ワケあり8人目㉓
「おはようございます。当主様」
王女様方と婚約を結ぶであろう事がほぼ確定した茶会の翌日。
あまり耳馴染みの無い、少しハスキーめの声。
ジェーンほど低くはないが、アルトボイスよりは低い、といった所だろうか。
微睡んでいた意識が覚醒し、伸びをしながら上半身を起こす。
「……リリスさん?」
微睡みから覚めた瞬間に、眼前の光景に驚く。
メイド服に身を包んだリリスさんが、目の前にいたからだ。
しかも、今まで該当者不在だったメイド長の服(通常メイド服より細かい所が豪華)で。
「このたび、シャルロット様より侍女長兼家令の立場を賜りました。どうぞよろしくお願い致します」
驚きに包まれている俺に、リリスさんが綺麗なお辞儀をする。
それは、まるで元々貴族の子女だったかのように、一分の隙も無いものだ。
「……こっちの方が、話しやすい?」
キッチリとしたメイドの雰囲気を纏っていたリリスさんが、急に俺の知る彼女の口調と雰囲気に戻った。
うん、俺としては素の彼女の方が話しやすいね。
「公的な場じゃなければ普段通りでいいですよ。その方がこっちも助かります」
「そう。あなたがそう言うのなら、そうしようかしらね」
リリスさんも納得してくれたし、とりあえずは良しとしよう。
シャルもこの辺りの俺の対応は織り込み済みだろうし。
「それで? わざわざ挨拶に来たわけじゃないですよね?」
少し落ち着いた所で、気になっていた事を尋ねてみた。
それこそ、挨拶だけなら俺が朝の執務を始める直前くらいでも問題無い。
俺の寝起きにわざわざ寝室まで来たって事は、それなりの用事があるはずだ。
「……ワタシの種族の事は知っているかしら?」
少し躊躇いがちなリリスさんの質問に、俺は昨日鑑定をかけた事を思い出す。
夢魔族。
愛に生きる種族、というのが有名な話だろうか。
惚れ込んだ相手と生死を共にする契約を結び、死ぬ時まで、一生仕えるという。
「まあ、それなりには。とはいえ、一般論の域を出ませんが」
「それなら、隠蔽もいらないわね」
そう言って、リリスさんの方から魔術を解除した瞬間に、寝室内へ甘い香りが充満。
同時に、下半身に血が集まる感覚。
いかん。
これはいかん。
一瞬で元気になってしまったぞ。
まだベッドで上半身を起こしてるだけで、タオルケットで下半身が隠れてて良かった。
「夢魔族は、愛に生き、愛に死ぬの。例えそれが、どんなに儚いものであっても」
リリスさんの目が、ぼんやりとピンク色の光を発している。
恐らく、誘惑の魔眼が発動しているのだろう。
前後不覚に陥るような事は無いが、部屋に充満する甘い臭いと、彼女が発するフェロモンのようなものに、オスとしての本能が強く刺激されるが、呑まれないようにグッと耐えておく。
「お願い……ワタシと、契約して」
トロンとした、ピンク色に淡く光る目で、上目遣いに俺を見上げながら、リリスさんが目の前に迫ってくる。
オスとしての本能が、彼女を襲えと身体に命令を下しているが、理性でもって抑え込む。
脳裏にシャルの姿を思い浮かべ、全力でオスとしての本能に抗う。
「シャルロット様にも、許可は得ているから……お願い、このままじゃ、歯止めが……」
ともすれば、苦しそうなリリスさんが、呻くようにしながら俺の後頭部を両手で掴む。
シャルが許可を出している……それなら、いいか。
許可があるという一言で、俺の理性は容易く崩壊した。
「わかった……契約を受け入れる。でも、どうすれば……」
「その言葉を、待ってたわ」
契約を受け入れる。
その一言を発した直後の、リリスさんの行動は恐ろしく素早い。
ほぼ一瞬で俺の唇を奪い、彼女の舌が俺の口内を蹂躙していく。
そのままの勢いで俺の上半身を押し倒し、下腹部の辺りに馬乗りとなる。
「ごめんね。きっと手加減できないわ。だから……死なないで」
物騒な一言と共に、俺はとてつもない快楽の波に呑まれ、程なくして意識を失うのだった。
…
……
………
「……ハッ!」
俺が意識を失ってから、果たしてどれくらい経っただろうか。
がばりと勢い良く上半身を起こすと、案の定というか、俺は全裸だった。
そして、横にはすうすうと寝息を立てるリリスさんの姿が。
ここから連想される出来事は、まあ一つしかないわけで。
「……契約とやらは、上手くいったのか?」
隣で寝息を立てるリリスさんを見れば、とてもお肌がツヤツヤになっているのもそうだが、見た目が若返っている。
パッと見て、18歳とかそれくらいだろうか。
「本当に、夢魔族なんだな」
改めて観察してみると、側頭部の両側に羊のような大きな巻き角が生えていて、なかなかに目立つ。
契約の前はもっと小さかったような気がしないでもない。
確か、遠い過去に夢魔族は迫害を受けた事があるから、その時の名残で角を隠して種族を隠蔽している人が多いはずだ。
きっと、リリスさんもその例に漏れず、外見を繕っていたのだろう。
「……うん? やたらと魔力の通りがいいような……」
契約とやらでどのような変化が起きたか、自分の身体を巡る魔力に意識を集中させて、簡易自己診断をしてみれば、魔力の巡りがやたらといい。
これほどの巡りの良さであれば、魔術の制御や出力にも大きな影響が出るだろう。
本当に後で色々と検証しないといけないな。
「ん……ああ、契約は上手くいったのね」
俺が自分の身体に起きた変化に驚いていると、横で寝ていたリリスさんが目を覚ましたようだ。
彼女がゆっくりと上半身を起こして、グッと伸びをすると、何にも包まれていない、それは大層ご立派な胸部装甲が揺れ、咄嗟に目を逸らす。
「うふふ、これでもう、ワタシはあなたと運命共同体になったわ。あなたも私も、お互いにお互いが能力を高め合っているわよ」
あまり具体的ではないが、契約による影響を示唆され、俺は即座に彼女を鑑定した。
ちなみに、逸らした目線を向け直したら、彼女はメイド長の服装に戻っているではないか。
何という早着替えだろう。
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リリス・ヴェルクイン
18(26)歳
種族:夢魔族
身長:167センチ
体重:57キロ
状態:夢魔女王の契約(最深層)
生命力:35
精神力:40
持久力:60
体力:22
筋力:20
技術:60
信念:15
魔力:35
神秘:45
運:12
特殊技能
・武器熟練:鞭・短剣
・夜伽の女王
・夢魔女王の契約
・献身
・指揮統率
・組織管理
・家事万能
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前に比べて、全ての能力が10上がっているし、特殊技能が色々と進化している。
この短時間で、凄まじい変化だ。
もしも、このレベルの変化が俺の身体にも起きているのなら、先ほどの魔力の巡りの良さにも説明が付く。
これはまた、随分と凄まじい。
ただ、これだけの強化を何の代償も無くできるはずもないだろう。
これは、より詳しい話を聞くべきだな、と思い、俺は姿勢を正すのだった。




