ワケあり7人目㉜
「国王陛下、ご入場されます」
伯爵位と領地をやる、と陛下に聞かされた翌日。
俺はおろしたての貴族の正装を纏い、王城の謁見の間にて跪いている。
隣にはアーミル侯爵、セファリシア嬢、タッキンズ伯爵と、タイラン侯爵の蜂起における活躍をした人物が並ぶ。
要するに、表彰の場だ。
「皆の者、面を上げよ」
俺たちを始め、謁見の間内部にいる全員が、陛下の言葉で跪いていた状態から顔を上げて立ち上がる。
それを玉座で見届けた陛下は、小さく頷くと近くにいる宰相に目配せをして、自らは玉座に座った。
そしてその両隣には、ドレスアップした王妃様と側妃様が寄り添う。
公式の場ではあるが、諸外国の絡まない場で王夫妻3人が揃うのは珍しいな。
「この度、タイラン侯爵が蜂起し、内乱が起きた事は諸君の記憶に新しい事だろう。だが、多くの人物の協力により、迅速に事態を収束させる事ができた。よって、この場はその際の勲功を称え、罪を裁く場である」
宰相が玉座の少し下から、俺たちを睥睨するように威厳ある声で宣言。
前に素の宰相を見ているからか、あの豪快なおっさんがここまで見違えるなんてな、と思う。
宰相から話の主導権を渡され、陛下が玉座から立ち上がる。
「この度のタイラン侯爵の蜂起を沈め、その後の大量発生した魔物を討ち滅ぼし、余が不在のリアムルド国を守り抜いた最大の功労者は、ハイト・リベルヤ子爵だ。未だ未成年ながら、その功績は非常に大きく、子爵がおらねば王都が壊滅的な被害を受け、あるいはタイラン侯爵に乗っ取られていただろう。今回の件で、余は子爵をこのままの立場に置くわけにはいかぬと判断した。よって爵位を伯爵とし、交易都市ラウンズを領都とした周辺の王家直轄地を与える。交易と流通の要衝であるかの地を治め、守り抜き、より王国が発展するよう励むように」
「はっ、ありがたき幸せでございます」
公式の場なので、俺はキッチリと貴族の皮を被り、陛下に向けて臣下の礼を取る。
それを見た陛下は満足そうに頷くと、隣のアーミル侯爵へと視線を移す。
「続いて、コルハード・アーミル侯爵。帝国国境警備の任から、素早く軍を率いて此度の乱に馳せ参じ、大きな負傷をしつつも尽力したのは、以前より変わらぬ王家への忠誠の賜物だと思う。兵士たちの被害も小さくはないだろうが、まずはその手腕と忠誠を称えたい。よって、侯爵には軍の統括を任せ、再編を進めてもらうと共に、今後、第二、第三のタイラン侯爵が出ないよう、軍規の更生を頼みたい。褒賞としては、白金貨100枚を進呈する」
「非才の身ではありますが、全力を尽くすと誓いましょう」
アーミル侯爵の表彰も終わり、その隣にいるセファリシア嬢に陛下の視線が向く。
「セファリシア・アーミル侯爵令嬢。そなたは負傷し、一時は意識を失っていた侯爵の代理とし、その命を懸けて魔物の大群を抑え込んで時間を稼いで見せた。成人したばかりの学生でありながら、最善の指揮を執り、兵の損耗も最低限に抑え込んだ。その甲斐あって、リベルヤ伯爵の援軍が間に合い、王都も未曽有の危機を免れた。この功労は非常に大きい。よって、準男爵の地位を与えるものとする」
「謹んでお引き受け致します」
俺と同じく、貴族の皮を被ったセファリシア嬢が、臣下の礼を取る。
それを確認した陛下が、その隣のタッキンズ伯爵へと視線を移す。
「ベン・タッキンズ伯爵。此度の乱において、守備部隊を率いて堅実に砦を守り、忠実に役目を果たしてくれた事を功労を称え、白金貨50枚を進呈する」
「過分な評価、痛み入ります」
さすがにタッキンズ伯爵はサラッと表彰が終わったな。
それからは、細々とした表彰が行われていき、その後にはタイラン侯爵に与した貴族たちへの判決が下されていく。
死罪になる人物はさすがにいなかったが、貴族位を剥奪されたり、降格させられた貴族はけっこうな数がいた。
そして、立場上はタイラン侯爵に従わざるを得なかった貴族たちのうち、俺が投降を呼びかけて応じた者たちについては、その後の魔物討伐における活躍と引き換えに罪には問わないと宣言し、陛下たちは謁見の間から去っていく。
「それでは、事前の通達通り、夕方からリベルヤ伯爵とセファリシア準男爵の昇爵祝いと、此度の危局を乗り越えた記念を兼ねた夜会を王家主催で行う。予定の付く者は参加するように。それでは一時解散とする。城に留まる者については、いくつかの部屋を開放しておくので、そちらを利用するように。詳しくは使用人の案内に従え。それでは、解散せよ」
この場に残された俺たちは、宰相が解散するように告げ、各々が思うように移動していく。
遠方から王都に来ている貴族たちの多くは城に留まるようで、王城の使用人たちがその一団を案内していた。
俺はどのみち屋敷に戻ったとて、また王城に来るハメになるので、城に留まる貴族の一団の最後尾にくっついて、待機場所へと向かう。
大きな会議室の1つを開放しているようで、待機する貴族たちは社交したり座って休憩したりと、思い思いに過ごしている。
「お疲れ様。この後は屋敷に戻らないのね?」
「ああ。このまま夜会に出る」
待機場所について、俺も手近な椅子に腰を下ろすと、団子になっていた一団から、エスメラルダがやってきて声をかけてきた。
どうやら、従者や側近は先にここで待機していたようだ。
「そう。大丈夫だとは思うけれど、シャルロットから社交をおざなりにしないように、って言われてるわよ?」
「ま、しょうがないわな。シャルは後から来るのか?」
「ええ。今は頑張っておめかしをしている頃でしょうね」
夜会となれば、婚約者であるシャルも参加する事になる。
場合によっては、早めに来て社交をしたりするかなと思ったりもしたが、どうやらおめかしに時間がかかっているらしい。
まあ、女性は色々と準備に時間がかかるものだし、その辺りの匙加減は彼女が一番わかっているだろうから、問題は無いだろう。
後で迎えに行きはするけど、その辺りはエスメラルダが上手く調整してくれるはず。
「ハイト殿。伯爵への昇爵おめでとう」
エスメラルダと話しているうち、背後から聞き覚えのある声がかかり、俺はその声の方に振り向く。
そこには、騎士っぽい恰好をしたセファリシア嬢がいた。
表彰の場にいた時もそのままの恰好だったので、着替えたりはしていないのだろう。
もしや、夜会もこの格好で出席するのだろうか?
「ありがとうございます。セファリシア様」
他人の目もあるし、昇爵したとはいえ侯爵令嬢に無礼な態度はできないと思い、丁寧な返礼をしてみれば、彼女は不満そうに顔をしかめる。
「貴殿と私の仲ではないか。余所余所しい態度を取られると、悲しくなるぞ」
「……わかったよ。これでいいか?」
「うむ。これからもよろしく頼むぞ」
侯爵令嬢から請われては、断る事もできないので、俺は言葉遣いを戻す。
そんな俺の反応を見て、彼女は笑みを浮かべた。
「リシア、ここにいたのか。夜会の準備があるんだ。のんびりしている時間はないよ?」
「父上、この格好でも……」
「ダメだ。爵位も賜ったし、武人である前にリシアは侯爵令嬢だ。それ相応の装いというものがある。さあ、準備に戻るよ。リベルヤ伯爵、昇爵おめでとう。また後で改めて挨拶させてもらうよ。今はこのじゃじゃ馬を夜会仕様にしないといけないから、失礼」
反応を見るに、セファリシア嬢はドレスとかが苦手っぽいな。
まあ、言葉遣いからして男所帯で育った感じがあるし、男装とかの方が気楽なんだろうな。
そんな感想を思い浮かべながら、アーミル侯爵に連行されていく彼女を見送り、俺は夜会までの時間を社交に費やすのだった。




