ワケあり7人目㉔
筆が載ったので2回目の更新です。
「伝令! この砦に向けて、東から魔物の大群が進行中です! その数はおよそ50万! 現在、アージュン卿を中心に、防衛網を構築中です! 接敵予測時間は、明日の昼頃です!」
空に夜の帳が降り始めた頃。
指揮所にもたらされた伝令は、この場の全員に極度の緊張を与えるには充分すぎた。
現状では、タイラン侯爵軍から離反した兵を含めて、13万と少しの兵力があるとはいえ、50万という数字はかなり厳しい。
今から王都に増援の伝令を飛ばしたとして、掻き集めた増援を回せても恐らくは2万程度。
20万にも満たない軍勢で50万の魔物を相手取るというのは、なかなかに無理がある。
とはいえ、魔物の構成次第な所もあるか。
魔狼や緑餓鬼程度の低級な魔物であれば、数が多くても対策のしようはあるし、冒険者ギルドに緊急依頼を出せるから、ある程度の戦力補強も見込めるな。
「魔物はどんなものがいた? 把握できている範囲でいい」
低級な魔物が多めであってくれれば、比較的被害を減らせるだろう、と半ば願いに近い願望を籠めて聞いてみれば、伝令を担った兵士はその表情を曇らせた。
その反応からして、かなり状況が悪いというのが察せられてしまい、指揮所内に重い空気が漂う。
「……全貌は把握できておりませんが、オーガを先兵とし、その後ろにはオーガジェネラルやオーガマジシャンが確認されております」
重い口から告げられた事実は、我々を諦めの境地に立たせるには充分だった。
オーガ1体でも、B級冒険者相当。
少なくとも、兵士5人くらいでかからなければ戦いにならないだろう。
そんな魔物が雑兵で、その上位種が控えている、と。
確認できていないとの事だが、恐らくはオーガキングも確実にいるだろうし、仮に王都のS級冒険者2人が応援に来たとしても、厳しい戦いになると理解できてしまう程度には、圧倒的な戦力差。
そもそも、50万ものオーガの軍勢が、今まで潜伏していたなどとは考えられない、という話ではあるが、今は原因を論じている場合ではない。
この事態をいかに収拾するかだ。
「まずは王都に救援要請と、冒険者ギルドに緊急依頼を。可能なら、S級2人にも来てもらう必要がある。タッキンズ伯爵、伝令を頼まれてくれるか?」
迅速に行動を起こさなければ、応手は間に合わない。
強い冒険者パーティーならば、一般の兵士よりもよほど強いだろうが、それでも継戦力には限度がある。
リベルヤ子爵家の戦力があれば、まだどうにかなったかもしれない。
そんな甘えを思考から追い出し、状況をいかにして打開するかを考えねば。
「はっ、可能な限りの援軍を連れて戻ります」
伝令を命じたタッキンズ伯爵は、頼もしい返事と共に、すぐ出立していった。
伝令役にタッキンズ伯爵を抜擢した理由については、各折衝においてはそれなりに爵位があった方がは話が進みやすいからだ。
何よりも準備の初動が明暗を分けるだろう状況において、この場で最大の爵位を持つ彼に伝令を任せる他無い。
「我々は魔物の襲撃に備え、防御を厚くするぞ。この砦を抜かれれば、王都の民たちが危険に晒される。どうにかここで押し留めなくてはならない。すぐに取り掛かってくれ。私も可能な限り手伝おう」
残る面々を見渡し、すぐに準備にかかるよう指示を出せば、指揮所に集まった面々は応、と威勢のいい返事をして、方々に散っていく。
私も、左腕は使い物にならないとはいえ、働かないわけにはいかない。
右腕だけで手伝える準備を手伝いながら、この後の襲撃について思いを馳せる。
我々は時間稼ぎの死兵にならざるを得ない。
指揮所にいた面々は、それがわかっているだろうに、そんな事はおくびにも出さず、精力的に準備に取り組んでいるのだが、私のような凡人には皆を救うような策は見出せなかった。
ならばせめて、可能な限り馬車馬の如く働くとしようではないか。
…
……
………
「……昼頃には、オーガの大群が来る。これが最後の食事になるのやもしれんな」
夜通しで迎撃準備を進め、夜が明ける少し前くらいから交代で僅かな仮眠を取り、最後になるかもしれない食事を摂る。
といっても、干し肉と僅かばかりのチーズに乾燥させた木の実、といった簡素な保存食だ。
食事は身体を動かす上で必要なものだが、食べ過ぎても動きを阻害してしまう。
私は、およそ14万の兵士たちの命を握っている。
あまりの重責に、逃げ出してしまいたいが、指揮官を失った軍など即座に瓦解してしまうだろうな。
可能性があるとすれば、耐えた先にリベルヤ子爵が目を覚ましてくれる事だが、負傷具合を考えればあり得ないと言っていい。
「諸君! これから我々は死地へと挑む! 命の保証はどこにも無い! 逃げても責めはしない! だが! 守るべき家族が王都にいる者は、1人でも多く残ってほしい! 僅かでも可能性を未来に繋げるために、私と共に死んでくれ!」
どの道、隠した所で敵の圧倒的な数は、接敵時に嫌でもわかってしまうのだ。
であれば、兵士たちの精神に訴えかけるしかない。
無い頭で捻り出した演説は、接敵前の緊張が高まるタイミングの兵士たちに、火を付ける事にできるだろうか。
食事を終えた途端に、こんな演説をしなければならない、不甲斐ない指揮官で申し訳ないが、一瞬でも多くの時を稼がねばならん。
せめて、私自身が先頭に立って戦わねば。
そんな覚悟を決めて、右手の剣を天に掲げれば、兵士たちからは怒号のような歓声が返ってきた。
最低限、兵士たちの士気を上げる事には成功しただろうか。
「王都で待つ子供たちがいるんだ! せめて逃げる時間くらいは稼いでやらぁ!」
「そうだ! 兵士の意地ってモンを見せてやれ!」
ひとたび火が点けば、それは燃え広がるようにして、軍全体へと波及していく。
とりあえず、士気は心配いらない、か?
鼓舞による士気の上昇が全軍に行き渡った辺りで、地平線にオーガの群れが姿を現す。
棍棒や剣で武装したオーガたちに、誰かが生唾を飲み込むような音がした。
「私に続け! オーガ如きに王都の土を踏ませてなるものか!」
抜いた剣を握ったまま、私は先頭に躍り出て、突撃していく。
左腕が使えずとも、右腕が無事なら、剣は振れる。
剣が振れるのなら、ダメージは与えられる。
ダメージを与えられるのなら、相手が死ぬまで繰り返せば、敵を殺せる。
陣地で守る役割も必要だが、ある程度は前で敵に当たる役も必要だ。
先頭のオーガに肉薄し、右手の剣を振るう。
硬い感触だが、手傷は与えられた。
万全の状態なら、ほぼ致命傷までもっていけたかもしれないが、今の万全でない状態では、攻撃を重ねる必要がある。
斬られたオーガに怒りの咆哮を上げさせる間を与えず、斬撃を重ねていく。
3回目の攻撃で、ようやく先頭のオーガを倒す事ができた。
周囲では、兵士たちとオーガたちが剣戟を繰り広げている。
今はまだ、先頭集団だけの小競り合いだが、そう時間を置かずに乱戦となるだろう。
いかんせん、数の差がありすぎるのだ。
「止められるものなら、私を止めてみせろ!」
大きな声を上げ、周囲のオーガの注意を惹きながら、次のオーガを2撃で屠る。
ほぼ間違い無く、私はここで死ぬ。
だが、一匹でも多く道連れにする。
延長戦は、まだ始まったばかり。
自分の命が消えるまでに、より多くのオーガを屠ってやろう。
あわよくば、全滅させてやる。
そんな気概でもって、私は縦横に剣を振るうのだった。




