ワケあり8人目②
今回はカナエとのデート回です。
「……うん、どこにも異常はありませんね」
「本当か?」
「はい。どこからどう見ても、健康体です」
シャルとデートに出掛けた翌日。
早朝から王城の方に行こうとしたオルフェさんに無理を言って、俺は昨日感じた違和感について診察をしてもらっていた。
触診や祈術を使った診察など、多方面からの確認を経て、俺は全く異常無し、と診断されていたのだが……。
昨日のあれは、一瞬だけとはいえど、間違い無く何かがあると感じた違和感だった。
けれど、あらゆる手段を尽くしても異常は見られないという。
もしかすると、健康的な異常ではなくて、魔術的な異常なのかもしれないな。
仮に魔術とかそういう方面の異常だった場合、そもそも調べ方が違う可能性もある。
少しアプローチを変える必要があるかもな。
「わかった。とりあえずは納得しておくよ。けど、今日王城に行ったら、これをモーリア老に渡してくれ。もしかしたら、魔術的な方面の何かがあるかもしれない」
「なるほど、確かにそういった方面でしたら私の専門ではないですし、可能性としては考え得るものですね」
念のため、王城に行くオルフェさんに、宮廷魔術師であるモーリア老に手紙を渡すよう依頼すれば、二つ返事で引き受けてくれたので、彼女を見送ってから正門でそのまま待っていると、少し経ってから私服に身を包んだカナエがやって来た。
今日のデートはカナエの番、というわけだ。
「待った?」
先に待っていた俺の姿を見て、カナエは相変わらずの無表情で小首を傾げる。
以前に一度だけ、港町シトランでの一件で見た、あの笑顔が嘘じゃないかと思うくらい、相変わらず表情筋が仕事をしていない。
まあ、今に始まった事ではないし、実は良く見ていると目の端とか口の端の僅かな部分に変化が出るので、表情が無いわけじゃないのだ。
声にあまり抑揚が無いのも原因だとは思うが、慣れればちゃんと感情の起伏があるのもわかるし、裏表の無い彼女の態度そのものは、俺にとっては好ましい。
「そんなには待ってない」
「そう」
あまりにも短いやり取りだが、カナエの短い言葉には、色々な感情や思いが含まれている。
そんな口下手にも程がある彼女との会話は、だいぶ慣れたとはいえ、まだ少しばかり読み取りに時間がかかる場合もあったりするのだが。
今回に限っては、ジーっと俺を見ているカナエの求めている事を何となく読み取れた。
「ちゃんとおめかしした姿を見るのは初めてだが、カナエらしくていいと思うぞ」
お人形のような容姿に似合う、白いシャツに赤いフレアスカートのシンプルな組み合わせは、ジッとしていれば本当に等身大の人形のように見えてしまう。
ただ、圧倒的な胸部装甲のおかげで、シャツは相当にはち切れそうなくらい布地を押し上げられている。
下手に伸びとかしたら、普通に破れるんじゃないかというくらいにはすごい。
間違い無く、ブラウスとかのボタンがある服なら、ボタンが耐え切れずに弾け飛ぶ事請け合いだ。
あとは、膝上丈のフレアスカートから覗く肉感的な白い太ももがとても眩しいな。
さすが、装備を買う時にサイズが存在しなかった圧倒的胸部装甲と下半身である。
遠慮無く言うのであれば、とてもムチムチな肉体なのだ。
なんというか、太ってはいないし、ぽっちゃりという領域にはギリギリ届かないくらいの、絶妙な肉感というか。
とはいえ、彼女の身体の肉付きの良さは、鍛え上げられた肉体に裏打ちされた部分もあるんだよな。
あの暴力的なフィジカルを支える強靭でしなやかな筋肉の上に、女性らしい柔らかさが乗っかっている感じ。
ボディビルダーみたいなバキバキの筋肉体型じゃないのは、ある意味で奇跡的だ。
「……ありがと」
簡単ではあれど、服装を褒められたのが嬉しかったのか、カナエはほんの少しだけ声のトーンが高くなり、目尻の端っこと口の端っこが緩む。
これ、ほんとに見慣れてない人からしたら、マジで表情変わったように見えないだろうな。
「行こ」
服装のお披露目という目的を達したからか、カナエは俺の手を取って商業区に向けて歩き出す。
まあ、カナエの事だから、屋台で食い倒れの旅になるのだろうな、と思いつつ、彼女の誘導に従って歩く。
それから、想像通りに屋台の集まる区画に直行すると、カナエの屋台制覇巡業が始まった。
とはいえ、カナエに好き放題させると、屋台の1日分の食材を食い尽くしてもまだ止まらない可能性すらあるので、ある程度の量を食べさせたら別の屋台に行くよう促し、屋台の皆さんの営業に支障が出ない程度に調整しておいた。
いかに全部売れれば大きく黒字とはいえ、新規顧客の開拓をする機会を奪ってしまうのは、ある意味では営業妨害になってしまうし。
「ハイト、行きたい所がある」
ひとまず目につく屋台を全部制覇し、1屋台辺りの食事量に周囲の人たちが引いていたが、俺は楽しそうに屋台メシを食い続けるカナエを、ゆっくりと眺めていた。
気になるものがあれば、俺も少しだけ分けてもらいつつ、最後の屋台の串焼きを平らげてから、カナエは唐突に行きたい所があると言い出す。
とはいえ、わざわざ断る必要なんて無いのにな。
「今日はどこでもついて行くぞ。さすがにカナエに付き合って食い続けるのは無理だから、食べる以外の所もあると嬉しいが」
「大丈夫。来て」
とりあえずは人心地ついたのか、カナエは俺の手を取って、ずんずんと迷いなく進んでいく。
一体どこに向かうのだろう、と周囲の街並みを見ていたら、途中から俺の知識にある道を辿っている事に気付く。
高台にある、石造りの時計塔だ。
魔術や魔道具による技術の粋を結集して造られた、石造りの時計塔は王都の有名な観光スポットであり、カップルの溜まり場としてあまりにも有名。
俺もシャルに告白する時に、ここを場所の候補に入れておいたくらいだ。
とはいえ、シャルの恐ろしいまでの頭脳を考えると、ここに来た時点ですぐにバレそうという一点でボツになったのだが。
「いい景色」
「ああ、これは凄いな」
特に何も話す事無く、ずんずんと時計塔の階段を登り、屋上の展望階へと出れば、そこからは王都を一望でき、心地よい風の吹き抜ける景観が俺たちを待っていた。
展望階には、俺たち以外にも老若男女問わず、多くのカップルたちがイチャついているが、ある意味では他者に関わらないのが暗黙の了解なのだろう。
たまたま一席だけ空いていたベンチに腰掛け、隣のカナエを見てみれば、いつもよりも明らかな表情の変化が見受けられ、俺は驚いて目を見開く。
「どうかした?」
「いや、カナエは可愛いと思ってな」
俺の目線に気付いたカナエが、いつもの無表情に戻ってしまい、少しばかり残念に思いつつも、そんな彼女の頭を撫でる。
フワフワで柔らかい髪の感触が、長毛種の猫を撫でているような感覚だ。
カナエは何も言わずにされるがままになりつつも、俺の肩に頭を預け、もっと撫でろと無言で主張。
何となくだけど、猫っぽいよなカナエは。
マイペースだし。
「……ハイトは、シャルとセファリシアと結婚する」
黙ってしばらく頭を撫でられているかと思えば、カナエが唐突に声を発したので、俺は驚いて撫でる手を止めてしまう。
すると、止めるなとばかりに頭をぐりぐりと押し付けてきたので、撫でを再開させつつも、カナエの言葉の続きを待つ。
「私は、ハイトの事が好き。色々な好きがあるけど、全部好き」
飾らない、ストレートなカナエの告白に、俺は嬉しさが沸き上がるが、同時に困惑を覚えてしまう。
特に好かれるような事をした覚え、無いんだけどな。
奴隷として彼女を買って、装備を整えたり、好きに食べさせたりはしてるけど、戦闘絡みでは危険な位置に彼女を置く事が多い。
実際、シトランの件では死なせかけたし、最近は無理矢理礼儀とか頭脳面の教育を詰め込んでるし。
「でも、私には立場が無い。貴族じゃない。だから、ハイトの子供だけは欲しい。それだけは、許してほしい」
一緒にいられるのなら、妾でもいい。
そんな彼女のいじらしさすら感じる告白に、俺はどう答えたものかと考えてしまう。
とはいえ、こうしてしっかりと思いをぶつけてくれているのだ。
どう返事をするにしろ、応えないのは男じゃない。
「……カナエの気持ちは嬉しい。けど、俺の事をあまり見縊るな。俺を好きだと言ってくれるなら、俺はカナエを妾なんて立場にはしない。ちゃんと、側妻として迎え入れる。貴族じゃなけりゃ貴族と結婚できないなんて、そんな因習はクソ喰らえだ」
まあ、正妻の立場はシャルから動かないけど、それはあくまで形式的なものだ。
俺としては、相手が俺を好いてくれるのであれば平等に愛するだけ。
多分、シャルもそんな俺の性格は理解しているはずだし、そうするように言うだろう。
「ハイト!」
ほんの一瞬の間の出来事だった。
カナエが俺の名を呼び、唇に柔らかい感触を感じた瞬間に、俺はベンチに押し倒され、柔らかい感触の暴力で全身を包まれるような状態に。
少し遅れて、カナエにキスをされながら押し倒されたんだな、と自分の状況を理解すると共に、俺から色々なものを吸い取らんばかりに、数分間の濃厚なキスを交わしたカナエは、無表情ながらも上気した顔で一度唇を離す。
つう、と唾液の糸が引かれ、それが重力に引かれて途切れる。
上気した顔で俺を見下ろしながら、馬乗りになっているカナエは、完全に捕食者の顔をしていた。
「カナエ、ストップ。ここから先はシャルもまだだ。それに、俺もまだ成人してない」
意識して、少しだけ強く圧をかけながら呼び掛けてみれば、カナエの目に理性の光が戻る。
「おあずけするようで悪いが、俺とシャルが成人して、正式に婚儀を上げるまではダメだ。これは平等にするためにも譲れない」
今も俺の胸板で押し潰されている、圧倒的存在感の胸部装甲とか、全身に伝わる女性らしい柔らかさ。
相手がOKなのだから、据え膳を食ってしまえと俺の中の狼が囁くが、皆を平等に愛すると誓う以上は、ここで例外は作れない。
鋼以上の意志を総動員して、理性を維持。
「……わかった。待ってる」
そんな俺の真摯なお願いを受け入れてくれ、カナエは名残惜しそうな雰囲気を醸し出しつつも、俺から身体を離してくれた。
ふう、聞き分けが良くて助かったぜ。
あともう一押しされてたら、俺の理性は崩れていたかもしれない。
俺がおっぱい星人でなければ、もう少し理性が効いたかもしれないし、そもそも押し倒されなかったかもしれないな。
一瞬の油断だったとはいえ、カナエの身体能力の恐ろしさを、俺は改めて理解させられてしまったよ。
「悪いな」
「大丈夫。そんなハイトだから、私は好きになった」
不意打ちだった。
あのカナエが、ふわりとした笑みを浮かべたのだ。
あの、無表情で鉄面皮のカナエが。
正確には、本当に目とか口の端っこの端っこが動くけど。
傍から見てたら一生、能面みたいに表情変わらないのに。
そんな予想外の不意打ちに、俺はポカンとアホの子のような表情で彼女を見ていた。
「どうしたの?」
そんな奇跡の時間は長くは続かず、スンッ、といつもの無表情に戻ったカナエが首を傾げる。
ああもう、ズルいなあ。
そんなギャップ見せられたら、もっと好きになっちゃうって。
「……いや、何でもないよ。ほら、まだ時間はあるんだ。もっとデートを楽しもうぜ?」
この後、俺たちは夕暮れ時になるまでデートを楽しんだ。
もちろん、キスとハグ以上の関係にはならなかったとここに明言しておく。
無表情キャラのいきなり見せる、自然な表情っていいよね。
作者の癖が全開になっていますが、きっと共感してくれる人はいるはず。
いや、いてくれ。
ちなみに、全力でカナエが襲い掛かってきた場合、ハイトは覚醒の翼と追加の自己強化をかけないと振り切れません。
つまり、カナエが聞き分けてくれなかった場合、公衆の面前でおっぱじめていたわけですね。
フィジカルモンスターは伊達じゃない。




