ワケあり7人目㉗
少し時間が遡ります。
視点はオルフェです。
今回もキリのいい所まで書いたら長くなっちゃいました……。
次回もオルフェ視点になります。
「みんな、当主命令だ。今から王都に向かって、側妃様と協力の上、王都の住民を逃がしてくれ。俺は、タッキンズ伯爵たちと協力して、あの怪物の足止めをする」
ハイトさんがタイラン侯爵との一騎打ちで、彼を圧倒していたら、何かが起こってとんでもない怪物が誕生。
咄嗟にハイトさんが魔術で私たちを守ってくれたので、大事には至らなかったけれど、タイラン侯爵軍は、1人残さず怪物の胃の中へ納まった。
とんでもない相手なのは、私たちの誰もが理解していた。
どう連携してあの怪物を相手しようか、なんて考えていたら、ハイトさんからの命令に、奴隷契約を施されている私たちには、その行動が強制されてしまう。
けれど、誰もがその強制力に抗っている。
「主様っ! なんで……」
フリスさんが悲鳴を上げるように叫ぶ。
彼女がハイトさんに仕えるようになったきっかけを考えれば、相当な仕打ちだと思う。
それでも、身体は言う事を聞いてくれない。
「命令だ。王都に戻れ」
そんな私たちの反応を見て、ハイトさんは命令をもう一つ重ねた。
2回の命令権の行使により、私たちの身体は自分の意志とは裏腹に、王都へ戻るよう強制されてしまう。
「あの野郎……ぜってえ後でシメる!」
命令による強制で、馬車の御者を務めつつも、悔しそうにジェーンさんが呟く。
この馬車に同乗しているみんなは、総じて似たような反応をしている。
「主様……私は、そんなに頼りないでしょうか……」
ただ1人、涙を流しているのはフリスさんだ。
実力は相当なはずの彼女からすれば、こういった有事の際に遠ざけられるのは、影としての自分の存在を否定されるようなものだし、辛いだろう。
「大丈夫。きっとシャルロットが何か手を打ってる」
そんなフリスさんを慰めているのは、意外にもカナエさんだ。
普段は寡黙で物静かな彼女が、食事以外で自発的に動くのは珍しい。
「……そういえば、セファリシア様は?」
周囲のみんなが諸々と取り乱したり怒ったりしていたので、相対的に冷静だった私は、馬車内に1人足りない事に気付く。
私の言葉を聞いて、そういえば、とみんなも周囲を見回すも、彼女の姿は馬車内には無い。
「きっと、シャルロットが何か仕込んだ。だから、私たちは命令をこなしたら、すぐに戻ればいい」
何かの確信を持っているのか、カナエさんはどっしりと構えていた。
この中では、ハイトさんの部下として最古参なだけに、リベルヤ家の事を良くわかっている、という事だろう。
「……急ぐぞ」
カナエさんの言葉に納得が行ったのか、先ほどの怒りを引っ込めて、ジェーンさんが馬車を引く馬たちに鞭を入れ、加速させる。
ここから王都まで、およそ1日程度。
飛ばしたとしても、王都に着くのは日が暮れてからになる。
とりあえずは、王都の屋敷に戻ってからシャルロットさんの指示に従う事になるかな?
…
……
………
「お帰りなさいませ、皆さん」
王都に入り、屋敷に到着したのは、深夜に近い夜。
普段ならとっくに眠っている時間だというのに、シャルロットさんは私たちを待っていたかのように、正門の所で待っていました。
「おい、とっとと次の方針を教えろ」
「ジェーンさん、落ち着いて下さい。焦ってもしょうがないですから」
シャルロットさんの姿を見るなり、ジェーンさんは御者台から飛び降り、シャルロットさんの胸倉を掴まんばかりに詰め寄ったので、私は慌てて彼女を宥める。
どうにも、血の気が多くて気が早いのは短所だと思う。
「あまり当たってほしくない予想でしたが、当たってしまいましたね……」
猛るジェーンさんや、目を赤く腫らしたフリスさんを見て、シャルロットさんは大きく溜め息を一つ。
口ぶりからすると、この状況を予測していたようですが。
「最低限の首輪は付けましたから、最速で行けば間に合うでしょう。オルフェさん、ハイトさんに再度合流しましたら、この薬を飲ませて下さい」
いきなり自分に話を振られて、僅かに困惑するものの、私はシャルロットさんから手渡された薬瓶を見て、顔をしかめる。
薬瓶の中身は、薬というにはあまりにも毒々しい、黒紫色。
毒薬と言われた方がまだ納得できるくらいだ。
「飲ませるだけでいいんですか?」
「はい。以前に最も重かったハイトさんの症状を、奇異の魔術師さんに聞いてから、王城の知識と技術力を駆使して作ってもらった、専用の薬ですから。効果は高いはずです。この薬さえ飲ませれば、以前のように回復の術を弾くような事はありません。本当はもっと早めに確保しておきたかったんですが、開発が間に合って良かったです」
話を聞いてみれば、間違い無く、かなり前からこの薬を手配していた事になる。
学の無い私では、その行為がどれだけ大変で、どれだけの苦労、費用、手間をかけたのか、詳細を知る事は叶わないけれど、シャルロットさんがずっと先を見越して、薬を準備してきたという事だけは理解できた。
「わかりました。お役目、全うしますね」
王城に医務官として勉強に行くようになってから、私の治療技術と知識は、飛躍的に増えた。
祈術を用いても用いなくとも、大抵の処置は可能になったと思う。
本当は、ハイトさん専用の薬なんかも私が作れるようになれればいいのだけど、今はまだ、そこまでをやるには学が足りない。
今回の件が片付いたら、もっともっと知識と技術を付けないと。
「恐らく、向こうに戻れば、すぐに魔物の殲滅戦になると思います。皆さんはそのつもりで準備を」
「わかった。他に伝えておきたい事はある?」
細かい個別指示があったのは私だけのようで、他のみんなには、魔物相手に暴れてこい、という簡単な指示のみ。
それ聞いたカナエさんが代表して他に何かをあるかを聞けば、彼女は小さく首を振る。
「いえ、大丈夫です。ハイトさんについては、帰ってきたら私の方でしっかりと当主として教育をしておきますから、皆さんは今回の鬱憤を魔物にぶつけてきて下さい」
それから、彼女が浮かべた笑みは、見た目はそれはもう、美しくて貴族の子女らしい可愛さで、異性でなくとも見惚れてしまうようなものなのに、その背後には絶対零度の冷気が吹き荒れているような、そんな悪寒が漂っていました。
絶対零度の微笑、とでも言えばいいでしょうか。
彼女の微笑みが発する圧に、あのジェーンさんですら、少し腰が引けています。
自業自得だとは思いますが、この後のハイトさんの運命を考えると……ご愁傷様です、としか言えない。
「……おし、行くぞ」
この場に長く留まらない方がいい、と判断したのか、ジェーンさんが音頭を取って、私たちはすごすごと馬車に乗り込みました。
ちなみに、私たちが話している間に、屋敷の使用人の皆さんが、馬車の馬を換えてくれたので、また全力で飛ばしても大丈夫でしょう。
そんなわけで、私たちはすぐに屋敷から取って返したのでした。
…
……
………
「あれは、味方の軍じゃないか?」
殆ど寝ずに早駆けを続け、翌日の午前中くらいには、砦付近には到達したでしょうか。
すると、外に王都へと向かう兵士たちの一団を見つけ、事情や状況を聞く事にしたのでした。
私たちがリベルヤ子爵家の者というのは知れ渡っているようで、すぐに状況や兵士たちの動きを知れたのと、ちょうど負傷したハイトさんとアーミル侯爵を含む重傷者を移送していたので、私はすぐに負傷者込みで治療すると言って、負傷者たちの所へ向かう。
「これは酷いですね……ですが、このくらいなら、どうとでもなります。竜神の癒し!」
祈りへと魔力を込め、最上級の範囲回復の祈術を行使する。
魔力消費こそ大きいものの、死んでさえいなければ、すぐに安定域にまで回復させられる程度には、強力な回復の祈術。
さすがに欠損部位を蘇らせる事はできないけれど、命を繋ぐ事はできる。
「あんなに酷かった傷が……」
「奇跡だ! 奇跡の聖女様だ!」
多くの重傷者たちが、私の祈術で回復し、奇跡だなんだと騒ぎ立てたけれど、私は貧民出身のしがない祈術師でしかない。
王城での学びによって、多くの人を救えたのだから、その事には胸を張れるけれど。
「意識の無い重傷者たちも、傷が治って呼吸が安定したぞ!」
「アーミル侯爵の怪我も酷かったのに、傷跡一つないぞ!」
衛生兵の方々も、諸手を上げて喜んでいる。
けれど、そんな中で、症状の改善されない人が1人だけいた。
「リベルヤ子爵だけ、怪我が治ってないぞ……」
「どうしてだ? あんなにすごい祈術だったのに……」
ハイトさんを見ていた衛生兵の方々だけ、がっくりと肩を落としているけれど、それはしょうがない事だ。
なぜなら、専門の治療が必要だから。
「ハイトさんはこちらで引き取ります。専門の治療が必要ですので。ちなみに、今までどういった治療をされていましたか?」
これから私の方で治療をするけれど、今までの治療状況は確認しておく必要がある。
それによっては、必要な行程が増えるかもしれない。
「内外を問わず、全身からの出血がありましたので、出血を止める薬を投与し、可能な限り止血を行いました。今はどの傷も微量の出血に留まっていますが、そろそろ相当な出血量をしております。このままでは、王都までは保たないかと」
「なるほど、状況は把握しました。それでは、カナエさん、お願いします」
あまり特殊な薬を飲ませる所は見せない方がいいかと考え、一緒についてきてもらったカナエさんと2人で、ハイトさんを運ぶ担架を引き取り、協力して馬車の方へ。
担架ごと、一度馬車の座席へとハイトさんを寝かせておく。
「ああ、主様、こんなにボロボロになって……」
全身の包帯に血が滲んだハイトさんを見て、フリスさんがまたボロボロと泣き出す。
なんだか、彼女の情緒が不安定になっている気がするけれど、それは後でハイトさんに尻拭いしてもらう事にしよう。
どの道、今は私がハイトさんを治療しないといけない。
「はいはい、とりあえず落ち着け。今、オルフェが治療するからなー」
小さい子をあやすようにして、ジェーンさんがフリスさんを引っ張って行ってくれたので、私は治療に専念できる。
ハイトさん、今治療しますからね。
「手伝いは?」
「問題ありません。お任せ下さい」
一緒にハイトさんを連れてきたカナエさんから、手伝いはいるかと聞かれたけれど、薬を飲ませたら祈術をかけるだけなので、手伝いという手伝いは必要ない。
意識を失っているハイトさんの口を開け、吞み込みやすいよう、身体の角度を調節して、シャルロットさんから預かった薬をハイトさんの口に入れる。
思ったよりもドロリとした質感の液体は、一口で飲み切れるくらい少ない量だったけれど、口を閉じてみれば、ハイトさんの喉が幾度か動く。
喉が動かなくなるのを確認してから、再度ハイトさんの口を開いてみれば、薬はもう残っていない。
しっかりと飲み干してくれたようだ。
「……顔色が、良くなった」
薬を飲ませて数分。
若干青ざめていたハイトさんの血色が良くなった。
薬が効いてきたのだろう。
「竜神の癒し」
再度、最上級の回復祈術を発動する。
短時間に最上級祈術を連続使用した事で、ごっそりと魔力が減ったけれど、ハイトさんが回復するのなら何の問題も無い。
試しに、首元の包帯を少し解いてみれば、出血していたであろう部分が見受けられたが、血は止まっていて、傷口がしっかりと塞がっているのが見えた。
「ふう、これで大丈夫ですね」
無事、危険な状況を乗り切る事ができて、ホッと一息。
あとは砦の方へ向かい、魔物の殲滅戦に移行するだけですね。
ハイトさんの出血が落ち着いた事もあって、私たちは邪魔な担架を馬車から降ろし、再度砦へ向けて出発するのでした。




