ワケあり7人目㉒
今回もセファリシア視点です。
多分あと数回はセファリシア視点になります。
「衛生兵! 重傷者2名! 即座に対応せよ!」
父が倒れ、リベルヤ子爵も倒れた今、この場で軍の指揮を取れる者はいない。
ゆえに、私は声を張り上げ、軍を動かす事を選んだ。
どのみち、1人ではどうにもならない状態であるが。
まだ混乱や戸惑いのあった軍も、私が大きく声を張り上げた事で、それに反応するように動き出した。
「父上! リベルヤ子爵! しっかりするんだ!」
改めて気合いを入れ直し、私は倒れた2人の側へと移動。
父もそうだが、リベルヤ子爵の出血が酷い。
だが、左腕が動かない現状では応急処置もままならないな。
せめて、いくらかの止血くらいはしておかねば。
「湧き上がる生命」
あまり等級の高いものではないが、回復力を高める祈術を2人へと施す。
オルフェ殿がここにいてくれれば、と考えてしまうが、無いものねだりをしても仕方がない。
今あるもので処置をしなければならないのだ。
「……ゲフッ……リシア……」
口から血を吐きながらも、うつ伏せに倒れていた父が顔を上げた。
顔色は白く、相当に出血が多い事は容易に理解できる。
「父上、傷が開きます。どうか安静に」
「……一時的に……軍の指揮権を……移譲する……この状況……対応して見せろ……」
「父上っ!」
私に軍の指揮権を預ける、と言い残して、父は再び意識を失ったようだ。
焦って父の脈を取ってみれば、まだ力強さが残っている。
予断を許さない状況ではあるものの、今すぐにどうこう、というわけではないらしい。
「セファリシア様!」
不意にかかった声の方向を見れば、軍の方から何人かがこちらに向かってくるのが見えた。
1人は見覚えのある父の側近だ。
当然、私も面識があるので、彼がいれば話が早いな。
「アージュン卿、父上より私が一時的に指揮権を預かった。これから状況が落ち着くか、父上が復帰するまでは私の指示に従うように」
「はっ、御意に」
軍内での地位も高いアージュン卿に指揮権の移譲を伝えれば、彼は即座に略式ながらも臣下の礼を取る。
彼が協力してくれるのなら、最低限の動きは果たせるだろう。
「まずは父上とリベルヤ子爵の手当てを頼む。それから、周囲の巡回を手分けして行ってくれ。近くの砦にタッキンズ伯爵たちが詰めているはずだから、彼らとも協力するように」
「承りました。ですが、セファリシア様自身の手当てをされるべきかと」
アージュン卿が衛生兵の方に目線をやると、中から中年の男性が歩み出て来た。
恐らく、衛生兵の統括者だろう。
「応急処置をしますので、少々お手を拝借しますぞ」
私たちの会話を聞いていたのか、彼はすぐに私の左腕を取り、手早く添え木をして、包帯で何ヶ所かをぐっと縛る。
当然、折れた腕に力がかかるので、声を上げて涙目になりそうなくらい痛かったが、それはぐっと堪えた。
臨時とはいえ軍の指揮官となるのだ。
不甲斐ない面は見せられない。
「これでとりあえずは大丈夫でしょう。ですが、安静にせねば骨が変なくっつき方をしてしまいますので、無理はなさらぬように」
私の左腕の応急処置が終わる頃には、リベルヤ子爵と父は担架によって運び出される所だった。
衛生兵たちが互いに声を掛け合い、処置をしながら移動するようだ。
「このまま処置を継続しながら砦へ移送します。負傷者の安全を第一に」
私の応急を処置をした中年の男性は、衛生兵の一団を連れ、砦の方へと移動を開始。
それを見送りつつ、改めて周囲を見回す。
パッと見で周辺に異常は見受けられないが、何があるかわからない。
そう思い、空から状況を確認しようと翼を動かそうとした瞬間、翼と背中に激痛が走る。
「ぐっ、こっちも痛めていたか……」
恐らく、左腕を折った際に背中から地面に落ちた事で、翼も痛めていたのだろう。
幸いな事に、骨が折れているわけではないようだが、こんな状態では飛ぶ事は諦めるべきか。
「セファリシア様、ご無理をなさらぬよう先ほども言われたではありませんか」
「そうだったな。まずは砦へと移動する。軍の皆にも砦を拠点にするよう改めて通達しておいてくれ」
「はっ。それでは、護衛兵を何名か付けますので、セファリシア様は先に砦へ。私は各所に指示を伝えてから参ります」
「すまんがよろしく頼む」
アージュン卿と今後の動きを簡単に打ち合わせてから、移動を開始。
彼が付けてくれたのは、往年の騎士といった様相のベテランが3人。
直接話した事は無いが、誰も彼も父が重用している者たちなのは記憶にある。
「大きくなられましたな、セファリシア様」
「もっとも、こうして直接話すのは初めてですがな」
「亡くなった奥方の若い頃にそっくりです」
砦へと徒歩で移動する中、3人は私の緊張を和らげるように、優し気に話し掛けてくれた。
そのまま会話をしてみれば、父は軍内で相当に亡くなった母と私の話をしていたようで。
聞いているだけで顔が赤くなるくらい、私と母を溺愛していたらしい。
「……そういえば、私は亡くなった母の事をあまり知りません。何せ、私が物心付いた頃くらいに亡くなってしまったものですから。記憶にあるのは、優しくも厳しかった、というのと、亡くなった当初はたくさん父と共に泣いた、という事くらいでしょうか」
今でも思い出せるのは、凛とした母の立ち姿。
美しく、気高く、厳しく、それでいて優しかった。
子供ながら自慢の母親だったと思う。
それだけに、母が亡くなった時は父と一緒になって大泣きしたものだ。
「奥方は若い頃から女だてらに軍で活躍しておりましたからなあ」
「常勝無敗の女として、軍内では有名でした」
「彼女に土を付けられ、貴族としてのプライドをへし折られた者が果たして何人いたか。それ以上に、その美貌に惹かれて告白し、玉砕した者も数知れず、ですが」
そう語る3人の騎士たちは、懐かしい物を思い出すような表情をしていた。
当時を未だに鮮明に思い出せるのだろう。
「そんな奥方が、病に倒れたと聞いた時は驚いたものです」
「戦場においては、どんなに劣悪な環境でも体調を崩した事などありませんでしたからなあ」
「一部では鉄の乙女と呼ばれておりました」
歩きながら、私の知らない母の事を聞いていると、母が軍内で恐れられ、信頼され、尊敬されていたのが伝わってくる。
昔から、己にも他人にも厳しく、それでいてしっかりと慈しむ心もあったのだろう。
「着きましたな」
「楽しい時間もあっという間でした」
「その時があれば、また私の知らぬ母の事を聞きたいものです」
「ええ、時間があればその時はぜひ」
怪我もあって、あまり早い歩みではなかったものの、気付けば砦へと到着していた。
砦の門を潜れば、中にはタッキンズ伯爵を始めとした、貴族の面々が顔を揃えて出迎えてくれている。
「セファリシア様、無事に到着されて何よりです。アージュン卿からお話は伺っておりますゆえ、まずは身体をお休め下さい」
「気遣いはありがたく思うが、今は非常事態だ。周辺の安全を確保するまで、休む暇など無い。既に情報はいくらか集まっているだろう。すぐに精査するから、指揮所へ案内してくれ」
恐らく、身体を休めようと思えばすぐに眠る事ができるだろう。
そんな程度には疲労しているし、命に別状こそないが、負傷はなかなかのものだ。
けれど、命を賭して怪物を倒したリベルヤ子爵と父に比べれば、この程度は何でもない。
改めて気持ちを入れ替えつつ、私はタッキンズ伯爵たちと共に、砦の指揮所へと向かうのだった。




