ワケあり7人目㉘
オルフェ視点と言ったな?
あれは嘘だ。
前半オルフェ、後半ハイト視点です。
「……ッ! いってぇ……」
薬を投与して、回復祈術を施してから、燃え上がる砦が遠目に見え始めた頃。
ハイトさんは意識を取り戻して、勢い良く上半身を起こすものの、身体の痛みに顔をしかめた。
「主様ぁ! 良かった!」
「あいだだだだだだ! 離して! 身体壊れる!」
ハイトさんが起き上がったと同時、半泣きでフリスさんが抱き着いて、その痛みでハイトさんが悲鳴を上げる。
ざまあみろ、という気持ちが少しばかりあるけれど、あまりこのままの状態でいるのは身体に障る。
頃合いを見て、引き剥がさないと。
「フリスさん、その辺で。ハイトさん、逼迫した状況なので、状況を手短に説明します」
色々とお説教をしたい所ではあるものの、無駄な事をしている時間は無い。
まずはフリスさんを引き剥がしてから、ハイトさんが意識を失っている間に起きた事、今現在の砦の状況、先に王都へ移動していた兵士たちからの話を共有すると、たちまちハイトさんは顔をしかめた。
「砦が燃えてる……となると、状況は間違いなく悪い。カナエ、ジェーン、2人は優先的に魔物の排除に向かってくれ。エスメラルダ、フリスさんは先に生存者の確認と救出を。オルフェさんは生存者や負傷者の手当と護衛だ」
今いる仲間たちに的確な指示を出して、馬車から身体を乗り出し、先の情報を読み取ろうとしている。
これは、自分の身体の状態をあまり理解していなさそう。
先に釘を刺しておかないと。
「ハイトさん、今のあなたは体内の魔力器官や経路がズタズタになっています。あと、傷口も塞がってはいますが、治ってはいません。絶対に自分で動いてはいけませんよ?」
「……わーったよ。サポートに徹する。魔術も使わないし直接戦闘はしない。オルフェさんの側にいる。それでいいだろ?」
私が釘を刺すと、自分で動く気満々だったのか、ハイトさんは身体を一瞬だけビクリとさせたが、すぐに観念して動かないと言ってくれた。
もしこれでいう事を聞かないようであれば、強制的に眠ってもらう事になる所だ。
ともあれ、燃える砦が近付き、朧気ながらも戦場の様子が見えるようになった頃、瞬間的にハイトさんから魔力の高まりを感じる。
「瞬雷の閃拳!」
まずい。
そう思った瞬間には、ハイトさんが凄まじい勢いで馬車外に消えていた。
ああもう、直接動くなって言ったばかりなのに!
「皆さんは予定通りに動いて下さい! 私は直接ハイトさんを追いますから! 竜王の誓い!」
自分と、ついでにみんなに強化の祈術をかけて、私は馬車を飛び出す。
強化祈術で底上げされた身体能力で、一時的に馬車よりも速く全力で駆け、ハイトさんの後を追えば、セファリシア様を横抱きにしながら、地面に両膝をつくハイトさんの姿が。
「ゴフッ」
急いで様子を見てみれば、軽く吐血しているいるものの、傷口が開いた様子は無さそうなので、少し安堵の息を吐きつつ、全力疾走で乱れた呼吸を整える。
「はぁはぁ、ハイトさん、意識が戻ったばかりだというのに、無理しすぎですよ! 竜王の癒し!」
おそらく、体の内側の傷が開いたのだろう、と判断し、折ったであろう左腕を吊っているセファリシア様も含めて、最上級の回復祈術を施す。
もしかすると過剰かもしれないけれど、足りないよりはいい。
「タラタラしてたら、間に合わなかったんだよ……」
「それでも、ですよ! さっきまで死にかけてたんですからね!」
「そんじゃ、改めて後は任せた。俺はもうホントに動けん」
無茶をした自覚があるのか、ハイトさんはばつが悪そうに私の叱責を受け取ると、観念したように仰向けに寝転がった。
あまり清潔な場所とは言えないけれど、変にうろうろされるよりはいいだろうと思う。
「はい、大人しくしてて下さい。それ以上血を流したら冗談抜きで死にますよ?」
さすがに、指の一本も動かせない、といった様子なので、余計な事はしないと信じたいけれど、そこはハイトさんだからなあ、という不安もある。
まあ、そこは私が守れば問題無い、という事にしておこう。
まだカナエさんやジェーンさんたちには及ばないけれど、ほとんど毎日のように怪物級の猛者たちに揉まれているのだ。
魔物如きに遅れなど、取っていられない。
「傷は回復してるでしょうけど、セファリシア様も大人しくしていて下さい。私がお守りしますから」
今の今まで、休息を取ってはいただろうけど、ずっと戦場に立ち続けていたのだ。
間違い無く、肉体的にも精神的にも疲労が濃いはず。
そう思って、休んでいるように声をかければ、彼女は無言で頷く。
さて、あとは魔物たちを2人の元へ通さないよう、私がお守りをしないと。
周辺に散った他の仲間たちが、魔物を片っ端から駆逐しているだろうし、私ははぐれを狩る程度で済むだろう。
◆――――――――――◇
「……あー、今回は何日安静にしないといけねえのかね」
周辺と近場で、みんなが戦う音が聞こえてくる中、俺は仰向けで寝転がり、身体が動かないなりに考えていた。
意識を取り戻した時、想像以上に身体の具合が良かったのだ。
とはいえ、全身を苛む痛みはあるし、オルフェさんが言っていたように、傷口は塞がってても傷そのものは治っていない。
日常生活を送るくらいは可能なんだろうが、鍛錬なんかはしばらく休まないといけないだろう。
「連なる雷槍!」
近場にいるオルフェさんが攻撃祈術を使ったのだろう。
電気がバチバチと弾ける音が連続で聞こえた。
まあ、相手が上位種込みのオーガの群れだとして、カナエとジェーンの2人なら、対魔物においては心配無い。
特にカナエにとっては、フィジカルでゴリ押ししようとする魔物なぞカモみたいなものだろうし。
「くたばれぇ! 筋肉魔物め!」
あ、オルフェさんがハイになっておられる。
普段はなるだけ敬語で丁寧に接しようとしてるけど、感情が昂ぶると時々素が出るよね。
まあ、貧民街育ちと言っていたので、その辺りは納得しかないが。
「定期的に聞こえる地響きは……まあカナエだろうな」
大体数分に1回くらい、地震のような揺れが起こる。
そんなトンデモ威力の攻撃を素で出せるのは、ストロングフィジカルモンスターのカナエしかいない。
大方、振り下ろしの攻撃を敵に叩き付けているのだろう。
彼女の獲物からして、横振りで薙ぐよりも、振り下ろした方が重力加速も相まって威力は高い。
そして、魔物が相手で特に素材や討伐証明が、という手加減がいらない状況となれば。
元気良く全力で大暴れしているのは想像に難くないな。
「ハハ……あれだけいたはずのオーガの大群が、蹂躙されているな。私でも、一部分の侵攻を止めるので精一杯だったというのに」
乾いた声で、引き攣った笑みを浮かべているセファリシア嬢を見て、これが普通の人の反応なんだろうな、と思う。
俺はもう、リベルヤ家のトチ狂った戦力に慣れたから、そんな感じ方をしないのだ。
「まあ、左腕を負傷してたみたいだし、全力出せる状況じゃないのに、何日も戦線を支えたんだ。もうちょっとだけ自分を誇ってもいいんじゃないか?」
何となく、自責の念に駆られているんじゃないかな、という予測の元、セファリシア嬢に声をかけてみれば、近くでビクリと肩を跳ねさせるような気配を感じた。
生憎と、仰向けに寝転がったままだし、様子は見えないのだが。
「一時的とはいえ総指揮官になって、兵士たちの命を背負う事になったから、自分を責めたくなるのも無理は無いと思うけどな。でも、敵の規模を考えれば、ほぼ最善手を打ったと言っていい。精鋭が殆ど死ぬ事になったのは痛手ではあるけど、それで王都を守り切ったんだ。賞賛されこそすれど、責められる云われは無いさ」
慰めになっているかはわからないが、セファリシア嬢に声をかけて、戦闘音をBGMにしつつ、徐々に意識を薄れさせていくのだった……。




