ワケあり1人目①
「んー……何だかんだ、C級でもやれてるなあ」
認定試験からおよそ1ヶ月。
あれからソロではあるものの、C級冒険者として色々な依頼をこなしていた。
時折一人だと厳しいかと思う時もあるが、手札を多く持つタイプなのが幸いして、どうにかできている。
とはいえ、このまま上位冒険者を目指すなら、そろそろパーティーとはいわずとも、荷物を持つ人とかを雇ったりしてもいいかもしれない。
今は支度から何から、全部自分一人で済ませているのだ。
色々と雑念に塗れながらも、今日の依頼の達成報告をして、報酬を受け取りつつギルドを後にする。
「結構貯蓄もできたし、人を増やすなら今かな」
昼下がりの、夕方に差しかかる辺り――具体的に言うと15時頃なのだが、少し調べたり見て回ったりしてもいいだろう、と思い、王都商店街の方に足を向けた。
C級に昇格したのもあって、収入事情はかなり良く、貯蓄が金貨500枚を越えたのだ。
宿は変わらず、燕の休息地であるが、俺の性に合っている場所だからか、こまめに更新しつつ連泊でずっと利用している。
そもそも日の稼ぎが一日分の宿代を越えているし、最初に必要な物をしっかり揃えたので、追加で何かを揃える出費も無い。
必然、使い先の無いお金は溜まっていくわけで……気付けば金貨500枚を越える貯蓄ができあがっていた。
「……毎回人を雇うとなると、あまりコスパが良くないな」
あちこちの人材紹介の店を回りつつ、諸々の経費を調べていくと、およそ何かしらの雑用に人を雇うのに、平均して一回で銀貨5枚前後。
下手な宿代くらいかかる事を考えると、あまりいい方法とはいえないか。
そもそも、非戦闘員だった場合は俺が護りながらでないといけないし、結局の所は一人の方がいいまである。
そうなってくると、忌避感が強いが、奴隷を購入する、という選択肢が有力だ。
日本人の記憶があるからか、奴隷という存在にあまり関わろうと思っていなかったのだが、ピンキリとはいえ、奴隷ならば基本的にこちらの指示に従ってくれるし、裏切られる心配がない。
場合によっては自衛くらいはできるような雑用係もいるかもしれないし、いい人材がいれば教育していってもいいだろう。
値段も中身もピンキリではあるだろうが、その点で俺は鑑定ができるから、コスパ良くいい奴隷を探せるはずだ。
「とりあえず、今日は見るだけにするか」
商業区をぶらつく中で、たまたま近くで見つけた奴隷商店に入る。
あまり規模は大きくなく、ほとんど個人経営しているような場所だろう。
店内もあまり清潔とはいえず、入る店を間違えただろうか、と思った所で、奥から店主であろう背の低い男がやってきた。
痩せぎすで、どこか無気力にも見える顔だ。
「いらっしゃい。こんな場末の奴隷商にようこそ。恐らく、お兄さんが探すようないい人材はいないけど、見て行くかい?」
「一応、お願いします」
せっかく応対してくれてるので、とりあえずはどんな人がいるかを見せてもらう事にした。
そもそも、俺はまだ成人していない子供なので、見た目で追い返される可能性もあったのだが、その辺りは一応客として扱って貰えているのはありがたい。
「それでは、こちらへ。生憎と、商談をする部屋なんてものはありませんのでね」
店主の先導に従い、店の奥へと入っていく。
奥に進むにつれ、嫌な匂いが鼻についた。
これ、絶対衛生状況ダメなヤツだろ……。
思いっきり顔をしかめたくなったが、一応は商談なので我慢しておく。
仮に掘り出しの奴隷がいて、俺の態度が原因で商談が流れるのは勿体なさすぎる。
ギィ、と頑丈そうな鉄扉を開き、俺に入るよう促す店主に、俺は意を決して中に入った。
「……匂いの原因はコレか」
思わず、言葉を口に出してしまう。
しまった、と思ったものの、もう後の祭りである。
「言ったでしょう、場末の奴隷商店だと。一応は販売する形を取っていますが、ここは売れ残った奴隷が、死ぬまで過ごす牢獄みたいなものですよ」
俺の言葉を意に介した風でもなく、店主はただ事実だけを述べるように語った。
視界には、鉄格子の中にいる奴隷たちが、今にも死にそうなくらい衰弱している様子しか映らない。
元気な者は一人もおらず、客である俺が来ても誰も反応すらしないほど、誰もが現状に絶望し、ただ死を待つだけといった様相だ。
試しに手近な奴隷に鑑定をかけてみれば、健康状態が完全に死を待つのみとなっている。
魔術などを以ってしても、もはや助からない。
そんな奴隷ばかりだった。
見る価値も無いか。
そう思って踵を返そうとした瞬間、微かにだが、まだ生気のある声がしたような気がした。
「中を見せてもらっても?」
「物好きですね。構いませんよ。気になった奴隷がいれば値段など交渉しましょうか」
そう言って、店主は鉄格子の入り口を開け、俺が中に入った時点で一度閉める。
まずないだろうが、念のための脱走防止、という事だろう。
間近で鼻をつく死臭に、もはや隠す事なく顔をしかめつつ、俺は片っ端から奴隷たちを鑑定して回っていく。
「どこだ……気のせいだったか……ん?」
奥に進んでも、微かに聞こえた気がした生気のある声の主は見つからない。
まだ全員を鑑定していないが、空耳だっただろうか、と諦めかけた所で、一番奥に明らかに一人だけ身なりの違う奴隷がいるのを見つけた。
大抵は骨と皮だけのようになって、死を待つだけの奴隷ばかりだというのに、一人だけまだ見た目だけなら健康そうだ。
長い金髪は、若干輝きを失いかけているが、健康な状態であればサラサラの金糸のような髪である事だろう。
うつ伏せに倒れており、髪が床に広がっているせいで、若干ホラー映画に出てきそうな何かに見えるが、呼吸の動きが見て取れる。
ただ、かなり弱いので、だいぶ衰弱しているだろう。
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シャルロット・シヴィリアン
14歳
種族:人間
身長:164センチ
体重:54キロ
状態:衰弱(ウィクネ毒)
生命力:10
精神力:15
持久力:10
体力:8
筋力:6
技術:6
信念:12
魔力:12
神秘:2
運:2
特殊技能
・瞬間記憶
・並列思考
・帳簿計算
・指揮
・経験予測
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「毒……? しかも、シヴィリアン公爵家の令嬢がどうしてこんな所に……? いや、それどころじゃない」
俺とまだ同い年の少女だ。
シヴィリアン公爵家の令嬢、という事はもしかしたら面識があるかもしれない、と記憶を掘り返してみるも、そもそも貴族家を出るつもりでいたから、そもそも記憶しようとしていない。
ただ、まだ助けられるのは確かなので、俺は迷わず彼女を仰向けに転がし、お姫様抱っこで抱え上げる。
そのまま鉄格子の入り口に戻れば、店主が開けてくれたので、少女を抱えたまま外に出た。
「なるほど、この奴隷ならまだ見た目は綺麗ですね。お買い上げで?」
「いくらだ?」
1分1秒を争う、というほどではないが、彼女の呼吸は非常にか細い。
間違いなく、数日中には衰弱死してしまうだろう。
とにかく余計な時間が惜しい、と思ったので、口調も少し乱暴になってしまったが、店主は気にした風でもなかった。
「銀貨5枚という所ですね。ご要望とあらば、交渉にも応じますが」
「これでいい。釣りはいらない」
どうにか少女を片手と片足で支え、空けた方の手で取り出した金貨を店主の方に放る。
店主が金貨を受け取ったのを確認しつつ、少女を抱え直す。
「羽振りがいいですね。こちらが貰うばかりも悪いので、少しサービスしましょうか」
そう言って、店主はこちらに歩み寄ってくると、懐から取り出した鍵で少女の首についている首輪を外し、骨張った指で彼女の首の喉あたりをなぞった。
少女が苦しそうに身じろぎをすると、首の店主がなぞった辺りに、紫色の小さな紋様が浮かび上がり、それが肌に同化するように消えていく。
「その首元にお兄さんの血を一滴垂らしていただければ、奴隷契約完了です。首輪を外して契約をかけ直したのは、余剰分のサービスですよ」
両手が塞がっていたため、唇を強めに噛んで血を出し、少女の首元に口づけをするようにして血を付着させる。
すると、再び紋様が浮かび上がり、それが赤い光を放ったかと思えば、再び肌の色に同化するように消えていった。
「お買い上げ、ありがとうございます」
必要な手続きは済んだ、と把握し、俺は少女を抱えたまま宿へと走る。
早く彼女に必要な処置をしなくては……。
逸る心を抑えつつ、俺は彼女を部屋へと連れ込んだのだった。