ワケあり7人目㉖
誤字報告、毎度の事ながらありがとうございます!
該当部分は修正済みです。
キリのいい所までちょっとかかったので、今回はいつもより長めです。
「……被害状況は?」
自己強化が切れる前に退却し、少しの間兵士たちに前線を任せて休憩に入ったついでに、近くの兵士に状況を訪ねてみた。
前線にいると直接入手できる情報もあるが、そうでないものもある。
味方の被害状況なんかは完全に後者だ。
「軽傷者は100数名、重傷者は50名程度です。うち、王都へ移送したのは20名で、死者はおよそ30名といった所でしょうか」
およそ150名の負傷者と、30名の死者。
敵の規模を考えれば、被害はかなり少ない方だろう。
とはいえ、現状もまだ戦闘は継続中だし、現在進行形で被害は増えているはず。
前線は私が抜けた影響で、かなり圧力も高まっているはずだし、悠長にしてはいられないのだが、私も不眠不休では戦えない。
状況を把握してから、僅かばかりの仮眠に入る。
「セファリシア様!」
どれくらいの時間、微睡んでいただろうか。
それほど長い時間は経っていないはずだが、私を呼ぶ声を聞いて、すぐに意識を覚醒させた。
目覚めてみれば、目の前には片膝を付いて私を見るアージュン卿。
軽い負傷はあるようだが、継戦に問題は無さそうだ。
「何かあったか?」
「は。オーガの下位種はおおよそ討伐されましたが、上位種たちが一気に増えました。ハイオーガを先頭に、後方からオーガメイジの魔術が飛んできておりますので、一般兵士には手に負えない状況になりつつあります」
アージュン卿の報告を聞き、私は思わず舌打ちを漏らしてしまう。
侯爵令嬢にあるまじき行為だが、想像以上に状況が悪い。
ただでさえ、通常のオーガに兵士を複数当てないと太刀打ちできなかったのだ。
もはや、通常の兵士たちでは肉壁となる以外の用途が無い状態である。
決断をするのに、時間はいらなかった。
「精鋭以外を王都に向かわせる。どの道、戦力の足りぬ者を戦場に置いてもやつらの食料を供給するようなものだ。砦も放棄せざるを得ないだろう。後退しながら、可能な限りの遅滞戦闘をするしかあるまい」
後退しながら遅滞戦闘をするという事は、最終的には王都へ敵を招く事になってしまうが、背に腹は代えられない。
それに、王都なら砦とは比べ物にならない頑丈な外壁に、兵器が多く配備されているので、守るにしても王都の方が都合がいいのだ。
先行させる一般兵たちに王都での防衛戦を準備させておけば、時間稼ぎをしながら王都に戻った精鋭部隊も、すぐに防衛に加われる。
「かしこまりました。それでは、セファリシア様も王都に……」
アージュン卿が言い切る前に、私は足音荒く立ち上がる。
確かに私は総指揮官だが、代理でしかない。
仮に私が戦死したとしても、まだ父上は存命だ。
王都に移送できれば、すぐにでも戦線復帰するだろう。
であれば、それまでの間を繋ぐのが私の仕事である。
「今のは聞かなかった事にしておく。左腕を負傷しているとはいえ、前線を支えるには私の力が不可欠なはずだ」
アージュン卿の返事を聞かずに、私はすぐに戦場へと舞い戻る。
前線に戻ってみれば、ほんの僅かな時間で味方の被害は大きく拡大し、多くの兵士たちが命を落としているのが目に入った。
命を落とした兵たちは例外なくオーガたちの胃に収められており、中には現在進行形で貪り食われている兵士の姿も。
既に命を落としているとわかっていても、私は駆け出さずにはいられなかった。
「龍神の加護」
駆けつつ即座に自己強化の祈術を使用。
出し惜しみしていられるほど、生易しい相手ではない。
強化された身体能力でもって、兵士たちの頭上を飛び越え、オーガたちの頭上まで一足で跳ぶ。
「落雷の一撃!」
剣に雷を纏わせつつ、落下の勢いを乗せ、真下へと叩きつける祈戦技により、ハイオーガの先頭集団を蹴散らす。
魔術と戦技を絡めた魔戦技の祈術版、祈戦技。
魔力消費こそ多いものの、その威力は通常の戦技を遥かに上回る。
現に、上位種であるハイオーガたちを余波も込みで一撃にて葬った。
乱発はできないが、出し惜しんで被害を増やすわけにもいかない。
「セファリシア様!」
「私が前線を一時的に引き受ける! 今のうちに体勢を立て直せ!」
私が参戦した事により、兵士たちの士気が向上。
かなり崩れていた兵士たちは、少し遅れてきたアージュン卿の指揮もあり、すぐに体勢を立て直し、そのまま王都へと移動する者と居残って遅滞戦闘を担当する者に分かれて行動を開始した。
よし、どうにか持ち直したな。
ハイオーガたちが相手でも、最上級の自己強化を施した今なら、一撃で斬れる。
「くっ、数打ちの武器では耐え切れんか」
ハイオーガ相手に大立ち回りをするうち、右手の剣が半ばから折れてしまった。
向上した私の身体能力に加え、先ほどの祈戦技による負荷により限界を迎えたのだろう。
とはいえ、その命を散らした兵士たちの武器が近場にたくさんある。
彼らの遺志が、私をまだ戦わせてくれる。
邪魔になるハイオーガを蹴り飛ばし、手近に転がっていた剣を手に取り、戦闘を続行していく。
…
……
………
「ハァ……ハァ……そろそろ、頃合いか」
幾本もの剣や槍を折り、そろそろ手元に武器が無くなりそうになってきた辺りで、何度目かの自己強化も切れかかってきたので、私は後退する事にした。
時間は相当稼いだはずなので、先行して王都に向かった部隊は無事に危険域を抜けた事だろう。
そう思って、私は背後を振り返る。
「……はは、もう、手遅れだったか」
思わず乾いた声が上がり、ドッと身体に疲労感が圧し掛かった。
この疲労感は、自己強化が切れた事によるものではない。
前方しか見る余裕が無かったとはいえ、後方を見た私の精神を折るには、その光景は充分すぎた。
後方で燃え上がる砦。
そこかしこで貪られる兵士たち。
その中には、アージュン卿の姿もあった。
既に事切れているのだろう。
腕を貪り食われていても、身体を動かしすらしない。
私が前線で暴れているうちに、後方を包囲されていたのだろう。
幸いなのは、先に王都へ送った兵士たちに砦の人員を引き上げさせていた事だろうか。
「……まあ、ここまでやれたのなら、希望は繋いだと言えるか」
背後から迫る足音。
間違いなく、オーガたちのものだ。
勝利の雄叫びのような咆哮を上げ、足音が近付いてくる。
ああ、私はこれからオーガたちの慰み者にされ、やがては貪り食われるのだろう。
限界まで抵抗したとて、その未来は変わらない。
であれば、もう楽になってもいいだろうか。
半ばから折れた剣で、自らの首を切ろうと持ち上げるが、その手が異様に重たい。
ああ、まだ死にたくなかったな。
人並みに家庭を持てるとは思っていなかったが、高位貴族としての役割は最低限こなせるよう、教育も受けてきたし、自己鍛錬も頑張った。
けれどそれも、この場で死しては叶わない。
持ち上げかけた右腕が、力強い何かに掴まれる。
その力で、私はいとも簡単に宙吊りにされてしまう。
痛い。
折られてはいないが、間違いなく痣にはなるだろう力。
片腕でそんな力を出せる怪物など、この場にオーガ以外いないわけで。
ああ、自害する事すら許されないのか。
全てを諦め、私は両目を閉じた。
「その薄汚い手を放せ、魔物野郎が」
この場に聞こえるはずの無い、若く凛々しい声。
そんなはずはない、と自分に言い聞かせるが、その直後には雷鳴の如き轟音と共に、私は空中に投げ出された。
そのまま受け身も取れずに地面に落ちるかと思えば、力強く、それでいて優しい何かに身体を支えられる。
いわゆる、お姫様抱っこ状態なのだが、現実感が得られず、恐る恐る閉じていた両目を開いてみれば、そこには優しい顔で微笑むリベルヤ子爵の姿が。
全身の包帯に血が滲んでおり、痛々しい姿ではあったが、間違い無く、彼本人であった。
「ゴフッ」
かと思えば、子爵は吐血し、彼の血が私へと零れる。
「悪い、締まらないよな、こんなんじゃ。けど、もう心配いらない。この程度の魔物なんぞ、うちの戦力なら、どうとでもなる」
子爵が崩れ落ちるように両膝を屈したものの、横抱きに抱えた私の事は落とさずにいてくれた。
直後、四方八方から戦闘音が起こる。
遅れて理解する。
この場に、リベルヤ子爵家の戦力が来ているのだと。
「はぁはぁ、ハイトさん、意識が戻ったばかりだというのに、無理しすぎですよ! 竜王の癒し!」
子爵に僅かに遅れ、駆け足で追い付いてきたのだろう。
息を切らしながら、オルフェ殿がこちらへと駆け寄り、即座に回復祈術をかけてくれる。
みるみると身体に負ったダメージが回復し、折れていた左腕すらも完全に回復してしまう。
やはり、彼女の祈術は相当なものだ。
「タラタラしてたら、間に合わなかったんだよ……」
「それでも、ですよ! さっきまで死にかけてたんですからね!」
オルフェ殿に叱られているリベルヤ子爵を見て、私はようやく、自分が生き残ったのだと自覚する事ができた。
「そんじゃ、改めて後は任せた。俺はもうホントに動けん」
「はい、大人しくしてて下さい。それ以上血を流したら冗談抜きで死にますよ?」
リベルヤ子爵は私をそっと地面に降ろすと、そのまま仰向けに寝転がった。
もう指の一本も動かせない、といった様子だ。
「傷は回復してるでしょうけど、セファリシア様も大人しくしていて下さい。私がお守りしますから」
そう言って、オルフェ殿は右手の厳つい得物を片手で振り、ハイオーガ数体を纏めて屠る。
周辺で他の子爵家戦力が戦っているのか、散発的な攻撃だったが、その一匹たりとも通さんと、彼女は私たちの前に立ちはだかるのだった。
「ありがとう。リベルヤ子爵。私は、またあなたに救われたのだな」
私の近くに仰向けで横たわる彼に、礼を述べれば、その表情をくしゃりと緩ませる。
「間に合って良かったよ。最も、この状況を間に合ったと言っていいのかはわからないけどな」
「間に合ったさ。少なくとも、私は助かった」
「……そうだな」
困ったような笑みを浮かべる彼を見て、私の心は状況にそぐわず高鳴った。
ああ、こんな事を考えている場合ではないというのに。
私という女は、自分で思っていた以上に、乙女だったのだな。
お察しの通り、セファリシア嬢がオチました。




