ワケあり0人目⑱
「やっぱ、強えな……!」
老騎士の間合いの内に入ろうと試行錯誤する事しばし。
常に正確無比で、早く、鋭い突きは、相当に攻略が難しい。
魔戦技で懐に潜る事も、できなくはないかもしれないが、加減が難しいのと自傷ダメージが結構キツイ。
この辺りは俺の未熟さゆえの部分ではあるが、このまま泣き寝入りするのは、それはそれで嫌だ。
そんなわけで、絶賛対抗策を模索中である。
「まだ元気なようじゃな。ならば、もう少し強くするぞ」
俺にまだ思考する余裕があるのを見て取ったのか、老騎士の攻撃速度と威力が僅かに増す。
こめかみの真横辺りを余波が突き抜け、冷や汗が背中を流れ落ちる。
遠い遠いとは思ってたけど、ここまで遠いのか。
けど、逆に腹は決まった。
次の一手が最後の賭けだ。
それで負けたら、それが俺の今の実力。
そう納得するしかない。
最後の策を実行するため、双曲剣から封じられた剣を右手に握るのみにして、左手は開けておく。
「……今っ!」
絶好のタイミングを見計らい、今までよりも大きく前に出る。
一撃目の二撃目の隙間で後退が出来ない、背水の陣。
極限まで集中し、俺の右肩辺りを狙った大槍の一撃を半身になって躱す。
一撃目が伸び切り、それを引き戻して二撃目に移行しようとした瞬間。
その瞬間に、目一杯左腕を伸ばす。
「取った!」
大槍の穂先の根元、ギリギリ柄の辺りを左手で握った瞬間、身体がすごい力で老騎士の方に引き寄せられる。
俺の行動が予想外だったのか、老騎士は目を見開いた。
半ばルーチンワークのように槍を引いていたためか、俺の行動を咎める事はできなかったようだ。
老騎士が動くよりも先に、引き寄せられた勢いのまま左手を離せば、俺はそののまま老騎士に突っ込む弾丸と化す。
気合いで姿勢制御を行い、勢いを乗せた右手の剣を、老騎士に向けて叩き付ける。
恐らく防ぎはするだろうが、万が一防げなかった場合の事を考え、鎧で守られている部分を狙っておこう。
「ぬう……んっ!」
結果的に言えば、俺の一撃は大槍の柄で防がれた。
そのまま上に跳ね上げられ、俺の身体は宙に舞う。
そして、無慈悲に振り下ろされる大槍の一撃。
かろうじて剣で受けるものの、支えの無い空中だったので、そのまま地面に叩き付けられ、視界に星が散った。
「かっ……は……」
地面へ強かに身体を打ち付けられ、呼吸が詰まる。
当然、身体の動きは一瞬止まり、その隙を老騎士が見逃すはずがなく。
動けなかったなりに、即座に体勢を整えようとするものの、眼前に大槍の穂先を突き付けられた。
あと1ミリでも動けば、穂先が額に刺さるほどにギリギリの位置。
俺は起こしかけていた体勢を後ろに倒し、大の字になって仰向けに倒れる。
もうどうにもならないので、降参だ。
「だはー……やっぱ内に潜れても無理だったかー」
あわよくば、一矢報いるくらいはしたかったなあ、と思いつつも、S級冒険者が相手と考えれば、新人の割には善戦できたんじゃないだろうか。
「見事であったぞ、少年」
大槍を引いて、老騎士が好好爺然とした笑みを浮かべた。
彼はこちらに歩いてくると、しゃがんで右手を差し出してきたので、俺はそれを掴む。
想像よりもずっと強い力で身体を引き起こされ、そのまましっかりと握手を交わす。
「まさか儂が新人に一撃を受ける事になろうとはな……歳は取りたくないものじゃ」
握手の後、そう言って老騎士は胴鎧の一角を指差す。
使い込まれているものだったので、細かな傷がたくさんあったが、その上から磨かれていたり、塗装されていたりと、長く大事に使いこんでいるであろう形跡が読み取れる。
そんな古傷に紛れて、真新しい傷が一筋。
そこまで深いものではないが、他の古傷に比べて目立っていたので、すぐにわかった。
あの最後の一撃。
防がれはしたが、一応は届いていた、という事だ。
その事実は、俺の心に僅かながら、確かな自信をもたらす。
「いやーお見事でした。本気でなかったとはいえ、まさか老練の戦鬼殿に一撃与えられるとは」
ぱちぱちぱち、と拍手をしながらこちらに近づいてくる奇異の魔術師と、その他のギルド職員たち。
その表情は、皆一様に温かいものであるように感じた。
「いやいや、面目ない。しかし少年も随分な無茶をするものじゃ。あと一瞬遅ければ、左手の指が削ぎ落とされておったぞ」
老騎士は審査員である奇異の魔術師とギルド職員に軽く会釈しつつ、俺がやった無茶に関して苦言を呈す。
まあ、無茶をやった自覚はある。
仮に失敗して指が無くなっても、魔術で治せるだろうから、まあいいかと思っていた節はあるが。
「まあ、あれを通すくらいしかもう方法が無かったので。魔術で治せるだろうから、と少し気軽に考えていた所もありますが」
「それをしなければ死ぬ、という場面では仕方ないかもしれんが、負傷して無事に帰れなければ、そもそも治療もできないという事を忘れてはならぬぞ。人の命なぞ、魔物の前では儚いものじゃからな」
「はい、肝に銘じておきます」
ちょっとだけお説教じみた小言を頂いてしまったが、それだけ俺が無茶をやったという事だ。
それは甘んじて受け入れよう。
「さて、老練の戦鬼は今回の一戦で彼をどのように評す?」
服装が偉い男性職員の言葉に、老騎士は少し考える素振りをしてから、こう答えた。
「戦闘面だけなら、もはやB級上位ですら勝負にならぬであろう。無論、相性面も関わってはくるであろうが……そうさな。あと少し経験を積めれば、準A級といった所か。今後の経験を積ませるという観点であれば、一旦はC級に格上げし、様々な依頼の経験を積ませるのが良かろうて」
「だ、そうだ。他の面々から異論はあるか?」
服装の偉い男性職員の問いかけに、奇異の魔術師を含め、特に異論は上がらない。
「……では、決まりだな。ハイトくん、今日から君はC級冒険者へランクを上げる。これから多くの経験を積み、より上を目指してくれると嬉しい」
何かすんなり決まるんだな、と思っていると、すぐに言葉が出なかった。
というより、実感が無いせいで、どう反応していいかがよくわからない。
「これから先、少年と肩を並べて戦場に立つ事を期待しておるぞ。この老いぼれよりも先に死ぬ事のないようにな」
「僕も少し君に興味が湧いたよ。機会があれば、少しお話したい所だね。それじゃ、僕たちはこれで」
俺が呆気に取られている隙に、S級冒険者の二人は帰ってしまった。
まあ、立場的に色々と忙しいのだろう。
「資格証は持ってきているかな?」
「はい」
服装の偉い男性職員に言われて、俺はポケットから冒険者資格証を取り出す。
彼はそれを受け取ると、他の職員に渡す。
「書き変えに少し時間がかかる。そうだな、三日後に取りに来てくれるかな。それまでには終わらせておくから」
「わかりました」
「C級冒険者になった時の注意事項とかは新しい資格証を渡す時にするようにしておくから、今日は帰ってゆっくり休むといい。それじゃ、また機会があれば会おう」
そう言って、服装が偉い男性職員は、残りの職員を引き連れてギルド内に引き上げていく。
その場に取り残された俺は、色々と実感が湧かず、5分ほどボーっとしてから、ゆったりと宿に帰ったのだった。
ここまで閲覧頂きありがとうございます。
今回でワケあり0人目は終了です。
次のワケありはどんな人物か、お楽しみに!




