ワケあり8人目⑰
「奴隷商からの面会依頼?」
「はい。なんでも、墓守の奴隷商からの紹介だそうです。報告から、何やらワケありのようですよ」
ヴァルツを屋敷に迎えた翌日。
朝の執務時間にシャルから面会依頼の話を聞いた。
どうやら、痩せぎすの奴隷商からの紹介で、ワケあり奴隷を俺に見せたいらしい。
どういう経緯でそうなったかはわからないが、ジェーンを買った奴隷商辺りから話を聞いたのかもな。
そんで、痩せぎすの奴隷商が結構リベルヤ家と関わりがあるから、紹介を頼んだ、といった所か。
「面会希望はいつだ?」
「早ければ今日の午後からにでも、と聞いています。都合が悪ければこちらに合わせるとも」
現状、領地への移動がまだ始まっていないので、貴族としての執務そのものはそれほど多くない。
数日中には移動の目途が立つはずだが、いかんせんラウンズ側の受け入れ態勢が整わない事には先に進まないのだ。
「それなら、今日の午後に会おう。確か執務は午前中で充分に終わる量だよな?」
「執務そのものは午前中の半分くらいで終わる量かと。それでは、そのように手配しておきますね。それでは、ハイトさんがサボらないよう監視を頼みますね。エスメラルダさん」
「頼まれたわ」
朝の打ち合わせを終えて、俺は執務に入る。
その多くは書類の確認とサイン、あるいはリベルヤ家の紋を刻んだ印を押す。
ただそれだけだ。
他には、陛下やアーミル侯爵との手紙のやり取りくらいなものだが、こちらはそれほど時間のかかるものでもない。
現状、社交面においてはそれほど忙しくないのもあって、これが本格化するのは領地に移動してからになるだろう。
領地を管理するとなれば、交易の要衝となる地域を治めるに当たり、色々と管理する事柄が増える。
最初のうちは、現状の領地運営を確認し、そこから徐々に俺の意見を入れていく形になるので、領地運営が形になるまでは、しばらく忙しくなるだろう。
「予定通りに事が進むのなら、本格的に領地運営が始まるのは秋くらいかしら?」
「そのくらいだろうな。もうすぐ夏も終わるし」
リアムルド王国は比較的天候が落ち着いた国で、年間を通してそれほど大きな温度変化も無いので、比較的過ごしやすい。
そのせいか、日本にいた頃に比べると季節感が薄いんだよな。
夏は半袖で過ごしていればいいくらいだし、冬も本当に寒い日だけ少し雪が降る程度で、それほど厳しい寒さでもない。
そのせいか、年間を通して何かしらの農業が行われているので、この大陸においては食料庫としての立場を確固たるものとしている。
それゆえに、以前は他国から侵略を狙われる事もあったりしたらしいが、今は各国と上手くやっているようだ。
帝国とは仲が良くないのは、その辺りの侵略絡みで色々と揉めたせいだと公爵家にいた頃に勉強したな。
「暗部側の進捗はどうだ?」
「こっちは順調そのものよ。現地のコントロファミリーを使って、裏の方面も掌握済みだし、既に汚職のいくつかは検挙できるだけの証拠が挙がってるわ」
うーん、相変わらず有能だねえ。
ある程度、先んじて裏方面の探りを入れておいてくれ、と依頼はかけていたけど、探りどころじゃないくらい話が進んでるし。
あんまり進捗がいいもんだから、いっそ役人やら商人周りの不正を探って貰っていたけど、それも既にいくつか成果が上がってるという。
ホント、裏世界最大の組織だったのは伊達じゃないね。
「国側に挙げられる汚職や不正も掴んでるけど、そっちはどうしたらいいかしら?」
「しれっとトンデモな事例を掴むな。いや、有能な事の裏返しなんだろうけども」
国側に挙げられる、という事は相当に大きな案件という事だ。
俺の領地内だけで完結するような案件ではなく、貴族や他の領地が絡む、大きなもの。
それこそ、解決には陛下たちの協力が必要な規模で。
「とりあえず、眼の方に情報を渡しておいてくれ。側妃様の方で何か掴んでるかもしれないし」
「了解。手配しておくわ」
エスメラルダ側の進捗を確認しながら執務を進めていけば、今日のうちに解決できる執務は全て片付いてしまい、まだ昼食には早いくらいの時間だったので、エスメラルダと共にリシアの行っている訓練の方にいつもより早めに混ざる。
リシアが訓練担当になってからというもの、屋敷内の戦力は恐ろしく上がってしまった。
元より大半の使用人や警備兵たちがB級冒険者クラスの実力者となっていたのだが、A級冒険者クラスに届く人がかなり増えたのだ。
リシアの丁寧な指導と効率的な訓練により、カナエたちに任せていた頃よりも伸びがすごい。
今となっては、警備兵が徒党を組めばストロングフィジカルモンスターのカナエを完全に五分で抑え込めるほどになった。
「本当に、リベルヤ家は何と戦うつもりなのかしらね」
俺と一緒に訓練に参加するエスメラルダが、ポツリと呟く。
今や暗部となった血染めの月の面々も、リシアの指導を受けてメキメキと戦闘面の実力を伸ばしており、各地のエージェントと交代で戦闘訓練を施した事で、組織全体の戦闘力が大きく向上している。
今でこそ首輪付きになった血染めの月だが、このトンデモ集団が野に放たれる事があったなら、この大陸で勝てる国など無いのではなかろうか。
恐ろしい戦力を作り上げてしまったな、と自らの選択に戦慄するも、そこは適切に管理しながら運用すればいいと思い直す。
結局の所、料理に使う鍋だって、使い方を変えれば人を撲殺する鈍器にだってなり得るのだ。
どんな道具も力も、使う側によってその価値や目的を変えるもの。
であれば、それを管理する立場である俺が間違えなければいいだけの話。
「ははっ、それにしてもここには本当に実力者が揃っているな! それでこそ、己を高められるというもの!」
で、指導者側のリシアは、現在嬉々としてカナエと模擬戦を行っているのだが、ストロングフィジカルモンスターのカナエに、一歩も退かぬ互角の戦いを演じている。
普通に受ければ腕ごと粉砕されるであろうカナエの一撃を、躱すか盾で逸らすかして凌ぎつつ、剣と槍を切り替えながら、カナエが嫌がる立ち回りで展開上は優位に立っていた。
とはいえ、カナエの防御力を抜くだけの一撃を出せないせいで、泥沼化している。
ここまで戦えるのなら、実質の戦力としてはカナエと並ぶくらいの実力と見て間違いない。
あれ、おかしいな。
カナエ、ジェーンのリベルヤ家2大暴力装置と張り合う学生……うん、これ以上を考えるのはやめにしよう。
これ以上は俺自身に特大のブーメランが刺さる。
「よし、それでは午前中の訓練はこれまでとする! しっかりと昼食を摂って、また午後から励むように!」
気付けば、すっかり昼時となっていたので、そのまま昼食に向かう事になったのだが、一つ気になった事があって、俺はリシアに問う。
「リシア、そういえば学校はどうした?」
そう。
リシアはまだ学生なのだ。
婚約して、彼女が屋敷に越してきてから、学校に行ったのを見た事が無い。
「学校なら、おおよその学習範囲はもう単位を取っているからな。無理に行く必要が無いんだ。出席も家の事を手伝うという名目で、免除してもらっている」
「もしかしてもう卒業までの単位足りてる?」
「うむ。元より、侯爵家を継ぐ予定だったのでな。初年度のうちに卒業資格を取っておいたのだ。ハイトと婚約する事が無ければ、今は侯爵家の仕事を段階的にやっていたと思うぞ」
ああ、ここにもしごでき女子がいるわ。
カナエやジェーンみたいに戦闘力全振りじゃなくて、文武両道のしっかり者が。
「そっか。学校に出席したかったら、そっち優先してくれていいからな?」
「気持ちは受け取っておこう。だが、今はこうして仕事をしている方が楽しいのでな。何、心配せずとも週に1回は登校するさ」
多分、残りの出席日数とかも完全に把握してるんだろうな。
ほんと、しごでき女子ばっかで肩身が狭いよ俺は。
そんな事を考えながら、俺は午後の来客に向けて昼食を摂るのだった。
次はどんなワケありの奴隷が来るのか、お楽しみに!




