ワケあり8人目⑤
また新しい感想を頂きました。
ちょっと厳しい事も書かれていましたが、身につまされる部分もありましたので、大変参考になりました。
新たな知見になる感想はありがたいですね。
今回はオルフェさんとのデート回です。
「ええと、その、よろしくお願いしましゅ」
ジェーンとのデートから翌日。
今日はオルフェさんとのデート日だ。
例によって門で待ち合わせをしていたけど、俺よりも先に待っていた彼女は、俺の姿を見かけるなり、緊張の面持ちで深々とお辞儀をしたのだが、絶妙に噛んだ。
彼女もそれに気付いたのだろう。
お辞儀をして頭を下げた状態のまま、ピタリと固まってしまった。
うーん、相変わらず緊張しいというか。
「じゃあ、行こうか」
とりあえず、噛んだのは聞かなかった事にするのが優しさのような気がしたので、俺は特に何もツッコまずに普通にしてみたが、頭を上げたオルフェさんは真っ赤な顔で涙目だった。
うーん、俺って貴族家の当主としては威厳の欠片も無いと思ってるんだけど、そんなに緊張する要素があっただろうか。
「うう……せっかくハイトさ、ゴホン、当主様とお出掛けなのに……」
俺の事を当主様と言い直したり、先ほどの噛みと合わせて自分のミスに自己嫌悪している様子で、出掛ける前からオルフェさんはどんよりとした雰囲気を纏ってしまう。
うーん、前々から思ってたけど、責任感が強すぎるというか、自分に厳しすぎるというか。
変に貧民街出身なのを引け目に考えすぎるきらいがあるな。
「別に公式の場じゃなきゃ、話しやすいようにしてくれていいぞ? カナエやジェーンなんていい例だ」
「そ、そういうわけにはいかないですよ」
「だったら、公式じゃない場は練習だと思えばいい。練習だったら、必要以上に失敗を恐れる必要は無いし、失敗したのなら、次に生かせばいい」
考え方を変えればいいのではないか、と提案してみた所、何か思う所があったのか、オルフェさんの雰囲気が少しだけ普通に戻った。
うーん、難儀な性格だな。
まあ、元々がクソほど真面目なのだろう。
どうやら、貧民街出身の割には盗みなんかの軽犯罪もしてなかったみたいだし。
「とりあえず、このまま門にいるのも勿体ないし、行こうか」
「はい。すみませんでした」
とりあえずは落ち込んだ気持ちも持ち直してくれたようなので、改めてオルフェさんと一緒に外に出る。
今日のオルフェさんはゆったりとしたパンツスタイルの服装だ。
リベルヤ家の主要メンバーの中では、一番年上であるからか、服装の好みも大人っぽいというか、お姉さんっぽいというか。
シンプルながらも彼女らしい服装と言えるだろう。
「それじゃ、まずは朝食に行こうか」
今日は俺がオルフェさんをエスコートする係であるため、先頭に立って歩く。
その少し後ろから、オルフェさんがついてくる。
貴族街を経由して、商業区に入ってから、1件のレストランに入っていく。
「と、当主様、先ほどのメニュー表、お値段の桁が1つ多かったような……」
店の外に出されていた看板に、目玉として書かれていたメニューの値段を見たのか、オルフェさんが青い顔をして、俺の袖を引く。
と言っても、貴族が来るような格式のある店ではなく、平民がお祝い事などで贅沢をするくらいのグレードの店だ。
日本円で言うと、大体一人当たりの予算が5000円を少し超えるくらいの。
なお、貴族向けのレストランでは平気で万を超えるので、全然良心的なお値段である。
「オルフェさんは少し贅沢を覚えた方がいい。一応は貴族家の一員なんだから」
そう、彼女は給金の殆どを孤児院や孤児のために使ってしまうので、自分の手元に残るのは、装備のメンテナンスなど、最低限必要になる分だけだ。
屋敷では3食の食事がついているから、食費はいらないしね。
屋敷の食事が無い時や、屋敷で食事ができない時は、何も食べていないか、一番安くて硬い黒パン1個だけで済ましている。
それでも、屋敷でバランスの取れた食事をするようになったからか、出会った当初の頬がこけていた時よりは、健康的な肉付きになったと思う。
「いらっしゃいませ。こちらのお席へどうぞ」
オルフェさんが何かを言おうとしていたが、ちょうど店員がやってきて、俺たちを座席へ案内し、ご注文が決まったらお呼び下さい、と一言を残して去っていく。
「……当主様、私にはこんな場所でのお食事なんて、勿体ないです」
やっぱり、言うと思った。
店員に案内される前にも、これを言おうとしたんだな。
自分の能力を高める事には真摯なのに、何でこういう方面は卑屈なのか。
「オルフェさん、いいか? 君は今や、伯爵家の家臣の1人だ。つまりは、それ相応の格というものが求められる。君が硬い黒パン1個で食事を済ませるのは、君がそれで良くても、俺が君に対して正当な給金を出していないと見られる。そうなれば、俺のイメージは家臣や使用人にロクに給金を出さないダメな貴族、になってしまう。常に贅沢をしろって言うわけじゃない。せめて普通の暮らしをしてくれ」
基本的には真面目で、自ら学ぶ姿勢もある。
孤児たちを慈しむ優しい心をもっているし、真摯に人助けをしようとする。
けど、あまりにも自分に無頓着すぎる。
「……すみません。やっぱり貧民街出身の私なんかには、荷が重いお仕事でしたね」
常々思っていた事を指摘してみれば、しょんぼりと肩を落とし、今にも辞表を出しそうになってしまう。
ああもう、そういうんじゃないんだってば!
「前にも言ったけど、オルフェさんには今払っている給金に見合うだけの能力と価値があると俺は思ってる。それは間違い無いし、そこに生まれも身分も関係無い。むしろ、俺が何だかんだで負傷したりする分、リベルヤ家にとって欠かせない人材だ。もう少しだけ……いや、もっと自分に自信を持っていい」
実際、医療を学びたいと言って、王城の医務官に従事するようになった時も、知識が無いだけで祈術の腕前そのものは王城で最高の医務官長に匹敵するか、それよりも上と言われてるくらいだ。
王城の医務官側のメンツもあって、本人にそれを伝えてはいないけど、彼女の祈術の実力と才能は、稀有といっていいレベルなのである。
「……本当に、私はリベルヤ家にいてもいいのですか?」
頑張ってオルフェさんを説得してみようと頑張った結果、彼女は今にも捨てられそうな子猫のように潤んだ目で、縋るように聞いてきた。
マジで、どんだけ自分に自信が無いんだ。
いやまあ、うちの家臣団は化け物揃いだから、そこで自信持てって方が難しいのかもしれないけどさ。
「ああ。むしろいてくれ。もちろん、他にいい稼ぎ場所ができたとか、俺の事が嫌になってやってられないとかなら、俺は止められないけどな」
「そ、そんな事あるわけないじゃないですか! 違法奴隷に堕とされかけた私を救ってくれたばかりか、孤児院も纏めて面倒見てくれた当主様が嫌だなんて!」
嫌で辞めたいなら止められない、と話してみたら、若干食い気味にしつつ、勢い良く立ち上がり、オルフェさんが大声で否定の声を上げる。
あんまり大声上げるもんだから、店中から注目の視線を浴びる事になったのだが。
「ゴホン、ご注文はお決まりですかな?」
当然、何事かとこちらにやって来た店員からは、冷たい目で見られたが。
むしろ、青筋すら浮かんでいたと思う。
「あ、申し訳ありません……お騒がせしました」
当然、店中の注目を一身に浴びたオルフェさんは、顔を真っ赤にして座席に腰を下ろす。
とりあえず、店側にも迷惑をかけてしまったし、ここはしっかりと売り上げにならないとな。
「一番いいのを2人分頼みます。あ、アルコールは無しで。余った分は迷惑料という事で」
店員に金貨5枚を手渡し、釣りはいらんと遠回しに伝えれば、先ほどの冷ややかな視線はどこへやら。
最上級の営業スマイルで、かしこまりました、と注文を通しに去っていく。
うーん、現金だなあ。
とはいえ、商売人なんてそんなものか。
「……大丈夫か?」
店員さんが去ってから、オルフェさんの様子を伺ってみれば、顔を真っ赤にしてプルプルしていた。
多分、穴があったら入りたい、という気分なのだろう。
「……少しだけ放っておいて下さい」
絞り出すように答えた彼女は、ついには両手で顔を覆ってしまい、それから彼女が立ち直るまで、たっぷり10分はかかったのだった。
オルフェさんのデート回も、次回に続くんじゃよ。
ちょっと普段の出番が少なめだから、多少はね?




