ワケあり8人目①
「それではハイトさん、行きましょうか」
俺が伯爵位に上がる事が大々的に発表され、セファリシア嬢と婚約関係となってから1週間。
まだラウンズ側の引継ぎ準備が終わっていないという事で、俺たちは久しぶりに穏やかな日々を送っていた。
変わった事があるとすれば、正式にセファリシア嬢がリベルヤ家にやってきた事くらいだろうか。
侯爵令嬢ともなれば、色々と荷物も多いかと思ったが、そんな俺たちの予想に反して、彼女の持ち込んだ荷物は小さな荷馬車の半分程度。
わかりやすく言えば、段ボール箱で4~5箱、といったところだ。
家具の類はうちで準備していたとはいえ、貴族学園の制服や、式典などで使用する正装の類以外は、彼女が元々使用している武器や防具、訓練用の服などで、私物なんかは殆ど無いと言っていい。
しいて言うのであれば、訓練服や武器防具の類が私物なのだろうが、年頃の女子の持ち物としては、いささか厳ついようにも思う。
そんな回想をしながら、俺はシャルに腕を引かれて王都へと繰り出す。
絶対安静を言い渡されていた頃に、後で埋め合わせをしてもらうと言われていたので、暇を持て余している今のうちに、それの清算をするという事になり、なぜかそれでデートに出掛ける事になってしまったのだ。
いやまあ、確かにここの所は屋敷を留守にしててシャルに任せっぱなしだったっけども。
なぜにデート、と思うんだよな。
償い、とか言うくらいだからもっと強制労働とかやらされると思ってたけど。
「気を付けて行くんだぞ! 私は使用人たちの訓練を頑張るからな!」
そして、たまたま俺とシャルを見送るのは、リベルヤ伯爵家に嫁ぐ事となり、ここに越して来てからえらくテンションの高いセファリシア嬢。
どこか人懐っこい大型犬のような印象を受けるその様子に、少しだけほっこりしながらも、正門から外に出る。
どうせフリスさん辺りはこっそりついて来てるだろうし、エスメラルダも暗部を何人か付けている事だろう。
まあこの辺りはもう、貴族な上に伯爵まで爵位が上がってしまっては、致し方ない事だ。
むしろ、高い忠誠心のある部下たちがいる事を喜ぶべきだろう。
「彼女もすっかりうちに馴染みましたね」
「元々、相性が良かったんだろうな」
今日は馬車に乗らず、シャルと2人で歩いて街に繰り出している。
最初は馬車を使う予定だったのだが、シャルからせっかくなので一緒に歩きたいと申し出があり、馬車をキャンセルして徒歩で移動しているのだ。
物静かな貴族街の道をゆったりと歩く俺とシャル。
天候は穏やかな晴れで、隣を歩くシャルは、以前に購入した白いワンピースに大きな白い帽子を被り、俺と手を繋いでいる。
特にどこへ行こうと決めているわけでもなく、ただ2人の気の赴くままに適当に歩くのだ。
「しかし、こないだのシャルの報告には参ったな……」
「私もできればハイトさんに伝えたくはなかったんですが……私の力不足です」
歩きながら話すのは、先日シャルから上がってきたカナエとジェーンのリベルヤ家二大暴力装置の2人についてである。
別に反逆を企てているとか、不満を持っているとか、そういうわけではないのだが、荒事以外の仕事ができなさすぎるのだ。
そして、本人たちもやりたがらない。
そんな負のループにより、色々と支障が出始めたので、この機に教育をしないといけないという結論に至り、ここ数日で強制教育中である。
監督官はエスメラルダとセファリシア嬢だ。
彼女ら2人なら、貴族家の家臣として恥ずかしくない教育を施してくれるだろう。
なお、オルフェさんは自主的に2人に混じって勉強に励んでいる。
本人曰く、またとない機会だから、との事。
医療や更なる祈術の修練のために王城に通い、屋敷での戦闘訓練もこなし、それでいて座学も頑張るという、殺人的スケジュールなのだが、本人のやる気が凄すぎて、身体を壊さないように、と注意こそしたものの、強くは止められていない。
しかし、精力的に日々の学びを増やし、役に立ちたいという意欲が見えるのはいい事だと思う。
「……って、今は仕事の話はナシだろ。悪い。せっかくのデートなのにな」
「いえ、私もまだ仕事気分が抜けていませんでしたから。おあいこですね」
冷静に考えて、デートだって出掛けて仕事の話をするのは最悪だろう。
とはいえ、シャルと話しているとそっち方面に思考が寄りがちなのは、今までの俺たちの関係性を示しているようにも思えてしまうので、これからはしっかりと気持ちを切り替えよう。
そんなこんなで、商業区に足を踏み入れてからは、デートらしいデートを楽しんだ。
「ハイトさん、あそこの屋台は美味しそうな予感がします!」
「そんじゃ、朝飯はあそこにするか」
朝食抜きで出てきたので、屋台メシで腹を満たしたり。
「いい女連れてるな坊主。俺たちにもよこぶべぇ!」
「失せろ雑魚が」
絡んできたチンピラを適当にしばいたり。
「ハイトさん、これはどうでしょう?」
「似合うと思うぞ。でも、俺はこっちの方が好みかな」
「うーん、やっぱり今日はやめておきましょう」
ウィンドウショッピングをしながら色々と見比べてみたり。
「はー、久しぶりにたくさん歩きました」
「大丈夫か? 靴擦れとかしてないか?」
気付けば、昼も朝とは違う屋台メシで済ませ、夕焼け空になっていた。
そんな中で、俺とシャルは2人、屋台で買ったクレープのような甘味をベンチで食べながら休憩中。
過去に日本で食べた事のあるクレープに比べるとそれなりだな、と思いつつも、嬉しそうに甘味をパクつくシャルを眺めながら、ゆったりとした時間を過ごす。
「ご御心配には及びません。普段もなるべく運動するようにはしていますので」
「大丈夫ならいいけど。辛くなったら素直に言うんだぞ?」
「はい!」
楽しい時間を過ごしていたら、ドクン、と身体の中で何か蠢いた。
そんな感覚を覚えた俺は、無意識に胸元に手を当てる。
どこか異質な感触だったそれは、まるで自分のものではないようにすら感じたが、たった一度の違和感は、気のせいだと強引に納得させ、残り少なくなっていた甘味を一口で食べきってしまう。
「ハイトさん、何かありましたか?」
とはいえ、シャルは目敏く俺の一瞬の行動を目撃していたようで、心配そうに首を傾げている。
これに関しては今はまだシャルに言う事でもない。
オルフェさん辺りに秘密裡に調べてもらうとして、とりあえずは誤魔化そう。
「いや、あまりにシャルが可愛いから、胸が苦しくなったんだ」
「もう! そういう事は思っててもこういう場で言わないで下さいよ!」
ちょっとこっ恥かしい事を言ってみれば、顔を赤くしたシャルはぷりぷりと怒り出す。
よし、とりあえずは誤魔化せただろう。
ちょっとばかり申し訳ない気持ちもあるが、これまでやってきた数々の無茶を考えれば、知らないうちに身体に異常が出てもおかしくは無い。
変な心配をかけるくらいなら、症状が確定してからでもいいはずだ。
楽しいデートの気分をぶち壊したくないしな。
「さて、名残り惜しいけど、そろそろ帰らないとな」
「……そうですね。楽しい時間というのは、過ぎるのが早いものです」
時間も遅くなったのでそろそろ帰ろうと言えば、シャルは名残惜しそうに表情を曇らせたが、立ち上がって俺の手を取った。
そのままどちらともなく歩き出し、貴族街へ向かう。
途中で、見覚えのある店構えを見つけて、思わず視線を送ってしまうと、シャルもそれに気付いたのか、同じ所を見て足を止める。
「……懐かしいですね。私とハイトさんの、始まりの場所です」
「そうだな。あの時は、こんな関係になるとは思ってなかったけど」
シャルを見つけた場末の奴隷商の店構え。
あの時に比べて、少しばかり見た目が綺麗になっていたり、陰鬱な雰囲気が無くなっていたりと、変わっている部分もあるものの、おおまかな部分はそのままだ。
「あの時はありがとうございました。 今ではこうして、ハイトさんという伴侶を得る事もできましたし、とっても幸せです」
「こちらこそ、ありがとな。でも、俺たちはこれからもっと、幸せになるんだ。まだ途中なんだから、終わったみたいな感謝を告げるには、ちょっとばかし早いぞ?」
「……そうですね。これからもっと、幸せになりましょう」
お互いの愛情を再確認して、少しだけ気恥ずかしくなりながらも、俺たちは手を繋いで屋敷へと帰るのだった。
ちょっとイチャイチャ回でした。
ちなみにこれがシャル含めて7人分続きます。
イチャイチャ以外にも、今後の展開における伏線なんかも仕込んでいますので、お楽しみ頂ければと思います。
活動報告にも上げましたが、いくつかのコンテストにこの作品を応募しました。
結果を残せるかわかりませんが、皆様もよろしければ応援して頂ければ嬉しいです。
今後とも、ワケありをよろしくお願いします。




