ワケあり8人目⑥
オルフェとデートその2です。
「このお肉、すごく柔らかいです!」
子羊のソテーを口に運んだオルフェさんが、目を輝かせて子供のようにはしゃぐ。
普段、屋敷の食堂で出してる食事は、平民のそれよりは上等なものだが、それでも贅沢な料理はしていない。
食材なんかは新鮮な物を使うよう徹底させているが、それでも普通の貴族家に比べれば質素な方だと思う。
何が言いたいのかといえば、オルフェさんに馴染みのない、お高い食材や調理法に触れた彼女は、テンションが爆上がりして精神年齢が子供レベルになってしまったのだ。
それでも、シャルやエスメラルダの教育の甲斐あって、カトラリーの使い方もしっかりしているし、食べ方も貴族子女と遜色無いくらいに洗練されている。
ただ、新しい料理を食べた時の反応が子供になってしまっているだけなのだが、普段は大人らしい立ち位置にいる彼女を見慣れているからか、その姿がすごく新鮮に映った。
「ご馳走様でした。あんな美味しい料理を食べたの、生まれて初めてです!」
「喜んで貰えて良かったよ。けど、まだまだ終わりじゃないぞ」
テンションが上がって気分が振り切ったのか、オルフェさんが食事を始める前の陰鬱さはどこへやら。
すっかり明るくなって、ルンルン気分で俺についてくる。
落差が激しすぎんか、と思わなくもないけど、恐らく、これまでずっと不安を抱えていたのだろう。
元貧民街出身で、後ろ盾は無し。
成り行きで違法な奴隷魔術をかけられ、解除には凄まじい金銭と労力がいる。
ましてや、元が孤児なので、基本的にすぐに他人を信用できない。
そんな状態で、貴族家に囲われるとなれば、ただ使い捨てられるだけの存在なのではないか、と疑うのも無理からぬ事だろう。
幸い、彼女は教会の神父に拾われた事で、貧民街の孤児の中でもかなりマトモな生活をしていたようだが。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
食事の後にはデザートと相場が決まっているので、俺はオルフェさんを連れてカフェに入る。
ここもそれなりにお高いお店だが、今の彼女には平民が少し贅沢をするくらいのグレードがちょうどいいだろう。
最初は、貴族家御用達の店に連れて行こうと考えていたのだが、彼女の性格上、変に格式高い店は緊張してしまうだろうと思い直したわけだ。
オルフェさんと一緒に奥まったテーブルの席に座ると、店員さんが水の入ったグラスを2つ、テーブルに置く。
「お決まりのご注文があれば伺います」
「ケーキ盛り合わせ1つ。俺は紅茶で。オルフェさんは飲み物どうする?」
「でしたら、私も紅茶で……」
「かしこまりました」
即座に注文を済ませると、店員さんはそそくさと厨房の方に消えて行った。
昼前にも少し早いくらいなので、店内の客はまばらだ。
数少ない客も、俺たちのように男女でデートを楽しんでいそうな客から、ただ1人でのんびりとケーキを味わう客まで様々である。
木目を生かした、落ち着きのある静かな店造りは、緩やかに時が流れていくようだったが、注文からそれほど待たずに、紅茶2つとケーキの盛り合わせが届く。
色とりどりのケーキは、大きさこそ小さめだが、その種類がとても多い。
どれを食べようか、迷うな。
「こんなにケーキがたくさん……あ、私は余ったもので結構ですので……」
「いや、オルフェさんには好きな物を先に選んでもらう。その後に俺が選んで、それを食べ終わったらまた選んでもらうぞ」
「そ、そんな……お食事の後にケーキを食べる事すら罪深いというのに、それを複数個なんて……そんな事をしたら、私は堕落してしまいます」
俺の提案を聞いて、オルフェさんが戦慄の表情を浮かべつつも、色とりどりのケーキたちに目線を奪われている。
うんうん、シャルから彼女が甘い物好きな事は聞いてたからね。
普段は禁欲的にしてても、いざこうして目の前に美味しそうなケーキがあったら、食べたくなっちゃうだろう。
ちなみに、普段は雑草の花の蜜を吸っているらしい。
シャルに聞いて驚いたが、元々が貧民町の孤児なのであれば、無理からぬ事だろうか。
「贅沢は、確かに罪深い。けど、たまにだからいいんだ。こうして、たまに自分のご褒美に、背徳的な食事をしたっていいんだよ。また次も楽しみがあれば、人間生きる活力が湧くからな。俺も久々にケーキを思う存分食べたくなったんだ。オルフェさんには無理矢理突き合わせる事になるから、先にケーキを選ぶ権利をあげよう」
ワザとあくどい笑みを浮かべながら、オルフェさんに先にケーキを選ぶよう囁く。
俺に付き合うという名目があれば、彼女の精神的な拒否感も薄まるだろう。
「そ、それでしたら、仕方がありませんね。私は、これをいただきます」
そんな俺の思惑が上手く嵌まったのか、オルフェさんは仕方ない、という雰囲気を出しながらも、一番シンプルなショートケーキを自分の皿へと持っていく。
なるほど、まずは王道から行くか。
じゃあ、俺はロールケーキにしようかな。
「はわぁ……甘くて、ふわふわで、美味しいです」
フォークで切り出したケーキを口に運ぶと、オルフェさんは恍惚とした表情でゆっくりとそれを咀嚼。
見ているこっちが嬉しくなるような反応を見ながら、俺もロールケーキを食す。
うん、スポンジがフワフワで、クリームは甘さ控えめでさっぱりと食べられるな。
これなら甘い物があまり好きでない人でも食べやすいんじゃなかろうか。
「合間に紅茶を挟んで、口の中をリセットしたら、また違う味わいがあるぞ」
新たな囁きを対面のオルフェさんに届けつつ、俺は紅茶を一口含んで口の中をリセットし、再びロールケーキをぱくり。
口の中に残った紅茶の香りとロールケーキが合わさって、新たな風味となって舌を楽しませてくれる。
俺の様子を見て、オルフェさんも真似するように紅茶を含んでから、再びケーキを一口。
「ふわぁ……紅茶の香りとケーキが合わさって、また違う味になりました」
再度、恍惚とした表情でケーキを咀嚼する彼女の様子を見て、順調に贅沢を覚えさせられているんじゃないかと内心でほくそ笑む。
まあ、俺も甘味を色々と食べたかった事は否定しないけど。
数種類のケーキをお互いに選びあいながら完食して、店を出たら次の目的地へと向かう。
「こ、これは……」
次の目的地は、出し物の屋台だ。
特に祭りというわけではないが、王都には結構食べ物以外の屋台がある。
今回の屋台は、店主の用意した鎧に、攻撃を一撃加えてどれくらい壊せるかを競うもの。
こういう出し物は駆け出し冒険者なんかに人気なのだが、何人かが挑戦したのか、既に鎧には多くの傷が刻まれていた。
「1回銀貨1枚だ。こっちの用意した武器でその鎧を壊せたら、景品をやろう。魔術や戦技は禁止だ」
俺たちを目ざとく見つけた店主が、出し物の内容を教えてくれるが、その内容を見て、俺はこの屋台の実態を知る。
あの鎧、傷こそ付いてはいるが、普通に壊すのは無理だな。
表面こそありふれた生産品のように見えるが、実は表面だけで、内側に黒重鋼が薄く貼られている。
貸し出している武器は、数打ちのありふれた鉄製のもので、どう頑張っても傷を入れるのが精いっぱいだ。
どうやら、たまにいるぼったくり系の屋台らしい。
「い、1回で銀貨1枚ですか……」
挑戦料の金額に戦慄しているオルフェさんを後目に、俺は店主に銀貨を渡して貸し出しの剣を手に取る。
うん、やっぱり数打ちのしょっぱい剣だ。
何なら、だいぶ鈍らだな。
めっちゃ刃毀れしてるし、剣そのものにも傷が多い。
下手したら折りそうだ。
「兄ちゃん、いい所を見せられるといいなあ」
俺を完全にカモだと認識しているのか、店主は揶揄うような事を言ったが、それを無視して剣を引き、突きの構えを取る。
刃はイマイチだが、切っ先はまだ鋭利なままだ。
ならば、点の一撃を加えた方が可能性はあるな。
「ふっ!」
呼吸を整え、一気に剣を突き出す。
鈍らの剣は、真っ直ぐに鎧の胴部分に突き込まれたが、貫通する事は叶わず、5センチくらいの陥没を作るに留まった。
右手に残る痺れを感じながら、俺は剣を元あった場所に返す。
「やるなあ兄ちゃん。今までで一番の傷だ。惜しかったな」
「じゃ、これでもう1回。やるのはあっちの彼女だ」
おおよその感触を確かめた上で、俺は店主に銀貨をもう一枚。
一度試してみて理解した。
オルフェさんのレベルなら、あの鎧を突き抜けられるだろう。
俺も本気を出せばやれん事もないが、ここはせっかくだから彼女の自信を付けさせるのに利用させてもらおう。
「え、私ですか!?」
「いいから。本気でやっていいし、別に失敗しても何もないから」
まさか自分がやらされるとは思っていなかった様子のオルフェさんの背中を押して、挑戦するように促せば、彼女は渋々ながら貸し出し武器の中から槍を手に取る。
彼女が普段使いしている斧槍は無かったので、近い得物を選んだのだろう。
的となる鎧の前で、槍を構えたオルフェさんが、両目を閉じて集中状態に入っていく。
教国の件の時から思ってたけど、やると決めた時の集中力や意欲は、彼女の長所だ。
今回は、どういった心境で集中しているのかは不明だが、意外とやる気になってくれているのは間違いないな。
「……せぇっ!!」
掛け声と共に、突き出された槍が轟音と共に鎧を貫通し、鎧を取り付けていた木台をも粉砕する。
槍を突き出して伸びきった右腕を彼女が戻すと、店主が勢い良くこちらへと駆け出す。
「イカサマしやがったな! その鎧を鈍らの武器でやれるわけが……」
「黒重鋼を仕込んでたからだよな」
騒ぎ立てようとした店主の先を取るように、俺はイカサマの内容をぶっちゃける。
すると、周囲でこちらのトライを見ていた冒険者っぽい人たちの注目が一気に店主に向いた。
もしかすると、既に挑戦した人たちなのかもしれない。
「絶対に取れない景品……それを餌に小金を巻き上げるのがあんたの目的だろ。出る所に出ればすぐにわかるぞ」
抗っても勝ち目は無いぞ、と店主に伝えてやれば、周囲の冒険者の方々が殺気を漲らせて店主を取り囲む。
「そいつは聞き捨てならねえなあ」
「まさか俺たちを騙してなんてなあ?」
「ちょっとお話しようかあ?」
恐らく、チンピラに近いくらいのしょっぱい冒険者たちだが、荒事には慣れている。
そんな連中に取り囲まれた店主は、顔を青くしてこちらに助けを求めるような視線を向けてきたが、自業自得だと俺は肩を竦めた。
「わわわわかった! 金は返す! だから許してくれえ!」
「それで済んだら法律はいらねえんだよ!」
「衛兵に突き出してやるぁ!」
「逃げられると思うな!」
お怒りの冒険者たちに取り囲まれた店主は、間違い無く衛兵に突き出され、その罪を償う事になるだろう。
まあ、初犯なら数か月の労役くらいで済むだろう。
そうでなかったら……は知らん。
「薄くとはいえ、黒重鋼を使った鎧を鈍らで貫けたのは、オルフェさんの普段の鍛錬あってこそだ。もっと、自分はすごいんだ、って自信持っていこう」
冒険者たちにボコられている店主は放っておいて、支払った銀貨2枚をしれっと回収してから、俺はオルフェさんを連れてその場を後にした。
その後、店主がどうなるかは、俺の預かり知る所ではない。
「……当主様、ありがとうございました」
これからオルフェさんに何の贅沢をさせようか、と考えながら商業区を歩いていたら、背後からお礼の言葉が飛んできて、俺は思わず足を止める。
「少しだけ、自分に自信を持ってみようと思います。まだ、皆さんには届かないですが……当主様は嘘を吐く方ではないですし、私が自分で思っている以上に、私は認められていたんだって、実感しましたから」
振り返ると、オルフェさんはちょっとだけ困ったような笑みを浮かべながら、そう言った。
そんな表情が、遠慮しいな彼女らしくて、それでも少し自信を持ってみよう、と言ってくれた事が嬉しくて、俺も思わず笑みを零す。
「おう、大いに実感して、自信を持ってくれ。さ、まだ背徳の贅沢三昧は終わってないぞ」
それからも、夕暮れ時になるまでオルフェさんと一緒に、様々な贅沢をして回った。
最初こそ緊張していた彼女だったが、後半はすっかり楽しんでくれていたように見えたし、これで後ろ向きな考え方が少しでも良くなるといいな。
自己肯定感の低い人に、それを上げさせるのって難しいですよね。
成功体験を積む事が一番の近道、とはよく言いますが。
作者もどちらかと言えば、自己肯定感が低めな方ですが、何だかんだと成功体験を積む事で昔に比べて改善したと思います。
皆さんも、やりすぎも良くないですが、自己肯定感、大事にして下さいね。




