ワケあり8人目⑯
「さて、とりあえずギルドに説明もしないとだし、戻ろうか」
「そうだな。しかし驚いたぞ。あまりにもすんなりと手懐けたからな」
俺がシュヴァルツドライを連れ帰る事にしたのを見て、リシアは半ば呆れた表情でこちら見ていた。
うん、自分が突拍子もない事をしたのは自覚してる。
けど、なんか放っておけなかったんだよな。
『この娘はお前の番か?』
「そう、だな。正確には、番の1人だ」
シュヴァルツドライがリシアに興味を示したので、ざっくりと俺との関係性を説明すれば、横で赤面するリシアの様子が見えた。
どうやら婚約者として、あまり直接的な表現にはまだ慣れていないらしい。
『ふん、我の仲間に見合う優秀な雄らしいな。ほら、お前の住処に戻るのだろう? 2人纏めて乗せてやる。人間の数人如き、我にかかれば重さが無いも同然よ』
俺たちがこれから王都に戻る事を理解しているらしく、シュヴァルツドライは腹這いになるようにして脚を曲げ、俺たちが背に乗りやすいようにしてくれる。
せっかくだし、装具無しでの乗り心地を楽しむのもアリだろう。
とはいえ、沼地の入り口にスノーホワイトを待たせているので、彼女を拾う必要もあるし、とりあえずは沼地の入り口まで2人で乗るか。
「助かるよ。とりあえず、沼地の入り口に連れが待ってるから、まずはそこまで頼む」
『いいだろう。近くなったら教えろ』
物言いは尊大ながらも、割とこちらを気遣ってくれているシュヴァルツドライに、自然と笑みが零れる。
きっと、長い期間を放浪しながら過ごして、その先々で安住できずにいたから、自然と心が荒んでいたのだろう。
「よっ、と。ほら、リシアも」
「すまんな。少しだけ失礼するぞ、シュヴァルツドライ」
まずは先に俺がシュヴァルツドライの背に乗り、続いてリシアも俺の後ろに乗る。
もちろん、背中に鎧の固い感触が当たるが、別に残念だなんて思ってはいない。
リシアが落ちないように俺の胸の辺りに腕を回したのを確認してから、俺はシュヴァルツドライの首を軽くトントンして合図を出す。
シュヴァルツドライは合図を理解しているようで、すぐに立ち上がった。
一気に視点が高くなり、見渡せる視界が広がる。
『では行くぞ』
こちらへ一声かけてから、シュヴァルツドライが駆け出す。
泥濘があるはずの悪路も物ともせず、真っ直ぐに踏み越えて行く。
シュヴァルツドライはそのまま凄まじい走破性を見せつけ、ものの数分で沼地の入り口に到着。
俺が再度首をトントンすると、力強い走破性を見せていた走りとは真逆の、優しくふわりとした停止をして見せる。
ブレーキの急制動がかかる事も無かったので、恐ろしいまでの筋肉のバネと柔らかさだと思う。
「では、私はここで降りる。スノー! 帰るぞ!」
姿の見えないスノーホワイトに呼び掛けつつ、リシアがひらりとシュヴァルツドライの背から飛び降りる。
彼女が呼び掛けると、スノーホワイトがどこからともなく駆け付けた。
恐らく、安全な場所に身を隠していたのだろうが、一体どこにいたのだろう。
『む、これは可憐な娘だ。あの白い娘は、お前の番が飼い主か?』
リシアがスノーホワイトに騎乗するのを見届けていたら、シュヴァルツドライから彼女に対する問い掛けがあった。
どうやら、彼から見るとスノーホワイトは美人ならぬ美馬らしい。
まあ、実際に人間の俺から見ても綺麗な白馬だとは思ってたけど。
「そうだな。小さい頃から一緒に育ったらしいぞ。けど、一緒に屋敷で暮らす事になるから、お近づきになる機会はいくらでもあるだろ」
『そうか。彼女と同じ屋根の下で暮らす事になるのか。お前と共に行く事にして、本当に良かった』
美人に鼻の下を伸ばすのは、どうやら人間も馬も一緒らしい。
というか、変に言葉で意思疎通ができるせいか、こいつが妙に人間臭く感じるな。
スノーホワイトと同じ厩で暮らす事になるとわかった途端に、俺と一緒に行く事にして良かったと言い出す辺り、なかなか現金なヤツめ。
けど、そういう素直な反応は嫌いじゃない。
「ま、これから宜しくな、ヴァルツ」
『ふむ、人同士で名を呼ぶ際の愛称、というヤツだな』
「そういう事だ」
短時間ではあるが、ヴァルツとわかり合えたような気がして、俺は気分が高揚していた。
そして、気付けばスノーホワイトに騎乗したリシアが近くに寄ってきている。
「ふむ、スノーが怖がらない辺り、シュヴァルツドライは悪意を持っていないようだな」
ヴァルツに近付いたスノーホワイトが、鼻先を近付けて興味深そうに様子を伺っている。
一応は、同族の括りとして見られているのだろうか。
ヴァルツの方も同じように彼女へ鼻先を近付け、何やら会話をするように、ブルルル、と鳴き声を上げた。
それに応ずるように、スノーホワイトもブルルルル、と鳴き声を上げている。
当然、俺には馬の言葉などわかるはずもないので、助けを求めるようにリシアを見れば、彼女もさすがに馬の言葉まではわからないらしい。
「お、おいスノー!? 勝手に走り出すな!」
少しの間、ヴァルツと鳴き声でやり取りをしていたスノーホワイトが、大きな嘶きを上げて棹立ちをしてから、王都へ向けて猛然と駆け出す。
当然、騎手であるリシアは困惑しきりであったが、物凄い速さで駆け出したスノーホワイトは、あっという間に小さくなっていく。
「ヴァルツ、一体どうした?」
『あの可憐な娘、見た目に反して随分と豪胆だ。自分と番になりたいなら、自分よりも早く走って見せろと挑発してきおったわ』
要するに、自分よりも早く走れて強い雄じゃないと認めない、という事か。
ある意味、気が強いのは飼い主であるリシアそっくりな気がするな。
「で、ヴァルツはどうすんだ?」
『当然、実力で捻じ伏せるまでよ。我を本気にさせた事を、後悔させてくれるわ! ハイト、しっかり掴まっていろ!』
俺との問答が終わるや否や、ヴァルツはロケットスタートとばかりに駆け出す。
興奮しているのか、目が赤い光を発しているのだが、これは魔術的な自己強化を施しているからなのか、それとも魔生物の身体的な特徴なのか。
ともあれ、沼地の入り口に戻った時とは比べ物にならないほどの速さで、ヴァルツが猛進していく。
進路上にある障害物は、魔物だろうと石だろうと関係無く踏み砕き、穴があれば軽々とジャンプで飛び越える。
文字通り、一陣の風となって進むヴァルツの背にいる俺には、容赦無く風圧とGがかかるが、ここは気合で耐え、ヴァルツの首にしがみつく。
ヴァルツが駆け出して、おおよそ5分が過ぎた頃だろうか。
視界の先にスノーホワイトとリシアの姿が見えた。
その差はぐんぐんと縮まっていき、やがてヴァルツが追い越すかと思えば。
「おい、スノー! あまり速度を上げすぎるな! 通行人にぶつかったらまずい!」
スノーホワイトがさらに加速し、ヴァルツも負けじと加速する。
二頭のデッドヒートは王都目前まで続き、視界の先には通行人や馬車の隊商などが見え始めていた。
さすがに他人を巻き込むつもりは無かったのか、二頭は一気に減速し、誰かにぶつかったりする事無く停止。
当然、凄まじい勢いで爆走していた俺たちの姿は、他人から丸見えだったので、凄まじい注目を集めているが、とりあえず被害らしい被害は出ていないので、良しとしておくか。
「スノー。勝手に走るなんて、お前らしくもない事をして」
「ハァ……ハァ……やっと止まった……」
勝手に走り出したスノーホワイトを叱るリシアと、装具の無いヴァルツの全力にしがみ付くので精一杯だった俺の対比が酷い事になっているのだが、当の馬二頭は、お互いの奮闘を称えるようにお互いを舐め合っている。
どうやら、ヴァルツとスノーホワイトの関係はとりあえずいい感じになったらしい。
これから同じ厩で暮らすのだし、仲がいいに越した事は無いから、良かったという事にしておこう。
さて、これからは目下ギルドへの報告だけだな。
まあ、実物を連れてきているし、ありのままを説明しるしかあるまい。
あとは、ギルド側が納得してくれるかどうかが問題かね。
というか、そもそも街に入れるだろうか。
色々とこの先の事を考えながら、俺は乱れた呼吸を整えるのだった。




