ワケあり7.2人目
いつも誤字報告ありがとうございます……!
「当主様、兵士たちはもう完全に戦う気概を折られております」
夜、タイラン侯爵軍の野営陣地内。
とある男爵の率いる兵士たちは、前線の最前列でリベルヤ子爵の最上級魔術の威力を目の当たりにして、完全に士気が失われていた。
元より、タイラン侯爵に半ば脅される形での出兵ゆえに、士気は低かったのだが。
「わかってはいる。が、兵士の士気が低いという理由で引き上げる事は許されまい。どうにか、なあなあにしてやり過ごすしかないな」
本来であれば、不干渉を貫きたかったものの、所領の位置関係でタイラン侯爵に付かざるを得なかった。
己の他にも、同じ事情を抱える男爵や子爵がいる。
「ご歓談の所、失礼致します」
この場にいるはずの無い、第三者の声に、男爵とその側近は驚いて声の方向へ視線を向ける。
そこには、使用人のような恰好をした男性が1人。
優雅な一礼をしてから、こちらへと歩み寄ってくる。
「わたくし、リベルヤ子爵家の暗部の者でございます。当主様から命じられて、此度の戦に無理やり従軍させられている方々へ離反の勧めをしております。他の貴族様方の所にも、我々の仲間が向かっている所でございます」
あまりにも堂々とした離反工作に、男爵は眼を丸くした。
確かに夜中で声は潜めているし、よほど大声でも上げなければ周囲にバレる事はない。
逆に言えば、この場で大声を上げた瞬間に、この侵入者はその存在がバレてしまうのだが。
「明日、タイラン侯爵はあなた方のような下級貴族を露払いにして、王都方面へ攻め込むつもりです。昼間に、我らが主の最上級魔術を見たでしょう。あれに突撃させられるのなら、離反して命を繋ぐ方が賢いとは思いませんか?」
立場で無理矢理従軍させられているせいで、元より忠誠心など無い。
それでいて露払いとして使い捨てられるなど、冗談ではないが、目の前の男が語る事が真実である証拠はあるのだろうか。
そう考えた男爵は、目の前の男に質問をしてみる事にした。
「貴殿の言う事が事実であるなら、確かにこのまま侯爵に従う意味は無いだろう。だが、貴殿の言う事を事実とする証拠はあるか?」
どのみち、気配も悟らせずに声をかけてきた、という時点で、彼に殺す気があるなら自分と側近は既に物言わぬ骸になっているはずなので、会話を続ける事そのものに否は無かった。
可能であれば兵士たちも含めて生き残りたいし、タイラン侯爵のために命を散らす義務も無い。
だからこそ、確実な保証が欲しかったのだ。
「タイラン侯爵の言葉は伝え聞いただけですので、証拠を提示する事はできませんが、こちらをどうぞ」
男が懐から一枚の封筒を取り出し、男爵へと手渡す。
少し胡散臭さを感じつつも、男爵が封筒を検めると、その封蝋は間違いなく、リベルヤ子爵家のものだった。
封を切り、中身を確認してみれば、リベルヤ子爵の名において、今回の件で立場譲従わざるを得なかった者、戦わずに降伏した者に関しては、王家に減刑ないしは無罪を掛け合う、と記載があり、その内容を王家が承認した印がある。
要するに、王家側もこちらの事情を汲むつもりがある、という事だ。
「明日の開戦後、武器や兜などの目立つ場所に赤い布を巻き付けて、こちらの砦へと突撃するように見せかけて頂ければ、そのまま皆さんを受け入れますので。逆に言えば、赤い布が無い方は容赦無く迎撃させて頂きます。それでは、よくよくお考えいただければと」
伝えるべき事は伝えた、と使用人風の男は宵闇へと姿を消す。
その後、男爵と側近は、思わずお互いに顔を見合わせる。
今の話は本当に信用できるのか、と。
「隣の子爵様にも確認してみるとしよう。彼らも我々と同じ立場だから、先ほどの男の言う事が本当なら、同じ内容の話がいっているはずだ」
最終的に、自分たちと同じ立場で無理矢理従軍させられた貴族を何人か尋ね、状況を確認する事にした。
本当に各貴族に同じ話が行っているのなら、この離反の勧めは信用できる。
そうして、いくつかの同じ境遇の貴族を訪ねた所、彼らも例外無く離反の勧めを受けていた。
これは、信用しても大丈夫。
男爵に限らず、同じ話を聞いていた貴族たちはそう判断し、タイラン侯爵の直属に見つからないよう注意しつつ、明日へ向けての準備を行うのだった。
前回の夜のハイト側サイドと、今回の夜のタイラン侯爵サイドのお話でした。
次回、戦局が大きく動きます。




