした」
「恐ろしい事をしやがって……マジで肩がイカレるかと思ったぜ」
技をかけられた右肩の具合を確認するように、ジェーンはぐるぐると腕を動かしている。
どうやら肩を外される前に抜け出せたらしく、治療の必要は無さそうか。
「また類を見ない戦法だったが、彼我の筋力差を覆すいい戦いだったな」
この場を取り仕切っていたリシアが、リリスを褒めるような総評をした事で、一段落した事を示す。
すると、訓練を受けている使用人たちからパチパチとまばらながら拍手が起こった。
実際、俺もリリスが普通に負けると思ってたクチだ。
まさかの大判狂わせに、釣られて拍手をしてしまう。
「次は私とやる」
「ええ、よろしくお願いしますね」
今の一戦を見ていたカナエが、無表情ながらも鼻息荒く、次は自分と組手をしようとリリスに詰め寄る。
彼女は彼女でそれを受けているし。
なんか、俺の周囲ってシャルを除いてみんな好戦的すぎない?
そんな感想を抱いた今日この頃だった。
リベルヤ家幹部たちは結構対戦相性があったりします。
カナエ≒ジェーン (千日手で決着が付かない)
エスメラルダ→ジェーン (盤外戦術でメンタル崩されて負ける) ※メンタル平等ならジェーン有利
カナエ→エスメラルダ (どんな搦手も筋力で粉砕される上にエスメラルダが有効打を出せない)
オルフェ≒カナエ (術攻撃主体だとカナエ側が攻められないので千日手) ※近接戦闘に限ればカナエが圧倒的有利
リリス→カナエ、ジェーン (筋力差があっても関節技が極まれば完封される上に2人とも近接なので最終的に攻めなければならなくて詰み)
エスメラルダ、フリス→リリス (スピードと手数に差がありすぎてどう足掻いても詰み)
他の組み合わせは五分か微不利くらいなのでほぼ互角に近い。
ハイト、オルフェ、セファリシアは基本的に不利も有利も無し。
フリスも基本的には有利不利無し。
今の所はこんな感じです。




