ワケあり7人目㉝
「……シャル、綺麗だ。考えてた賛辞を忘れたよ」
積極的にやりたいとは思わなかったものの、今後に必要だからと割り切って、城に残っている貴族たちと社交をし、いい時間になった所で登城してきたシャルを迎えに、馬車の停留所へと向かった。
そして、馬車から降りて来たシャルを見て、俺は考えていた言葉が全て吹き飛んだ。
元々、顔の造形はとんでもない美少女だったのだが、薄めとはいえ化粧を施されており、いつもは下ろしている長い金髪も、編み込みで纏め上げていたので、いつもと違う雰囲気にドキリと心臓が跳ねる。
紺色のナイトドレスは、シンプルながら長い裾に入る深いスリットが、色白で健康的な生足を効果的に見せ付けており、俺と同じ14歳とは思えぬ色気と大人っぽさだ。
そして何より、暗色のドレスがシャルの黄金のような金髪を際立たせており、ワンポイントであしらわれたネックレスとイヤリングも、華美にはならずにシャルの存在をより強く主張させる。
どんな誉め言葉も陳腐になってしまうような、完全無欠の美少女がそこにはいた。
「ふふ、喜んで頂けて良かったです。おめかしに時間をかけた甲斐がありました」
俺が食い入るように頭のてっぺんからつま先まで、彼女を見つめていたのに満足したのか、シャルは満面の笑顔を浮かべた。
そんな彼女をエスコートして再び城内に戻れば、今度はシャルも交えての社交となり、様々な貴族たちと腹の探り合いをしていく。
幸いというべきか、しばらく貴族としての社交をサボっていた割には、タイラン侯爵の謀反の件で、アーミル侯爵と派閥関係にある貴族とは仲良くできそうだったので、伯爵になったものの孤立して困る、という事は無さそうだ。
筆頭としてはタッキンズ伯爵が好意的で、彼を中心に軍関係のアーミル侯爵派閥が俺の周囲には多い。
こうした社交の場に臨む前準備として、国内の貴族はエスメラルダの命で暗部が徹底的に調べ上げており、好意的であっても裏のある者、額面通りに俺と縁を繋ぎたい者、まだ子供だからと侮って騙そうとしている者、と様々であったが、事前に情報を仕入れていたおかげで、当たり障りなく社交の輪を広げつつ、益にならない貴族家は遠ざけておく。
そんな理想的な社交を進められていく中、ついに夜会の開催時間となり、会場となる大ホールへと、シャルに腕を組まれつつのエスコートをしながら、移動を開始。
二の腕の辺りが柔らかな感触に包まれて、前屈みにならないよう理性を総動員していると、聞き覚えのあるダンディな声が。
「改めて、伯爵への昇爵おめでとう」
「ありがとうございます。アーミル侯爵も軍部の調整でしばらく大変でしょうが、ご自愛下さい」
聞き覚えのある声の方に視線を巡らせてみれば、あまりにも自然にアーミル侯爵が隣にいたものだから、驚きの声を上げそうになった所を、鋼の意志でもって抑え込んで、無難に挨拶を返す。
「心遣いに感謝するよ。リシア、お前も挨拶をしなさい」
俺の挨拶に礼を述べてから、ちょうど俺たちから見て侯爵の影にいたであろう、セファリシア嬢をぐいと引っ張り出すと、昼間の凛とした彼女はどこへやら。
顔を真っ赤にしてオドオドと視線を彷徨わせているセファリシア嬢は、すごく歳相応の少女に見えた。
「あ、改めて、昇爵おめでとう。その、あんまりじろじろと見ないでくれ……」
いつもハキハキとしているセファリシア嬢には珍しく、挨拶をするだけすると、そのまま侯爵の身体に隠れてしまう。
姿が見えなくはなってしまったが、彼女の姿はとても貴族令嬢っぽい感じだったな。
髪と同じ空色のドレスは、翼を出すためか、大胆に背中が開いており、均整の取れた素晴らしいプロポーションを惜しげも無く見せつけていた。
アクセサリー等は身に着けていないが、存在感のある大きな翼と、その素材の良さから、それだけで完成形のように見えてるから不思議だ。
「似合ってるんだから、恥ずかしがらなくてもいいのに」
侯爵に隠れながら、こちらの様子を伺っているセファリシア嬢に、率直な感想をぶつけてみたら、彼女は顔を真っ赤にして、完全に侯爵を盾にして隠れてしまった。
ホント、隠れないで堂々としていればいいのになあ。
「……ハイトさん、なかなかやりますね」
耳元でシャルに囁かれ、俺は一瞬だけ身体から全ての力が抜けそうになった。
これがASMRの力なのか……ッ。
俺、シャルの事好きすぎるだろ。
なんて益体も無い事を考えているうちに、俺たちは夜会の会場へと足を踏み入れていく。
いくつものテーブルに様々な軽食が提供され、立食パーティーの形式となっているようだ。
とはいえ、まだ主催側が来ていないので、まずはパーティーの開始宣言がないと夜会は始まらない。
そんなわけで、貴族たちは三々五々と社交に勤しんでいる。
俺とアーミル侯爵は、他愛の無い日常会話をしながら、陛下たちが出てくるのを待った。
侯爵と話しているうちに、セファリシア嬢もいい加減に服装に慣れたのか、あるいは腹を括ったのかはわからないが、俺、シャル、侯爵、セファリシア嬢の4人で、わいわいと雑談に興じる。
「皆、待たせたな。此度は急な催しにも関わらず、多くの貴族たちがこの夜会に出席してくれた事、嬉しく思うぞ」
雑談を始めてから程なくして、陛下が王妃様と側妃様を引き連れて会場に姿を現す。
目立つよう壇上に立ち、会場を見渡す陛下と、目線が合う。
何か、イヤな予感がするぞ……。
「此度の功績により、昇爵となったハイト・リベルヤ伯爵に、新たな貴族として叙爵されたセファリシア・アーミル準男爵。簡単でいいから順番にこれからの心意気を語ってもらおうか」
うげ、よりにもよって代表者挨拶みたいな事をしないといけないのかよ。
しかも、会場も盛り上がって拍手なんか始まるもんだから、雰囲気的に断れない。
クッソ、やられた……!
何も考えてないぞ……。
「悪い、お呼ばれしちまったから行ってくるわ。エスメラルダ、シャルに変な虫が付かないように頼むぞ。行き過ぎた悪い虫は駆除しても構わんからな」
エスメラルダにシャルの身辺警護を任せ、俺は壇上の方に歩いていく。
その少し後ろに、セファリシア嬢が続き、何だか公開処刑をされるような気分になりながら、せめてもの悪あがきに、わざとらしく見えない程度にゆっくりと歩き、挨拶の内容を考える。
俺が脳内で挨拶を纏めていると、陛下からいい感じの挨拶をよろしくな、というウィンクが飛んできたので、余計な真似をさせんじゃねえ、と軽く睨んでおく。
隣の王妃様と側妃様は俺の反応を見て、苦笑いを浮かべている辺り、この挨拶の流れは陛下の独断なんだろうなあ。
ともあれ、こうなってしまった以上は文句を言っても仕方が無いので、俺は腹を括って代表挨拶に臨むのだった。




