ワケあり7.2人目
今回はウィズリアル陛下視点です。
「ハイトはまた倒れたのか……まあ、今回に限っては開発していた薬があるから大事には至らないだろうが」
教国での仕事もある程度の形になった所で、タイラン侯爵が蜂起した報せを受け、急ぎ王国分の仕事を片付け、国へ帰る事にした。
帝国と連合国は急がずに仕事を片付けてから帰るとの事だったので、我々は数日早く教国を後にする事に
。
出発の直前に、イヴァキアの遣わした眼の構成員から新たな手紙を受け取り、馬車に揺られながら中身を確認していると、タイラン侯爵の蜂起に関する事態が殆ど収束した事が記されているではないか。
当然、そこにハイトの活躍があったのは想像に難くなかったが、起きた事象は余の理解が及ぶ所ではなかった。
「タイラン侯爵が怪物化、ですか」
影としてではなく、王妃としての顔で横から手紙を覗き、イライザが呟く。
追って調査中なので仔細は不明だが、とりあえずハイトとアーミル侯爵、そしてその娘から取った情報をとりあえず共有する、という内容だったのだが、なかなかに荒唐無稽な話に思う。
とはいえ、3者の証言がある上、イヴァキアが眼を使って調べた結果に間違いは無いはず。
起こった事象の原因等は調査中のようだが、余が国へ戻った際には戦死者たちへの補償と、その辺りの解明が主な仕事であろうな。
「しかしあやつは本当に話題に事欠かんな」
とんでもない事象を、魔力に物を言わせた力業で正面から解決するハイトも大概ではあるのだが、よくよく考えてみれば、あやつとの出会いもそれは衝撃的だった。
「そういやあ、ウィズとリベルヤ子爵との話はあまり聞いた事が無かったな。国に帰るまでの話のタネに、いいだろ?」
「そうね。私も興味があるわ」
ふと、ハイトとの出会いを思い出して懐かしい気持ちになっていたら、馬車に同乗している宰相のジャンと、外務部長官のメンディ伯爵から興味深い目線を向けられたので、どこまで話したものか、と考えつつ、横のイライザに視線を送る。
イライザは、好きにしたらいいと目線を返してきたので、信の置けるこの2人であれば問題無いかと判断し、どう切り出すかを考える。
「そうさな……あれは、6年前の話か」
「ってこたぁ、子爵がまだ8歳くれえの時だな。俺もまだ軍部にいただろうし、メンディは1人目が生まれた頃くらいか?」
「そうね。あの時が一番忙しかったわ」
余と同じように、当時の記憶を思い出す2人の話を聞いて、人にはそれぞれ歴史があるものだな、と思っていると、視線で先を話すよう促された。
「ちょうど、末の娘が生まれた直後くらいの話でな。イライザが出産直後で動けない状態で、別の影が余についている状態だったのだが、慣れておらんかったのだろう。余がいつもの感覚で城下町へ忍び出ていたら、影を撒いてしまっていてな。そんな事は露知らず、余は行きつけの酒場で安酒を飲んでいた」
「相変わらずの放蕩っぷりだが、せめて安全確認くれぇしとけや」
「まあ、そう言うな。もう過ぎた事である」
放蕩王、なんて異名を得るくらいにはそこらを出歩いていたせいか、ジャンから苦言を呈されてしまう。
最近は控えておるし、過ぎた話を掘り返しても仕方なかろう。
もう少し国が落ち着けば、また出歩きたいものだがな。
「……話を戻そう。そこで少々問題が起きた。余は変装しておったので、見た目で国王とはわからない状態だったのだが、質の悪い連中に絡まれてな。それなりに有名なごろつきだったらしく、周囲の者らは酒場の関係者含め、全く動けなかった。余が軽く捻っても良かったのだが、下手な事をして正体がバレるのも面倒でな。そして、折悪くそのタイミングで暗殺者も来ておった。後に聞けば相当な手練れだったらしく、裏世界では有名な暗殺者だったらしい」
「まさしく絶対絶命、ってやつじゃない。よく助かったわね」
まあ、余がこうして五体満足でこの場にいる時点で、その場を無事に乗り切ったという事だからな。
「そこに現れたのが、当時8歳のハイトよ。ごろつきは剣技で追い払い、暗殺者は魔術で生け捕りにしおった。全てが片付いたタイミングで影がようやく追い付いてきて、結果としてはハイトが来なければ余は死んでおっただろうな」
とはいえ、あの時は8歳にしてあれだけの剣技と魔術を使いこなす麒麟児に、心当たりが無かった。
どこの者かを聞こうと思った時には、ハイト本人が消えておったし。
「それから数日経って、当時のダレイス公爵が面会を求めてきてな。面倒だったが、会ってみれば、ヤツが連れていたのがハイトよ。それからオーゴのやつがハイトがいかに優れているかを売り込んできおった。あの時は、ハイトを王家に入れ、実権を握るつもりであったのだろうな。というか、ハイト本人からそのつもりだから気を付けろと秘密裡に手紙を出してきた」
「おいおい、8歳でそこまで頭が回ってたのかよ。とんだ子供もいたもんだ」
実際、8歳の子供にはあるまじき知能と行動力である。
余が8歳の頃など、メイドや使用人たちに悪戯をして困らせておったわ。
「それから、秘密裡にハイトと手紙のやり取りをするようになってな。去年くらいから公爵家を出たいと相談を受けておったので、ハイトがきっかけを作った際に王家の力でもって、オーゴのやつがハイトを殺せぬよう働きかけた。そして、自由の身になったハイトが今になってとんでもない功績を上げ続けておる、というわけよな」
「ある時、陛下が妙に楽しそうに手紙のやり取りをしているものですから、私はもしや浮気でもしているかと疑ったのです。そうして、調べるうちにハイトさんとやり取りをしていると気付き、秘密裡に会談をしました。まだその頃は10歳くらいだったと思いますが、殺気を全開にした私を目の前にしても、全く恐れる事無く正面から対峙していましたし、相当に規格外の子供だと思いましたね。今や娘たちを嫁にやりたいと思う程度には、ハイトさんの事を認めています」
ハイトの事を話しておったら、珍しくイライザが口を出したな。
こういった場で、自分から発言するのは相当に珍しい。
それだけ、イライザがハイトを気に入っておるという事なのだが。
そして、牽制でもあるのだろうな。
王家としても娘の嫁ぎ先として目を付けているから、余計な事をするなよと。
「そりゃあすげえな! とはいえ、うちは野郎ばっかだから直接繋がりを持つのは難しいだろうぜ」
「そうね。うちも子供は男ばかりよ」
イライザの牽制に気付いたのか、ジャンとメンディ伯爵はすぐにその気はないと口にしおったな。
まあ、懸命だろう。
イライザのやつが暴走すると、余でも手に負えんからな。
今はイライザとイヴァキアが結託してハイトを嵌め、娘たちをどうにか正妻にしようとしないかが心配だ。
余計な事をしてハイトが国外に逃げてしまったら、それこそ国としての損害がとんでもない事になる。
「しっかしまあ、こうして振り返ると、リベルヤ子爵の功績はとんでもないな」
「ええ。年齢が年齢なら、侯爵くらいには上がってるんじゃないかしら?」
「今回の件で、さすがに昇爵しないわけにもいかなくなったからな。国に戻り、事実確認をした上で伯爵に繰り上げるつもりだ。ただ、そこまで爵位を上げるといい加減に領地を任せないとまずい。余としては元シヴィリアン公爵の領地を一部治めさせ、後々に統治領域を広げていくのが良いと思っているのだが」
シヴィリアン公爵の治めていた土地を選んだのにはいくつか理由がある。
ハイトが婚約を結んだシャルロット嬢は、元々シヴィリアン公爵家の者。
統治の勝手もある程度わかっておるだろう。
基本的にハイトはあちこちを飛び回らなければならない関係上、統治に関しては代官に任せる形になるはず。
シャルロット嬢ならそこをカバーしやすいし、代官としての能力に不足は無い。
そして何より、ハイトに領地を任せる事で何を生み出すかを見てみたいと思う。
今でも孤児たちに教育を施すという、将来的な新しい試みを奏上してくるくらいだ。
きっと、領地を持てば様々な革新をもたらすはず。
「いいんじゃねえの? 今は直轄地になってるが、交易の中心地にリベルヤ子爵を置くってんなら、国防の観点から見ても理に適ってるだろ」
「外交の観点から見ても、反対する理由は無いわね。むしろ、教国の件で諸外国にも顔が知れたでしょうし、彼と顔を繋ぎたい人も行き来しやすいもの」
国に戻ってから、正式に議題に上げる必要はあるが、宰相であるジャンと外務部長官から賛成を得られている時点で、ほぼ余の意見は通るだろう。
また忙しくなるのはハイトに若干申し訳ないと思うが、国の利益を考えればこその判断だ。
あやつもそれを理解できぬ人間ではない。
とはいえ、上手く納得させるだけの説明をする必要はある。
その辺りは考えておかねばならないな、と考えつつ、馬車に揺られながら帰国を急ぐのだった。
陛下と愉快な仲間たちwith王妃様の馬車内でした。




