ワケあり7人目⑯
「貴様は勝利の暁に何を望む? まあ、勝ち目など無いだろうがな」
既に勝ち誇った表情のタイラン侯爵に、俺は溜息を吐きたい気持ちを堪えた。
まあ、ワザとらしく溜息を吐いて挑発してやっても良かったんだが、そういう盤外戦術で勝つと後で文句が出そうだしな。
タイラン侯爵を討つのは当然として、後に残る兵士たちにもこちらに歯向かう気概を持たせないくらいでないといけないし。
「望むものなどない。ただ、国の逆賊を討つ。それが陛下から受けた俺の役目だ」
ルナジアムを抜剣し、それを真っ直ぐにタイラン侯爵へと向ける。
「ふん、子爵の割にはいい剣を持っているようだな。貴様を討った後に、俺が使ってやるとしよう」
騎馬を降り、こちらへと歩いて距離を詰めつつ、人を馬鹿にした笑みを浮かべたタイラン侯爵を見て、俺は即座にこのアホを斬り捨ててしまいたいと思ったが、それをグッと堪えて向こうが一騎打ちの開始を宣言するまで待つ。
あくまで向こうが動いてくれないと、こちらの目論見通りには事が運ばない。
「さて、そろそろ始めるとしようか。魔術は達者なようだが、一対一ではそんな暇は与えん」
「御託はいい。そもそも、貴様ごときに魔術なぞいらん」
いい加減、我慢の限界が近かったので、安い挑発をしてしまったが、これがかなり覿面だったようで、タイラン侯爵は怒りで顔面を憤怒に染めた。
「この場にいる兵士たちが一騎打ちの見届け人となる! 不正を働いても、すぐにわかるからな!」
「いいから、とっととかかって来い。貴様と話すのにも疲れた。あとは剣で語れ」
「その生意気な言葉を吐けぬよう、首を叩き斬ってくれる!」
結局、挑発をしてしまったのだが、それに見事に乗っかったタイラン侯爵は、勢い良く斬りかかってきた。
さすがにその威力と勢いは強者のものだったが、それだけだ。
怒り狂っているように見えて、フェイントを織り交ぜるだけの思考が働いている辺り、戦い慣れてはいるらしい。
連撃を逸らすか躱すかしながら様子を見ているうち、タイラン侯爵は笑みを浮かべ出す。
「生意気な事を言いながら、防戦一方だな? その歳で俺についてこれているのは褒めてやろう!」
「実力の差もわからないなんて、随分と幸せな頭だな。あんまり早くに決着を付けると白けると思っただけだ」
向こうも本気を出している、というわけではなかったが、ある程度の底は見えた。
そろそろ、こっちも反撃といこう。
「なん――」
「遅い」
最小限の動きでタイラン侯爵の一撃を躱し、反撃の一撃を振り抜く。
下段からの切り上げは、確かな手応えと共に、タイラン侯爵の左肩から先を斬り飛ばした。
血が舞い、左腕を失ったタイラン侯爵は、バランスを崩しこそしたものの、転倒に至らなかったのは、さすがは歴戦の軍人と言うべきか。
「さて、降伏するなら命は取らん。まあ、陛下が戻るまで幽閉された後、処刑になるだろうがな」
まだ構えは解かないようにしつつも、降伏勧告をしておく。
斬っていい相手ではあるが、別に殺したいわけじゃないしな。
「……よくも、俺の左腕を!」
左腕を失ってなお、戦意を失わないタイラン侯爵は、再び俺に斬りかかってくる。
なら、これでトドメを刺してやろう、とカウンターの一撃を振るおうとした瞬間、一抹の悪寒を感じ取り、俺はその直感に従って横に転がるように回避行動を取った。
すると、先ほどから正面にいたはずのタイラン侯爵が、俺の背後で剣を振り抜いた姿勢で驚いた顔を浮かべており、恐らく何かしらの仕掛けがあったのだろうと判断し、すぐに体勢を立て直す。
「……不可視の一撃を、躱したというのか?」
「嫌な予感がしたんでな。それに従ったまでだ」
改めてタイラン侯爵の様子を伺ってみれば、右腕に何か光を放つものがある。
そちらに意識を向けると、飾り気の無い腕輪に小さな赤い石が嵌まっているのが見えた。
恐らくは、何か魔術的な効果のあるものだろう。
今の状況から推察するに、空間転移のような効果だろうか。
効果範囲のほどは定かではないが、俺たちが急に囲まれた事象も、それなら説明が付くわけで。
「空気刃!」
ここから考えられる最悪は、タイラン侯爵が転移で逃げ延びて、再起を図られる事。
そこで、俺はすかさず魔術で転移能力の大本であろう腕輪を狙った。
「くっ、これにいくら金を積んだと……!」
俺が腕輪を狙ったのに気付いたのか、タイラン侯爵は右手を振って攻撃を外そうとしたものの、右腕ごと捥ぎ取るつもりで放った魔術の範囲が功を奏し、右腕こそ無事だったものの、腕輪は一部が切断されて地面に落ちる。
とりあえず、これで転移は封じられたと見ていいか?
「観念するんだな。少し驚きはしたが、手品の範疇だ」
さすがに、これ以上の隠し玉は無いだろうと、じりじりとタイラン侯爵との距離を詰めていく。
捕らえるか、この場でトドメを刺すか、どちらにせよ決着だ、と考えていたら、切り落とした腕輪から禍々しい気配を感じたので、本能的にバックステップを踏み、タイラン侯爵から距離を取る。
「今度は一体何だってんだ?」
腕輪から、可視化できるほどに濃密な魔力が放出され、それが触手のようにタイラン侯爵へと纏わり付く。
「何だこれは!? こんな事、聞いていないぞ!?」
謎の魔力に困惑するタイラン侯爵だったが、断末魔を上げる暇も無く、瘴気のような禍々しい魔力に呑みこまれた。
そこから、ゴキン、とかバキン、という音を立てながら、魔力が形を帯びていく。
まるで、タイラン侯爵という人物を核としているかのように。
「……おいおい、怪獣退治は専門じゃねえぞ」
とりあえず、距離を取りながら状況を観察してみれば、禍々しい魔力はどんどん膨れ上がり、およそ10メートル近い高さになってから、しっかりとした輪郭を得ていき、最終的には二足歩行の怪獣のような姿となった。
わかりやすく言えば、黒紫色のゴ〇ラっぽい形状の生物である。
背中にうねうねと蠢く触手のようなものが生えており、絶妙にキモくて嫌悪感を掻き立ててくるな。
頭部はガ〇ラみたいに可動するであろう殻に覆われており、きっとそこが開くのだろうな、と想起させる。
こんなん、光の巨人さんの出動案件だよ全く。
「絶縁の魔術壁」
とりあえず、何をしでかすかわからなかったのと、嫌な予感がビンビンにしたので、俺と子爵家のメンツのみを覆うように、強力な魔術防壁を展開しておく。
魔術的にも物理的にも大概のものはシャットアウトする、最上級の結界魔術だ。
欠点は、俺自身が動く事ができなくなる事だが、とりあえず急場を凌ぐ事はできるだろう。
「うわああああ!」
「助けてくれ! 死にたくな……」
「なんで、なんでこんな事に!」
俺が守りを固めた直後、怪獣の頭部が開く。
その中は、大きな口だけとなっており、その周辺を鬣のように覆う触手が、近場にいたタイラン侯爵軍の兵士たちへと伸び、彼らを捕らえて捕食していった。
当然、触手はこちらにも伸びてきたが、絶縁の魔術壁がそれを弾き返す。
幾度かのトライを経て、俺たちの方はどうにもならないと学習したのか、触手たちは無防備なタイラン侯爵軍の方を集中して捕食していく。
控え目に言ってもグロ映像が現在進行形で流れているのだが、下手に絶縁の魔術壁を解除すると俺たちもヤツの餌食になりかねない。
当然、タイラン侯爵軍側は阿鼻叫喚の地獄であり、三々五々と逃げ出しているものの、触手たちは逃げ出した者を優先して捕らえ、捕食している。
かといって逃げずに立ち向かえばいいかと言えばそんな事も無く。
勇敢にも抵抗を試みた兵士たちもいたが、彼らの攻撃は怪獣相手に何ら痛痒も与えず、ただ触手に捕らえられて捕食されるのみ。
あんな化け物、最上級魔術を撃ち込んだとしても、倒せるのか……?
急に始まる怪獣モノのB級映画感。




