ワケあり8人目⑮
「あー、俺たちは君と敵対する意思は無い。OK?」
敵意が無い事を示すため、両手を上げて三本角の馬に語り掛けてみる。
リシアは俺の少し後ろで、様子を伺っているが、恐らくは何かあった際のフォローに回るつもりなのだろう。
魔生物化しているのなら、こちらの言葉もある程度は理解するはず。
『……貴様も我を阻むか?』
脳に直接語り掛けるような感覚。
いわゆるテレパシーのようなものだろう。
発信源は、当然目の前の三本角の馬なのは間違いない。
「……リシア、何か言ったか?」
「いや、私は何も」
念のため、リシアに確認してみるも、当然の返答。
まず間違いなく、三本角の馬からだな。
「あー、俺たちは見た事のない生物が現れたと話を聞いて、それを調べに来ただけだ。そちらに害意がないなら、こちらから何かをする事は無い」
角をバチバチと帯電させながら、三本角の馬は前足で地面を掻く。
あー、馬のこういう動作って何か意味があるんだよな。
なんだっけ。
あんまり詳しくないんだよな、こういうの。
『用が無いのなら、疾く去るがいい』
取りつく島も無い、といった様子だが、少なくとも無差別に攻撃してくるほどに理性が無いというわけでもない。
刺激さえしなければ、とりあえずは問題無さそうだろうか。
「OKわかった。それじゃ、失礼する。知り合いの人間にはここに近付かないように言っておくよ」
踵を返し、その場を後にしよう、とリシアに目配せをして、道を引き返す。
背後からバチバチと放電音が聞こえているのが少しばかり不安だが……。
まさか、背後から闇討ちなんてされないよな?
「……ハイト、あの三本角の馬と何か話していたのか?」
放電音から遠ざかり、一旦は安全といっていいであろう場所まで移動してから、リシアに問いかけられた。
あのテレパシーみたいなの、俺だけが聞こえてたのか?
「こう、頭の中に直接問い掛けるような感じだったけど、リシアはわからなかったか?」
「魔力の動きそのものは何となく感じていたが、恐らくはハイトだけを対象に選んでいたんだろう」
となると、リシアはあの三本角の馬との対話を知らないわけか。
まあ、とりあえずは刺激しなければ積極的に攻撃はしてこないみたいだし、興味本位で人が近寄らないようにしておけば問題は無さそうかね。
ギルドに提出する報告をどう纏めようか、と考えながら道を引き返していると、後ろの方から落雷の音が響く。
間違い無く、あの三本角の馬だろう。
「俺たちを狙った……わけじゃなさそうだな」
背後を振り返っても、こちらへ攻撃された様子は無い。
となれば、何者かに襲われて反撃を試みた、という事だろう。
「どうする?」
足を止めた俺に、リシアが問い掛けてくる。
彼女の視線から、好きにしていい、という思いを感じたので、俺は体を反転させて駆け出す。
当然、リシアもついてきているが、戦闘力的な不安は一切無いので、そのまま彼女の判断に任せておく。
「これは……」
先ほど三本角の馬がいた場所に戻ってみれば、そこには10人ほどの人間の死体が転がっていた。
どれも強烈な落雷に打たれたのか、半分くらい炭化してしまっている。
中には男女の判別すら難しいくらいに、炭クズになってしまった遺体もあるくらいだ。
「密猟者、だろうな。大方、珍しい見た目の動物を捕らえて好事家に売り払おうとした、といった所か」
転がっている遺体の服装は、お世辞にもいいものとは言えない。
リシアの見立て通り、盗賊崩れの密猟者、というのが一番しっくりくるか。
『貴様もこの人間共の仲間か?』
まるで威嚇するように、角の放電を強くしながら三本角の馬がこちらへと問い掛けてくる。
余計な事を言えば、即座にこちらへと雷を放ってくるだろう。
「いや、全くの他人だ。ちょっと大きな音がしたから気になって戻っただけだ。しかし参ったな……こうして人死にが出た以上、君の事を報告しないといけなくなった。例えこいつらが、救えない悪党だったとしても、だ」
刺激したのが悪いと言えばそれまでだが、きっかけがあれば人間の命を容易く奪うような魔生物となれば、場合によっては討伐作戦が組まれる可能性がある。
そうなってしまうと、俺にもお鉢が回ってくるだろうし、せっかく知性があるののなら、避けられる争いは回避したい所だ。
『ならば、貴様を消せば人間共が襲ってくる事は無いな?』
「落ち着け。君がすぐにここを離れるのなら、襲われる事は無い。そして、ここを離れるのなら、俺たちは君の事は見なかった事にしておく」
こちらの話を聞くくらいの余裕はあるようで、言葉では俺を殺そうと発言したものの、今の所は行動に移すつもりは無いらしい。
あるいは、何となくこちらの戦力を把握していて、迂闊に手を出せないと判断しているのかもな。
『……我に安息の地はないのか。どこに行っても人間や他の生物は我を拒絶する。ただ、落ち着ける場所を探しているだけだというのに』
三本角の馬が、嘆くように頭を下げた。
その言葉から、彼が様々な場所を渡り歩き、落ち着いて暮らせる場所を探してきたのだとわかる。
どれくらいの期間をそうしてきたのかは知らないが、きっと並々ならぬ苦労をしてきたのだろう。
「……なあ、俺と一緒に来ないか?」
俺がそう声をかけたのは、どこか自分に被るような気がしたから。
今でこそ、仲間たちに恵まれ、領地持ちの貴族となったわけだが、まだ公爵家にいた頃は、俺に味方なんていなかった。
ただ1人で、いつか公爵家を抜け出すんだと様々な事を考えた。
きっと、その時期の俺に似ているのだろう。
『……人間に降れというのか?』
三本角の馬が、顔を上げてこちらを見据える。
問答無用で攻撃をしてくるわけでも無く、ただただこちらを見つめているのみ。
疑心暗鬼に囚われ、他者を信じられない。
そんな様子だ。
「別にどっちが下とかじゃない。対等な関係だ。君が俺の魔力で生活できるなら、少なくとも今よりもずっと安全で、落ち着いた生活を約束できる。代わりに、時々協力してもらう事もあるかもしれないけどな」
それこそ、これからラウンズと王都を行き来する事が増えるだろうし、そういう時の足があるのは有難いわけで。
俺の立場上、単独行動する事もそれなりに多いし、自分用の馬があるのは色々と都合もいい。
『……ふん、貴様のような若造が、我を満足させるだけの魔力を持つものか』
魔力の波長が合うかは不明だが、俺の魔力量で満足できないような相手なら、それこそしょうがないという話だ。
とりあえず、試した方が早いかと思い直し、右手から魔力を放出して、三本角の馬に近付ける。
『……ほう、試してみろという事か』
俺の意図が伝わったのか、三本角の馬は鼻先を俺の右手に近付け、ぐんぐんと俺の魔力を吸い上げていく。
言うだけあって、相当な勢いで魔力を奪われていくが、少なくとも魔力を半分以上持っていかれる事は無さそうだ。
『……なるほど、ここまでの質と量を兼ね備えているのか』
およそ、俺の魔力の3分の1くらいを吸い上げた所で、3本角の馬は魔力の吸い上げを止め、満足気にブルル、と声を上げる。
言うだけあって、相当な量の魔力を持って行ったな。
とはいえ、満足するまで俺の魔力を吸い上げたからか、黒い毛艶がさらに美しくなったようにも見えた。
かなりの魔力を必要とするみたいだし、普段は死なない程度の魔力しか接種していなかったのかもしれない。
「どうだ? 俺の魔力の味は?」
『悪くない。これなら、貴様と共に行くのも一興だ。もう、あちこち探すのには疲れた』
どうやら、その気になってくれたみたいなので、俺はゆっくりと彼の首に触れる。
柔らかく、手触りの良い毛質が心地いい。
『貴様の名は?』
「ハイトだ」
『ハイトか。共に暮らすのだから、我に名付ける栄誉をくれてやろう。生憎と、名など持っておらんのでな』
俺に気を許してくれたのか、いつの間にか角の放電は止まり、穏やかな表情で俺を見る三本角の馬に、どういった名を付けようか考える。
立派な体格に、艶のある黒い体毛。
黄金に近い色の3本角。
ここから連想できるのは……。
「それなら、君の名は今からシュヴァルツドライだ。よろしくな」
『ふむ、悪くない響きだ。いいだろう』
黒と3のドイツ語を並べただけだが、どうやらお気に召してくれたらしい。
三本角の馬、もといシュヴァルツドライは、尊大な言葉遣いながらも、どこか穏やかだった。
簡単な今回の話。
ハイト専用の騎馬が仲間になりました。




