ワケあり8人目⑭
「動作は問題無いはずだが、使い勝手はどうだ?」
「うむ、これなら剣としても槍としても十全に機能するな。完璧な調整に礼を言う」
緊急の調査依頼の受注と、昼食を終えた俺たちは、予定通りブライアンさんの元へ行き、調整を任せていたリシアの武器を受け取った。
軽く素振りと変形を試して、リシアは満足げに笑う。
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試作改良型盾剣槍
槍に変形する長めの直剣に、鞘も兼ねる大きめのカイトシールドが一対となった武器。
扱いには高いレベルの筋力・技量を要求し、また一般的な剣と盾に比べて重い。
盾は敵からの攻撃を防いだ際に、少量ながら魔力を回復する効果があり、剣槍は戦技を強化する効果がある。
直剣と槍の使い分けができるため、状況対応力は高いものの、元となった武器よりもさらに扱いが難しくなっている。
元の試作型剣槍に比べると、直剣時は長めのリーチを持ち、槍となる際は剣身が短くなり、少々大型程度の穂先へと変化するようになり、以前よりも扱いやすくする試みが為された。
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「じゃ、またよろしくな」
「おう、使い込んだら感想もよろしくな」
ブライアンさんといつも通りの気軽な挨拶を交わしてから、俺たちはギルドショップを出て、ギルドの厩舎に預けていたスノーホワイトに2人で騎乗し、王都から出発。
目的地に向けて、早駆けをしながら軽快に馬蹄の音を響かせていく。
「本当に早いな。悪路も平気で乗り越えてるし」
「うむ。軍馬としての調練を施した者もとてつもなく覚えがいいと言っていた。魔生物化した馬の中でもスノーは特に賢いんだろうな」
目的地へ向けてスノーホワイトで駆けているわけだが、馬上というのに恐ろしく揺れが少ない。
普通は、馬を走らせていなくても尻の皮が剥けたりするくらい揺れるものなのだが、騎乗者の身体に殆ど負担が無いのだ。
何なら普通の馬よりも早く駆けているというのに。
そんなスノーホワイトの活躍も相まって、王都を出て1時間くらいで目的地である沼地へと到着する事ができた。
「ありがとうな、スノー。好きに休憩していていいぞ」
目的地に着いた時点で、リシアはスノーを適当に放す。
普通は木などに繋いでおくものだが、どうやら放っておいても問題ないらしい。
「大丈夫なのか?」
「スノーはC級冒険者が手こずるような魔物でも、踏み潰すか蹴り飛ばすかするからな。よほど大群に襲われるか、危険な対象に襲われない限り問題無い。それに、危険だとわかれば勝手に逃げる。心配いらないさ」
主人であるリシアがそう言うのなら、問題は無いのか?
少しばかり心配だな、と思っていれば、当の本馬は、マイペースに道端の草を食んでいる。
まあ、繋いでいなければ逃げる事ができるのは間違い無いだろうし、それだけの知性もあるのなら、心配はいらないのかもな。
「それじゃ、調査に行くか。2人で手に負えそうにない相手なら、とっとと逃げるぞ」
「了解した」
無茶して命を落としては何の意味も無いので、あくまで調査。
安全管理を徹底だ。
そんな意思確認をしてから、俺たちは沼地を進んでいく。
所々に泥濘があるので、足を取られないように気を付けつつ、沼地の奥へと進んでいくが、全く魔物がいない。
「ここは王都近辺の間引き範囲に入ってないから、それなりに魔物がいるはずなんだが……」
「まるで生物の気配を感じないな」
「リシア、あれを見ろ」
すぐに武器を抜けるようにしつつ、沼地を進むうち、明らかな異変を発見し、俺たちはその異変の方へと近付いて行く。
そこには、死んだ魔物の遺体が転がっていた。
「これは……まだそれほど時間が経ってないな」
「さすがに死後硬直はしているようだが、腐り始めるほどじゃない程度の時間……1~2時間前といった所か」
湿気の多い沼地で、夏の気温ともなれば、死体の腐敗が始まるのも早いはずだが、まだそれがないという事は、それなりに直近の死体という事だ。
死体となっているのは大きな鰐の魔物で、何かに踏み潰されたように、頭部が大きく陥没している。
その一撃で即死だったのだろう。
それ以外に目立った外傷は見当たらない。
「この陥没痕……蹄じゃないか?」
魔物の死体を検分していると、リシアが何かに気付いて頭部の陥没を指差す。
その指先は、陥没痕の中心部を差しており、鱗でわかりにくいものの、確かによく目を凝らして見れば、U字の凹みが見える。
沼地で蹄を持つ魔生物……となればかなり候補は絞れるだろう。
「水棲馬……が一番可能性ありか?」
水場で蹄を持つ生物と言えば、真っ先に候補に挙がるのが水棲馬だ。
馬の身体に魚の下半身を持つ、キワモノ系だが、地上でも水中でも活動できるため、水棲馬のテリトリーに引きずり込まれると、まず勝ち目は無い。
キワモノ系の見た目ながら、意外にも性格は大人しく、水辺の町では人間に飼われる事もある。
確か、連合国の首都は水上都市で、水棲馬の牽くゴンドラで水路を移動するとか昔に勉強した覚えがあるな。
「そうだな。あとは移動してきた二角馬辺りだろうな。ヤツらはどこでも生きていけるし、気性も荒い」
リシアの挙げた二角馬は、頭部に大小2本の角があり、野生化でも魔物と喧嘩をするくらい気性が荒い馬で、手懐ける事ができれば優秀で勇敢な軍馬にもなり得る。
小規模な群れを形成し、世界各地を渡り歩くため、いかなる所にも二角馬は生息しているのだが、砂漠のような極地でも生息が確認できるほど環境適応力が高い。
また、大小2本の角を使って魔術を使う事もできるため、下手な魔物などよりよほど強く、B級冒険者でも手を焼くとか。
「魔生物化した二角馬なんて、相当に手強いだろうな。まあ、偵察だけなら何とでもなるだろ」
腰のルナスヴェートに手を触れ、無詠唱で探索の魔術を発動すると、もう少し進んだ先に、強い生命力の反応が感じられる。
おそらくは、これが問題の魔生物の反応だろう。
「多分、この先だ」
「武器は先に抜かない方がいいだろう。下手に刺激しない方が穏便に済む可能性がある」
「だな」
相手が身構えていたら、それを見るだけで自分も身構えてしまうはず。
気性が粗かろうが何だろうが、知性ある存在であれば、コミュニケーションをとる事だって不可能じゃない。
何も相手を倒す事だけが解決じゃないんだ。
「……これは」
ゆっくりと先に進んでいくと、沼地の中にある泉の中に、黒い馬のシルエットが見えた。
徐々に近付いていけば、そのシルエットが、立派な体躯を持つ黒馬であるのが明らかになったのだが、ただの馬ではない。
頭部には3本の角があり、筋骨隆々の馬体は、半端な魔物や人間など、いとも簡単に踏み潰すだろう。
角が1本なら一角馬という話もあったのだが、角が3本ある馬など見た事が無い。
一応、一角馬のような真っ直ぐに伸びる角の、上下を挟むように、湾曲した長さの異なる角がある。
まさか、一角馬と二角馬のハーフ?
三本角の馬は、こちらに気付いたのか、泉から上がりながらこちらをジッと見つめている。
角がバチバチと雷を帯びているので、少なくとも向こうは臨戦態勢だ。
はて、これは穏便に済むかどうか……。
3本角の馬は一体どういう存在なのか。
次回に続きます。




