幕間 ワケあり0.2人目
「つまんねえな。ローリスクな立ち回りばっかじゃねえか。どーせ勝てないのなんてわかりきってんだから、とっとと特攻して散ればいいのによ。オレぁ帰らせてもらうぜ。投票は不合格でよろしく」
ハイトと老練の戦鬼が模擬戦を繰り広げる最中、全武器使いは欠伸を噛み殺しながら、一人訓練場を後にした。
残る奇異の魔術師と服装の偉い男性職員――王都ギルド支部長は、そんな全武器使いを呆れた目で見送りながら、顔を見合わせる。
「……品の無い方ですねえ。堪え性もありませんし。同じS級として同列と見られたくないものです」
「ヤツは戦闘面に特化しているからな。とはいえ、ある程度の地位に置いておかないと、暴走するのも目に見えている。まあ、他にS級に足る者が増えれば、真っ先に降格させるが」
やれやれ、と王都ギルド支部長は肩を竦めた。
全武器使いはギルド側としても扱いに困る存在だが、実力だけはあるのが困り物である。
それゆえに敵に回った場合のリスクが高く、上手く懐柔するしかないのが現状だ。
とはいえ、今はこれ以上、全武器使いについて語っている意味はない、とばかりに、二人は再びハイトと老練の戦鬼の模擬戦に視線を戻す。
「改めて……どう思う?」
王都ギルド支部長に問われ、奇異の魔術師は顎に右手を添える。
「……戦闘面のセンスにおいては、完全に新人の域を越えていますね。一応手加減しているとはいえ、あの老練の戦鬼殿の槍に、正面から立ち向かっていますし。さすがに槍の内に入るのは難しいようですが、突き攻撃の躱し方にも通じているようですし、ギルバート殿のA級にすら届きうる、というお話は出まかせでもないかと」
「奇異の魔術師もそう思うか。あとは実戦を担当した老練の戦鬼次第だが、私も戦闘面の技能においては相当なものだと思う。一応、彼の身元も調べてみたが、特別戦に出た経験などがあるわけでもないようだ。まあ、ダレイス公爵家の出身のようだから、文武に優れた血筋であるのは確かだな」
「ほう、それはそれは。そういえば小耳に挟んだ事がありますね。一時期、ダレイス公爵家の子が王の目に留まるほどの才を見せたとかなんとか」
「今年の春に魔術学院の入学試験に落ちて、公爵家を追放されたようだがな。どうも、王と個人的に繋がりがあるようで、王から公爵家を追放するよう働きかけがあったらしい。それで今は、元の名も捨ててハイトと名乗っているというわけだ」
「まあ、ある意味では貴族家の末子などによくある話ではありますが。とはいえ、ここまでの才を持った人間を追放するとは、ダレイス公爵家も堕ちましたね」
二人はハイトについて、お互いの知る情報を交えつつも、模擬戦の一挙手一投足を見逃していない。
攻めあぐねるハイトに、ハイトの位置取りが絶妙で攻勢にも守勢にも傾けにくい老練の戦鬼、という構図が出来上がっており、時折どちらかが状況を動かそうとするも、どちらも的確に対処をするので膠着が動かず、人によっては手に汗握る攻防、人によっては変わり映えしない退屈な展開、といった状況だ。
全武器使いにとっては後者だったため、そそくさと帰って行った、というわけである。
「まあ、色々と黒い噂もある。少なくとも、今代の当主か次の当主で終わるだろうな。まあ、冒険者ギルドにとっては、全く関係のない話だが」
「むしろ、冒険者として優秀な人材を放出してくれて、礼を言うべきかもしれませんよ?」
奇異の魔術師が、冗談めかして公爵家と繋がりを持ってはどうか、と言えば、王都ギルド支部長は露骨に顔をしかめた。
「あの公爵家に擦り寄るなんて御免だな。尻の毛まで毟られてもなお足りん」
ゾッとする事を言うんじゃない、と言外に注げて、王都ギルド支部長は目を細める。
その目には、これ以上余計な事を言うんじゃない、という圧があった。
「嫌だなあ、小粋なジョークですよ。本気にしないで下さいって。ほら、そろそろ状況が動きますよ」
奇異の魔術師が言うように、戦況に大きな動きがあったのだ。
ハイトが大きく前に出て、槍の間合いの内に入ろうとしたのである。
行動そのものは、幾度も繰り返したものだが、今回はより大きく、深い位置まで入り込もうとしていた。
少なくとも、最初にやっていたように、一撃と二撃目の隙間で後退する、という行動は取れないほどに。
S級冒険者という圧倒的格上を相手に、一体何を見せてくれるのか、そんな期待を込めて、二人と残るギルド職員は模擬戦に集中していくのだった。




