ワケあり7人目⑮
今回は前半カナエ視点と後半ハイト視点です。
「どこから抜く?」
「正面。ハイトは手加減不要って言ってた。だったら、私を止められる人間なんていない」
退路を開く。
それが、ハイトが私に命じた仕事。
手加減もいらない。
全力を出してもいいと、ハイトはそう言った。
だったら、人間に私を止められる存在はいない。
私の知る限り、私を止められるのは、ハイト以外に知らない。
「んじゃ、あたしは適当に合わせる。景気良くやっちまえ」
一緒についてきたジェーンが、私の後ろに引っ込んだ。
巻き込む心配は無い。
「鬼月裂甲破」
右手の大斧を、横一文字に振るう。
私の魔力を得て、戦技となった一撃は、横一文字の三日月状の刃を発生させ、敵陣を大きく切り開く。
刃の進行上にいた敵は、鎧ごと真っ二つになったけど、私たちの敵になった以上、情けなんていらない。
ちょうど、一直線に道ができたから、私はそのまま大盾を構えて真っ直ぐに突き進む。
「直接戦闘は避けろ!」
「魔術と矢で足止めをするんだ!」
敵もさすがに馬鹿じゃないみたい。
私の足を止めるために、ありったけの遠距離攻撃を集めてきた。
さすがに密度が濃いから、私は足を止めるしかなかったけど、私に注目が向くという事は、ジェーンが自由に動けるという事。
「ダメだぜ? あたしから目を離しちゃあ! 飛竜落甲撃!」
いつの間にか、空高く飛び上がっていたジェーンが、特大剣と一緒に落下してくる。
地面に特大剣を突き立てる形で空から降ってきた彼女の一撃は、敵陣の一角を纏めて吹き飛ばす。
ちょうど落下地点から円形に大きくクレーターができたけど、本気でやっていいって言われてるし、周辺の地形が変わるくらいは気にしなくていいはず。
そして、ジェーンの派手な一撃が注意を引けば、私からいくらか目線が外れる。
つまり、溜めを作る余裕が生まれる。
「扇鬼破晄斬」
今度は上から振り下ろす一撃を地面に叩きつける戦技。
私の魔力を喰らった一撃は、前方を扇状に切り裂く複数の刃へと変じる。
再び大きく敵陣の前方を抉って、退路を大きく広げられた。
「バッカヤロ! 殺す気か!?」
一瞬前まで、戦技の範囲内にいたジェーンが、私の側に着地しながら文句を言ってくる。
「ジェーンならあんなのに当たらない」
「そりゃそうだけどよ、それとこれとは別ってんだよ!」
特大剣から魔力の砲撃を放って、近場の弓兵隊を吹き飛ばしつつ、文句の続きを言ってきた。
自然に私を盾にする位置にいるから、矢や魔術が飛んでくるけど、それは私が大盾で防ぐ。
「少し伏せろ。道を広げるぞ」
遠距離攻撃が少し止んだタイミングで、ジェーンから伏せろと言われたので、その指示に従う。
「烈火砲・バーニングブラスト!」
特大剣からの強烈な炎の砲撃が、前方を大きく薙ぎ払う。
私たちの度重なる範囲攻撃で、ついにこの包囲陣形の先が見えた。
あとは、この退路からハイトたちを逃がすだけ。
「たった2人で……こいつら、化け物か!?」
ついでに、兵士たちが私たちに恐れをなしたっぽい。
とりあえずは、このまま道を確保していこう。
◆――――――――――◇
「さすが、穴開けて広げるまでが早いな」
魔術防壁でひたすら遠距離攻撃を耐えているうちに、カナエとジェーンがその持前の能力を生かして、すぐに退路を開いてくれた。
やっぱこうして傍から見てると、カナエがマジでストロングスタイルすぎる。
戦技の一振りで、数百人の兵士を真っ二つにするとか、ある程度は魔力で補助してるにしても、どんなフィジカルしてたらそうなるんだって話だ。
いやまあ、正しくフィジカルお化けなんだけどさ。
「カナエとジェーンが開いた退路から戦線を離脱するぞ!」
この場の全員に指示を出し、カナエたちが開いた退路へと移動を開始する。
遠距離攻撃は魔術防壁に阻まれてしまうからか、俺たちを逃がすまいと、兵士たちが後ろから追ってきたが、それにはトーマスさん率いる志願兵の皆さんが対応してくれた。
各々の得物や戦い方は違うものの、一糸乱れぬ連携でもって、襲い来る兵士たちを打ち払い、敵を寄せ付けない。
「弾ける雷槍!」
そして、開戦前はガチガチに緊張してはずのオルフェさんも、俺の近くで味方の強化を維持しながら、攻撃祈術でもって志願兵の皆さんを援護している。
彼女が左手に生み出した雷の槍を敵兵に投げ付ければ、直撃した場所を中心にして、広範囲に弾けるような放電が発生。
軍の制式装備には高い属性耐性があるはずだが、そんなものを感じさせないほどの効果だ。
彼女がうちに仕えるようになってから、ずっと人一倍の努力をしていたのは知っている。
そんな彼女の努力の成果が伺えて、戦闘中だというのに、俺は不謹慎にも嬉しく思ってしまった。
「さあ、私に従いなさい」
そして、恐ろしいのはエスメラルダの魔眼。
何の備えも無い敵の兵士たちを、次々を魔眼の支配下に置き、同士討ちさせていく。
彼女曰く、短時間の支配であればかなり魔力効率がいいらしい。
「主様、近くの指揮官は排除しました」
そして、影であるフリスさんは、その存在を無かったかのようにして、近場の指揮官を次々と刈り取っていった。
おかげで、追撃にあまり連携が無く、かなり捌きやすい状態で移動ができている。
俺が防御に専念していて、その防御が抜かれる心配が無いからこその、単独行動だ。
「もう少しで敵陣を抜けるぞ!」
周囲のみんなを鼓舞しつつ、移動していく事30分弱。
俺たちはは包囲を抜けつつある。
「貴様は……貴様だけは逃がさん!」
包囲の出口が見えた、そんなタイミングで、騎馬に乗り、立派な装備をした偉丈夫が待ち構えていた。
この戦闘の原因たる、タイラン侯爵その人だ。
単騎で出てくるなんて、剛毅なおっさんだな。
「リベルヤ子爵! 俺と一騎打ちをしろ!」
抜き身の剣を頭上に掲げ、大声で俺に呼び掛けてくる。
一騎打ちとは、また随分と状況にそぐわない事を言うもんだ。
「聞く耳を持つ必要なんてありませんよ。このまま行けば、問題無く包囲を抜けますし」
「そうよ。そもそも、ハイトより弱いじゃない」
確かに、俺が一騎打ちに応じる必要性は無い。
戦力的にこのまま相手を粉砕する事も可能だ。
そもそも包囲を抜けた時点で、俺は遠慮無しの魔術で敵を殲滅できる。
けど、兵士の損耗を減らしつつ、タイラン侯爵を討ち取れるチャンスではあるんだよな。
敵であるとはいえ、元はリアムルド王国の兵士だ。
最終的に罪に問われるとは思うが、ただでさえ貴族も人手不足の状態なのだから、これ以上の窮状を作るのは避けたいわけで。
「いいだろう! その提案に乗ってやる!」
念のために、みんなを一番強力な魔術防壁で覆ってから、俺はタイラン侯爵の方に歩いていく。
当然、フリスさんを始め、家臣団が猛反対したが、そこは陛下と側妃様の名前を出して、なるべく兵士の損耗を抑えないといけないと一方的に宣言し、無理を通す形を取った。
まあ、後でお説教されそうだが、別に嘘を言ったわけでもないからな。
俺がお説教されるだけで国の状況が上向くのなら、甘んじてお説教を受けよう。
そんなワケで、俺が一人のこのこと出て来たのを見て、タイラン侯爵はにやりと笑みを浮かべる。
「ふん、逃げずに応じたその勇気は認めてやろう」
ちょうど1メートルくらいの距離で見合う形になりつつ、タイラン侯爵は騎馬の上からこちらを見下ろしているが、今はさせたいようにさせておこう。
「一騎打ちとの事だが、何を賭けるつもりだ?」
「こちらが望むのは、貴様の部下をそっくり頂く事だ。我が精兵を蹂躙するほどの実力者を、貴様のようなガキが持っているのは宝の持ち腐れだからな」
なるほど。
武力偏重の戦争屋には、確かにカナエやジェーンのような特記戦力は喉から手が出るほど欲しいだろうな。
一騎打ちなら俺の魔術を封じれると思ったのか、それとも何か小細工で俺に勝つ算段でもあるのか。
ま、どっちでもいいか。
俺は真正面から下らない策ごと叩き潰すだけだ。




