ワケあり7人目⑭
「良く眠れたかしら?」
翌朝。
エスメラルダに起こされ、意識を覚醒させると、手早くベッドから出た。
寝癖直しや身体の洗浄などはパパっと魔術で済ませた形だ。
「あなた、本当に息をするように魔術を使うわね」
「時間が無い時はその方が楽だからな。冒険者生活してたらわざわざ起きてから支度するのは面倒だし」
他愛のない会話をしつつ、タッキンズ伯爵のいる指揮所へと合流する。
指揮所には、鎧を身に着けていつでも出陣できるよう、身支度をしたタッキンズ伯爵の姿が。
彼以外にも、中隊長以上の隊長職の皆さんが大きな地図の乗った卓を囲んでいる。
「お待たせしました。遅くなって申し訳ありません」
「ここに貴殿を責める者はおらぬよ。昨日のあの魔術に、それでいて夜間に離反工作まで行ったのだ。むしろ、まだ子供の身で我々よりも働いておるからな」
結構ゆっくり寝てしまったので、形式上は頭を下げておくか、という程度の挨拶だったのだが、思いの他真面目に返されてしまい、俺は少し戸惑う。
「兵たちに貴殿のかけた工作の内容は共有済みだ。最初の会敵の時点で、おおよそ状況はハッキリするであろう」
「助かります。どの程度の数がタイラン侯爵側に残るかはわかりませんが、それ次第では苦戦を強いられる事もあるでしょう」
俺が寝ていた間の戦況推移を確認しながら、今後の動きについて確認していく。
まずは夜の工作が上手くいっていれば、会敵時に離反者が突撃してくるはずなので、それを受け入れる。
その後、残るタイラン侯爵に従う兵たちとは、普通に戦う事になるわけだが、そうなればこちらが手加減をする必要も無い。
とりあえず、俺は最後の1回の警告は出すつもりだが、それに相手が従わなかったのなら、その時は兵士諸共タイラン侯爵を薙ぎ払わなければならないが。
「とにかく守る事さえできれば、敵軍の背後をアーミル侯爵が叩いてくれる。ゆえに、砦を利用した防御に徹し、敵の兵器を破壊する事に注力すれば、充分に耐える事ができるだろう」
王都に近い砦だけあって、ここの造りはかなり堅牢だ。
タッキンズ伯爵の言う事も間違いは無いだろう。
あとは俺たちだけ別行動をする、というくらいか。
「大筋はそれで問題無いかと。ただ、我々は陛下からの依頼もありますから、別行動を取る事になりますが」
こんな時に便利な言い訳、陛下からの依頼。
俺が陛下直属の王命調査隊であるという事はさすがに知られているしな。
国の最大権力者からの命令となれば、それが最上位に位置するわけで。
「そうか……我々に手伝える事はあるか?」
「お気持ちだけ頂いておきます。もし、防衛が危険な状況になったら、狼煙を上げて下さい。その時はすぐに救援に来ますから」
打合せ、というよりは、俺が別行動をするという事を周知するだけになってしまったが、簡単な会議を終えて、俺たちは砦を出た。
砦の進路からは少し逸れた辺りに移動し、まずは両軍の動きを伺う。
遠見の魔術で様子を伺っていると、予定通り、タイラン侯爵は低位貴族たちの軍を露払いとして前面に展開し、砦を攻略する構えだ。
そして、その低位貴族の軍は昨夜の工作により、離反の意思を固めたようで、パッと見る限りではほぼ全員が赤い布を目立つ位置に巻いている。
じりじりと砦へ距離を詰めた所へ、前面に展開している低位貴族の軍が、一斉に砦へ向けて突撃を開始。
事前に打ち合わせしていた通り、赤い布を巻いた兵士と貴族たちは砦内部に受け入れられていく。
すぐに状況が変な事に気付いたのだろう。
タイラン侯爵の本隊から、魔術や矢による攻撃が低位貴族軍の背面に向けて行われた。
「ま、向こうからすりゃあ裏切りだわな。風の息吹」
当然、低位貴族軍の背面は無防備であるため、俺は風の魔術で遠距離攻撃を防ぐ。
アシストにより、離反した低位貴族軍は無事に砦内部に収容され、砦の門は固く閉じられる。
「……昨日と合わせて、およそ3万がタイラン侯爵軍から離反したようね。これで残るタイラン侯爵の兵力は7万弱といったところかしら」
何かしらの連絡を取り合っていたのだろう。
左手を耳に当てて、何かを黙って聞く姿勢だったエスメラルダから、おおよその兵力分布が伝えられ、大体は予定通りかな、思えた。
欲を言うのなら、半数くらいは離反してもらいたかった所だが、国軍の半分を掌握していたタイラン侯爵の手腕は伊達ではない、という事だろう。
「さてと……それじゃあ、タイラン侯爵には悪いが、蹂躙させて貰うとするか」
既に敵の陣形はエスメラルダの部下によって調べ上げられており、その配置が分かっている。
そうなれば、俺が魔術でその陣形を囲むだけの、簡単なお仕事だ。
「炎の包囲」
俺が用いた魔術で、青い炎の壁がタイラン侯爵軍を残らず囲う。
この青い炎の壁を狭めるだけで、タイラン侯爵軍は燃え尽きるわけだが、問答無用で大量虐殺をするのも気持ちが悪い。
そこで、昨日と同じように最後の降伏勧告をする。
「こちら、リベルヤ子爵だ。タイラン侯爵軍に次ぐ。お前たちは完全に包囲されている。降伏しなければ、この炎の壁が狭まり、お前たちを焼く。10分以上返答が無ければ、降伏の意思は無いものとみなす」
魔術による声の拡声で、降伏を呼び掛けるものの、タイラン侯爵軍からの返答は無い。
とはいえ、動揺はしているのだろう。
風に揺れる炎の隙間から、右往左往するタイラン侯爵軍の様子が伺える。
まあ、時間の問題だろうな。
あとはこのまま待てば、おおよその趨勢は決する。
俺はそう考えていた。
「調子に乗った小僧が、今に叩き潰してくれる!!」
魔術により、拡声された怒号が近くから飛んで来る。
気付けば、俺たちは周囲をタイラン侯爵軍に包囲されていた。
何が、一体どうなった?
なんで俺たちが包囲されてる?
疑問が尽きないが、とりあえず言えるのは、今は窮地に立たされた、という事だけだ。
「カナエ! 退路を開いてくれ! 敵の心配はしなくていいから、全力でな! ジェーンは、部隊長クラスを強襲して敵を混乱させろ! そうすればカナエが動きやすくなる! オルフェさんは全員に強化祈術! 残りのメンバーは防御態勢!」
とりあえず、手早く全員に指示を飛ばし、俺は手早く周辺に魔術の防壁を張り巡らせる。
ある程度の遠距離攻撃はこれで防げるはずなので、あとはカナエに退路を開いてもらおう。
ジェーンを補助に付けたし、オルフェさんの補助祈術があれば、何とかなるだろう。
「ったく、人を預かってる時に限って……」
オルフェさんの強化祈術が一瞬で行き渡り、同時にカナエとジェーンが動き出す。
それと同時に、俺たちを包囲しているタイラン侯爵軍から、魔術と矢の遠距離攻撃が降り注ぐ。
が、そこは俺の張り巡らせた魔術の防壁で全てを弾く。
俺の魔術防壁を抜きたかったら、上級魔術でも使うんだな。
さて、こうなった以上、本気でもう手加減はできないぞ。
なるべくなら殺したくないハイトの気持ちを踏みにじるタイラン侯爵の図。
どうしてハイトたちが包囲されたのかは、次回か次々回には種明かしされます。




