ワケあり8人目⑯
「リシア、悪いけどギルドに報告に行ってくれないか? ヴァルツを勝手に街に入れていいいかわからんし」
「それもそうだな。逆に手を出されないように、ハイトが一緒にいた方がいいだろう」
呼吸を整え、いざ街に入ろうと思ったが、ヴァルツの扱いをどうしようか迷ったので、とりあえず安全策を取る事にする。
仮に門番がOKを出し、その判断が間違っていて、門番が怒られるのも可哀そうだし。
代理でギルドに報告に行ってくれとリシアに頼めば、彼女は二つ返事でOKしてくれ、スノーホワイトに乗って王都に入って行った。
とりあえず、しばらく待ちになるかね。
「悪いな。最初は色々と面倒だと思うが、それさえ済めば比較的自由になるから」
魔生物絡みの法律だとかは詳しくないし、手続きがいるとかいらないとかもあるかもしれん。
わからない時は、とりあえず偉い人に確認を取る。
これ大事。
『人間の決まりがどうのというのは、面倒ではあるが、仕方あるまい。何と言ったか……郷に入っては何とやらだ』
「郷に入っては郷に従え、だな。理解があって助かるよ」
不服そうではあるものの、人間の文化に理解を示してくれているヴァルツの首を、何となく撫でる。
本馬的には悪くない感じなのか、ブルル、と小さく鳴き声を上げ、目を細めた。
そんな感じで10分ほど過ごしただろうか。
しばらくぶりに顔を合わせるギルドマスターを連れて、リシアがこちらに歩いてくる。
「待たせたな。諸々の手続きに少しばかり時間がかかってしまった」
「むしろ雑用みたいな事をさせてすまん。あとギルドマスターは久しぶりですね」
「ああ、久しぶりだね。さて、それじゃそこの彼も待たせてる事だし、確認の方を進めようか。この三本角の馬が、件の魔生物でいいのかい?」
ギルドマスターが、値踏みするようにヴァルツを観察しているが、ヴァルツはそんな目線はどこ吹く風といった様子。
変に暴れたり威嚇したりしないのはいいが、もう少し愛想良くすれば、と思わないでもない。
まあ、本馬のキャラがそういうタイプではないから、致し方ないのかも。
「はい」
「パッと見た感じだと、二角馬に近いように見えるね。上下の長さの違う曲がった角は、二角馬のもので、真ん中の捻じれた角は一角馬に近い……新種なのかな?」
ギルドマスターの推論のような独り言を聞きながら、俺もヴァルツについて考えてみた。
特徴から言えば、二角馬と一角馬の両方の特徴を持っているのだから、そのハーフ、というのが一番考えやすい出自だろうか。
ただ、この辺りは自然の進化の過程で生まれた新たな個体、という可能性も捨て切れない。
要するに、謎という事だ。
「ふむ、とりあえずは、暫定的に新種の魔生物として、三角馬と呼称しようか。可能なら、色々とギルドの機関で調べたい所だけど……」
ギルドマスターが研究機関に送りたい、と言い出した瞬間に、ヴァルツの角に雷が宿り、威嚇するようにその身を屈めた。
何かすれば、全力で抵抗するぞという意思表示のようだ。
「それは遠慮して頂ければと。あくまで私の魔力で生活できる前提で、共に暮らそうと約束したので。そうですね……自然に抜けた体毛などをサンプルとして提供する、というのはダメでしょうか?」
とはいえ、新種かもしれない生物について知りたい、というギルドマスターの意見もわからないではない。
そこで、妥協案を提示してみれば、ギルドマスターは考える素振りを見せた。
「B級冒険者パーティーを怪我させて撤退を余儀なくするくらいだ。個の戦闘力もかなりのものだろうし……そうだね。君の所に置いてもらうのが一番いいかもしれない。君の言う通り、サンプルを回して貰えると助かるよ」
とりあえず、俺の意見に納得してもらえたようなので、ヴァルツを宥めるように首を撫でると、バチバチと音を発していた雷が霧散し、ブルルル、と鳴き声を上げた。
まるで、今回は勘弁してやろう、と言っているようだ。
いや、本馬の性格を考えていれば、本当にそう考えているかも。
「ふむ、キチンと君の言う事は聞くみたいだね。この子を乗り回したりしても構わないけれど、キチンと所属がわかるよう、家紋やパーティーの証のようなものを身に着けさせておくように。それで所属と責任が明確になるから、あとは君が上手くこの子を御すればいいよ」
「登録とか手続きとか、そういうのは不要ですか?」
「ある意味、扱いとしてはペットと一緒だよ。登録の義務や手続きは無いけど、飼い主や所属をハッキリさせておいて、責任者だけは明確にしておく。それだけだ」
なるほど、キチンと飼い主とわかるようにした上で、何かあったら責任を取りなさい、と。
ある意味、緩くて楽ではあるが、それだけ無責任な事はできないな。
ともあれ、問題無くヴァルツを屋敷に連れて行けるようで良かった。
「さて、確認したい事も確認できた事だし、これで失礼するよ。あまり時間をかけると、副マスターに怒られてしまうからね」
確認すべき事は確認した、とばかりにギルドマスターは去って行く。
ずっと黙っていたリシアと顔を合わせてから、俺はヴァルツを連れて王都の門を潜る。
門の中にはスノーホワイトが待っていて、そこからはリシアとそれぞれに騎乗し、屋敷へと戻った。
『ここがお前の住処か。なるほど、濃い魔力に包まれているな。我の生活環境としては申し分無い』
屋敷の門を潜り、敷地内に入った瞬間に、ヴァルツから念が飛んできたので、とりあえず最低限の居住条件は問題無いらしい。
あとは厩の環境に文句を言わなければいいが。
「ここが厩だ。何か必要なものがあれば用意させるけど、どうだ?」
リシアと一緒にヴァルツを厩に案内して、魔生物的に必要な物があるかを問い掛けてみる。
その一方で、リシアは慣れた手つきでスノーホワイトを厩の馬房に入れており、彼女の身体へブラシがけを始めた。
ブラシがけが気持ちいいのか、スノーホワイトは目を細めてされるがままだ。
『部屋が少しばかり狭い気もするが……まあ、寝る場所と考えればこんなものか。それよりも、スノーがしてもらっているアレを我にもするのだ』
とりあえず、環境として新たに必要な物は無いらしく、最低限の設備は足りている、というのがわかって安心したが、どうやらヴァルツはブラシがけに興味を持ったらしい。
まあ、ベースが馬だから気持ちいいのかもな。
どれ、俺もやった事がないわけじゃないから、試してみようか。
まずはヴァルツをスノーホワイトの横にある馬房に入れてみると、確かに一般的な馬の2倍近い体格をしているヴァルツからすれば、この馬房は少しばかり手狭そうだ。
彼のスペースは早めに改築すべきだな。
馬房の改築、と心のメモに書き込みつつ、馬房に備え付けられているブラシを手に取り、ヴァルツにブラシがけを開始。
『ふむ、なるほど……悪くない。ハイトよ、もっと背中の方をやってくれ』
首の横から後ろ、鬣の辺りを重点的にやっていたら、背中の方をやってくれとリクエストが来たので、それに従って背中をブラッシングしていくと、ヴァルツは目を細めて気持ち良さそうにしている。
ベースはやっぱり馬なんだな、と思いながら、ヴァルツが満足するまでブラッシングをしていると、すっかり夕方になってしまっていた。
「ハイトさーん、リシアさーん、お食事の時間ですよー」
俺たちがブラッシングに夢中になっている間に、夕食の支度ができていたようで、シャルが俺たちを呼びに来た。
簡素なワンピースタイプのドレスに身を包んだシャルは、ヴァルツの姿を見て、目を丸くする。
「報告は受けていましたが、これはまたご立派な。リシアさんの馬よりも一回り大きいですね」
ヴァルツを見て怖がるでもなく、単純にすごいと言ってのける辺り、シャルもなかなかに肝が据わってるな。
身体がデカいし、角も厳ついから、結構威圧感があると思うが。
『ふむ、この娘はよくわかっているではないか。人間にしてはなかなか見どころがある』
「シャルに何かしてみろ。その時はお前を挽肉にしてこの世から跡形も無く消すからな?」
一応、念の為にヴァルツに向かって全力の威圧をかけておく。
害が無ければ自由にさせるが、もしもの時は容赦しない。
あまり増長させて問題を起こされるのも困るしな。
シャルには聞こえないように小さな声での威圧だったが、それなりに効果があったらしく、ヴァルツの全身の毛が一瞬で逆立つ。
『も、もちろんそんな事はしない。我に悪意を持たぬ者には、こちらから手は出さん』
「ならいいけどな」
ヴァルツから飛んできた念はかなり声が震えていたので、俺の実力の片鱗は感じ取ったらしい。
まあ、問題を起こさず大人しくしててくれればいいんだよ。
せっかく連れて来たんだし。
ある程度、狙い通りにこちらの意志が伝わったと判断し、俺が威圧を解けば、ヴァルツの逆立った毛は、すぐに元に戻ったのだった。
格付け完了。




