ワケあり8人目⑱
「エスメラルダ、今日の面会を申し込んで来た奴隷商の事、調べてるんだろ?」
昼食後、来客用の装いに着替えている最中、エスメラルダに問う。
どうせ彼女の事だから、使うがどうかわからない情報も集めている事だろう。
「なーに? 先に答え合わせしちゃうの?」
俺の予想通り、エスメラルダは既に今日の面会者の事を掴んでいたようだ。
すぐに知らせる必要は無かったのだろうが、俺が何かに気付いた素振りを見せたのが不思議そうな声色である。
「なんとなく嫌な感じがしたんでな。変な面倒を背負いこむ前に対処したかっただけだ」
貴族らしい装いに着替え、間仕切りから外に出ると、そこには胡散臭いものを見るような表情のエスメラルダがいた。
雇い主に向ける視線じゃないような気がするが、俺が前触れも無く来客の裏について言及したので、無理も無いか。
「相変わらず、謎に嗅覚があるわね。今日来客予定の奴隷商は、フラウド・クライム。色々とあくどい真似をして、安く奴隷を仕入れては高く売っているわ。なかなか証拠を消したりするのが上手かったけれど、私たちを欺く事はできなかったわね」
そう言って、エスメラルダはブラウスのボタンをいくつか外したかと思えば、胸の谷間に自ら手を突っ込み、そこから丸めた羊皮紙を取り出す。
一体なんつー所から取り出してるんだ。
いや、眼福だけれども。
「お前な。いくらなんでもしまう場所がめちゃくちゃだろ」
思わずガン見してしまったものの、人前で同じ真似をされると色々とよろしくないので、軽く睨んでおく。
何となく、俺しかこの場にいないから、悪戯半分でやっているよう気がするが。
「心配しなくても、人前でやらないわよ。ちょっとどういう反応をするか気になっただけ」
俺に丸まった羊皮紙を手渡してから、エスメラルダは肩を竦める。
ある意味では役得みたいな所あるけど、これシャルにバレたら色々とヤバいんじゃね?
「あ、ちゃんとシャルロットには許可を貰ってるわよ?」
「シャルもなんで許しちゃうかなー」
なんだろう。
この感じだと、シャルの中ではエスメラルダも俺の嫁候補にされてそうだ。
既にシャルとリシア、カナエの3人が嫁として確定しているし、他にもそうなりそうな感じがちらほら。
シャルの事だから、下手したら王家との婚姻も視野に入れてそうな気がするんだよな。
ハーレムを作るのが男の模範な世界とはいえ、限度というものはあると思うんだが。
「そろそろ時間だし、客間に行くわよ」
「へいへい」
客間へと移動しながら、丸まっている羊皮紙の中身を読む。
その内容は、まあまあ悪辣だった。
基本的には地上げ屋のような事をして、狙った相手を失業させ、そこに仕事を紹介するという体で奴隷に落としているようだ。
これふっつーに犯罪なんよな。
まあ、後で王家にチクるとして、フラウド氏はどういう導入で話を持ってくるのかね。
「……ん?」
羊皮紙に記されているのは、フラウド氏の手口やその行為の証拠。
その他に、今日連れてくる奴隷についての記載があったのだが、その中に面識のある名前が見られ、そこで読むのを止めてしまう。
リリス・ヴェルクイン。
苗字までは知らなかったが、名前に見覚えがある。
リリス、という名前そのものが珍しいかと言われればそんな事は無いし、もしかすると同名の違う人かもしれない。
けれど、色々な意味で印象に残っている、あの女性を思い浮かべてから、ブライアンさんと一緒に行ったあの店が、もしかすると潰れているのかもしれないと思うと、どこか切ない気持ちになる。
「どうしたの? 浮かない顔ね」
俺が表情を曇らせたのを、エスメラルダが目敏く指摘してきた。
ほんと、よく仕事ができる女だよ。
「今日、連れて来られてる奴隷の中に、俺の知ってる人がいるかもしれないって気付いただけだ。まあ、珍しい名前じゃないし、同名の違う誰かかもしれないけどな」
「ふーん、そういう事。あなた、持ってるわね」
神妙な表情で俺を見るエスメラルダ。
意味深な物言いだが、それ以上を明かすつもりは無いらしく、いつの間にか到達していた客間の扉を開く。
使用人たちによって、既に客人を迎える支度を整えられており、あとは件の奴隷商の到着を待つばかりだ。
「なあ、さっきの意味深な発言の真意が見えないんだが」
「そのうちわかるわよ。ほら、そろそろ来るわ」
一応、先ほどの発言について聞き出そうとしてみるも、彼女ははぐらかすように来客に集中させようとする。
どう問答をしようかと思っていれば、来客用の入口の方から乾いたノック音が響く。
「当主様、お約束のクライム様がいらしています」
扉の向こうからくぐもった使用人の声が聞こえたので、俺は一旦エスメラルダに先ほどの会話内容を問う事を諦め、件の奴隷商を客間に入れるよう指示を出す。
それからすぐに再度ノックがあり、奴隷商フラウド・クライムが入室してきた。
見た目はしっかりと整えられているが、雰囲気がとても軽薄そうだ。
一言で表すのなら、ナンパ男、といった感じ。
じゃらじゃらとアクセサリを纏っており、自らの財をひけらかしているようで、ちょっと下品さがある。
「急なお願いにも関わらず、本日はわたくしとの面会を受け入れていただき、誠にありがとうございます」
芝居がかった大仰な仕草で、貴族に対する礼の姿勢を取るフラウド氏だが、既に種が割れている以上、ただただ不快に映るだけだ。
サッサと本題に入らせるか。
そう考え、彼を席に座るよう促し、使用人に紅茶とお茶請けを給仕させる。
「これはこれはご丁寧にありがとうございます」
「それで、わざわざ急ぎで我がリベルヤ家に持ってきた商談というのは?」
貴族家と取引を持ちたい、懇意にしたい、という理由で商人が営業をかける事そのものは珍しい事ではない。
しかし、あくまで貴族家側にお伺いを立てた上で日程を空けて頂く、というのが商人側の立場だ。
仮に急いでいたとしても、当日に面会を申し込んでくるというのは、なかなかに非常識である。
男爵や子爵のような下位の貴族であれば、大きな商会が多少強気にしてくる事はあれど、新興とはいえリベルヤ伯爵家はまがりなりにも中位貴族なので、場合によっては舐めているとも取られかねないわけで。
そんなリスクを負ってまで、何を売り込みたかったのか。
気になったのは、その1点だ。
「リベルヤ伯爵様は、意外とせっかちですね」
ともすれば、ふてぶてしささえ感じる態度で、フラウド氏は紅茶に口を付ける。
こめかみに少しだけ青筋が浮いた気がしたが、まだ我慢だ。
「本日、私が商談に伺ったのは他でもない。リベルヤ伯爵はまだお若くていらっしゃる。であれば、夜の情事にもお盛んかと思いまして。私はそっち方面の奴隷に滅法強いんですよ。ですので、若くていい夜伽のお相手を見繕えます。お値段も、勉強させて頂きますよ?」
コイツ、俺が性欲持て余してると思ってたわけ?
いやまあ、シャルと婚約して割とすぐにリシアとも婚約しているわけだし、何なら公にはしてないけど、カナエも婚約済みだ。
そう考えれば、かなりそっち方面に意欲的に見えもするか。
まあいい。
とっととリリスさんの本人確認を取って、それから憲兵に突き出そう。
変に時間をかけるだけ無駄だ。
「実際に奴隷は連れてきてるのか?」
「ええ、もちろんですとも! 特に若くて上玉な奴隷を厳選して連れておりますので、ぜひぜひご覧下さい!」
俺が乗り気に見えたのか、はたまたカモに見えたのか、相当に前のめりな姿勢でもって、フラウド氏は パンパン、と手を叩く。
部屋の外に従者が待機していたのだろう。
客間の扉が開くと、ぞろぞろと奴隷の首輪を付けられた女性たちが入ってくる。
既に夜伽用と思われる、薄い生地の服――ベビードールだったか――を纏っており、かなり刺激の強い見た目だが、その首に嵌められた奴隷の首輪が、どこか物々しさを感じさせたのだった。
リリスさんについては、ワケあり0人目の⑭~⑯で一度登場しています。




