ワケあり7人目⑰
「……見た目通りに大食漢ってか」
相手の出方が読み切れない以上、最大限に安全マージンを取った結果、俺たちが魔術防壁に引き籠もっている間に、タイラン侯爵軍は1人残らず怪獣に捕食されてしまった。
恐ろしい食欲であるが、何よりもその巨体から滲み出る嫌悪感から、俺は積極的に手を出そうとは思えなかったのだ。
魔物という生態系にあらず、あの怪獣が理解の埒外にいる存在であるというのは、何となく肌でわかる。
問題は、アレがこれからどう動くか。
偶発的に発生したものか、何かの意図があって生まれたのか、それを知る術は無いが、もしかすると、すぐに消滅するかもしれない。
そんな希望的観測を他所に、怪獣の触手は再び魔術防壁の上から俺たちを襲おうと試みた。
しかし、触手では魔術防壁を越えられず、今度は巨体を生かした踏み付けや、手の叩き付けでもって攻撃を加えてきたが、それをも防ぎ切る。
圧倒的な質量に、ビリビリと魔術防壁が振動するものの、最上級の魔術は伊達じゃない。
まして、バカ魔力容量の俺が維持しているのだから、破られるはずがないわけで。
今の攻撃程度なら、数日は凌げるだろう。
「……攻撃が、止んだ?」
幾度も攻撃を加え、防壁を抜けないと理解したのか、怪獣は頭の殻を閉じ、身体の向きを変え、地響きを伴いながら歩き出した。
とりあえず、一旦は凌ぎ切ったと言える。
が、そんな悠長な事を言っていられる状況でも無い。
「おいおい、あっちは王都の方角じゃないか……ったく、結局はどうにかしないといけないのかよ!」
怪獣の進路には、タッキンズ伯爵たちのいる砦と、王都がある。
このまま侵攻を許せば、どれだけの人が犠牲になるか、わかったものではない。
とはいえ、有象無象が立ち向かえる相手でもないし、どうにかしないといけないにしても、連れて行けるメンバーは限られる。
とはいえ、犠牲者無しで乗り切る自身は無い。
……覚悟を決めるしか、ないみたいだ。
「みんな、当主命令だ。今から王都に向かって、側妃様と協力の上、王都の住民を逃がしてくれ。俺は、タッキンズ伯爵たちと協力して、あの怪物の足止めをする」
魔術防壁を解除しつつ、奴隷契約の強制力を行使して、みんなに指示を出す。
俺には、家臣団のみんなを失うなんて、耐えられない。
だから、この戦場から逃がす。
俺1人なら、逃げる事も容易だし、申し訳ないが、家臣団のみんなとタッキンズ伯爵たちを天秤にかけるのなら、俺は家臣団を選ぶ。
「主様っ! なんで……」
フリスさんを始め、奴隷契約を交わしているみんなは、奴隷契約の強制力に抗いながら、俺を見ている。
申し訳ないとは思う。
けど、ここから誰かを失うなんて、無理だ。
だから、恨まれようとも、見限られようとも、みんなを逃がす。
こうして奴隷契約の強制力に抗うなんて、身体中に激痛が走っているはずなのに、みんなの忠誠が、嬉しくもあり、だからこそ、失いたくない。
「命令だ。王都に戻れ」
再度、奴隷契約の強制力をもって、全員に退去を命じた。
全員が何とか抗おうとしたものの、最終的に奴隷契約の強制力によって、馬車に乗り込み、王都へと戻っていく。
これでいい。
仮に、万が一にも俺が死んだなんて事があっても、みんなは逃げ延びられるし、きっと自分たちで未来を作っていける。
「家臣を助けて死ぬつもりか?」
ここにいるはずのない、凛とした声。
思わず顔を上げれば、そこには背中の翼で空から舞い降りてくる、セファリシア嬢の姿があった。
どうしてだ?
彼女にも、奴隷契約の強制力は働いたはず。
「実は、出発前にシャルロット様に、奴隷契約を解除して頂いていてな。彼女曰く、ハイトさんはきっと、死地に赴く事になったら絶対にみんなを逃がすだろうから、と。そこで、秘密裏に奴隷契約を解除した私をお目付け役に置いたわけだな。そうなったら、君を引き摺ってでも連れて来い、と元とはいえ公爵令嬢に命じられては、私も断れなかった」
苦笑いを浮かべつつも、俺の方に歩いてくるセファリシア嬢。
まさか、こんな所まで行動を読み切られていたとはなあ。
シャルってば、もうホントに予言者だよあんた。
「そういうワケだ。大人しく捕まってはくれないか?」
すぐにでもこちらに飛び掛かれるよう、身構えながらセファリシア嬢は徐々に距離を詰めてくる。
「それは、できない相談だな。今、あの怪物を対処できるのは俺だけだ。国の存亡がかかってるのに、国に仕える貴族である俺が、尻尾を巻くわけにはいかない」
これは、自惚れでも何でもない。
倒す事ができるのは俺だけ、とは言わないが、遅延するにしろ討伐するにしろ、バカ魔力容量に物を言わせて対応できる存在を、俺は知らないからだ。
もしかしたら、数の暴力に訴えれば、いつかは倒せるのかもしれない。
けれど、そんな事をすれば、あの触手によって捕食される兵士の被害は、相当数に上るだろう。
さすがに、今から多くの兵士を失う事になったら、王国の国力はもう、回復できない。
既にタイラン侯爵の軍7万近くが全滅しているのだ。
これ以上の被害を、許容しちゃいけない。
「……ならば、私は君について行くしかないな。あの怪物を対処できるのが君だけと言うのなら、君の側が一番安全だろう?」
「……わかった。好きにしてくれ」
どのみち、天翼族である彼女は空を飛べる。
俺が全力で振り切ろうとも、あの怪物に対処する以上は、絶対に見つかってしまう。
くそ、完全にシャルの手の平の上だな。
きっと、彼女という枷を付ける事で、俺が捨て身の行動を取りにくくしたのだろう。
実際、俺は全力で命を懸ける覚悟を決めていた。
「……ふむ、これなら使えそうだな」
彼女を逃がす事を諦めて、怪獣の後を追う途中、セファリシア嬢は貪られたタイラン侯爵軍の落とした装備を拾い、己の装備とする。
オーソドックスな直剣と、盾の王道騎士スタイルの装備だ。
以前に子爵家の訓練を見てくれた際に、彼女が多くの武器の扱いに通じているのは見たが、どうやら一番使えるのはこの組み合わせらしい。
「なに、心配せずとも自分の身くらいは何とか守るさ」
「個人的には、王都かアーミル侯爵の方に逃げてくれると助かるけどな」
彼女自身は令嬢とはいえ、相手が侯爵家という立場上、敬語を使わなければいけなかったが、もはやそんな事に気を遣っている段階ではないので、いつも通りの口調で対応している。
しかし、彼女が嫌悪感を表す事もないので、咎められないのならいいかとそのまま通す。
「……私はな、君がどのようにして、この難局を乗り切るのか、間近で見たいんだ。聞けば、他にも多くの死線を潜り抜けたという。まだ成人もしていない君の潜在能力がどれほどのものか、見極めておきたい」
将来的に国の脅威になるなら、その対策もせねばならんしな、という副音声が聞こえた気がしたが、それも間違いではないのだろう。
タイラン侯爵がいなくなった今、軍部を司るアーミル侯爵の娘ともなれば、その将来に期待を寄せられる。
政略結婚後に、妻として夫を支えるのか、はたまた女傑として現場に出るのかは不明だが、彼女は遠い未来も見据えて動いている、という事だ。
もしかすると、シャルも彼女に思う所があって、俺の枷として選出したのかもしれない。
とはいえ、俺がシャルの深謀深慮を計れるとも思えないので、このまま黙って踊るしかないんだよな。
つまり、俺はセファリシア嬢を抱えた上で、あの怪獣をどうにかせねばならない、と。
全く、とんだハードモードもあったもんだ。
そんな思いを抱きながら、俺は怪獣の後を追うのだった。




