ワケあり7人目⑬
今回はエスメラルダ視点です。
「……まあ、そうなるわよね」
砦に移動しての夜。
仮眠後に夕食を摂って、当主様はそのまま就寝したけれど、やっぱりその辺りはまだ子供なのよね。
むしろ、成人もまだなのに、あそこまでしっかりと働けるのは、やはり普通じゃないわ。
最初こそ、子供に顎で使われるような存在に落ちたか、と落ち込む気持ちはあったけれど、今となってはむしろあの日、当主様に負けて良かったとさえ思える。
私だけでなく、部下たちも当たり前のように気遣う当主様を見て、私はこんな主君なら仕えてもいい、と思う事ができていて、部下たちも気持ちも同じくしてくれた。
「フリス、いるでしょう?」
当主様の眠る部屋の前で、影の名を呼んでみれば、彼女は音も無く私の前に現れる。
一体どこに潜んでいたのかは、まあいいでしょう。
「何かご用でしょうか?」
「タイラン侯爵が、当主様に向けて暗殺者を放ったわ。私の方で対処しておくけど、念の為に警戒しておいて。部下の多くは敵陣工作に出してるから、動けるのは私と数人しかいないの」
「かしこまりました。人の動きがあるとは思っていましたが、暗殺者でしたか」
私は、同業者だからすぐに気付いたけれど、気配だけでも感じ取ってる辺り、この子はやはり優秀な影なのね。
年齢も当主様とほとんど変わらないだろうに、この子といい、当主様といい、一体どんな生活や経験を積めばこんな怪物が生まれるのかしら。
「カナエとジェーンはゲストの護衛にしてるから、話さなくていいわ。念の為にあなたに声はかけたけれど、半端な暗殺者なんて、生かして返すつもりもないもの」
「ご武運を、と言うほどの相手ではないのでしょうけれど、ご自愛下さいませ。何かあれば、主様が悲しまれますから」
用件を伝え終わると、フリスはすぐに姿を消したわね。
国や家によって呼び方は変わるけれど、影という存在は大変そう。
基本的に己の存在を隠していなければならないし。
「さて、そろそろ私も真面目にお仕事をしましょうか」
この砦の内部から当主様の部屋に向かうためには、絶対に通る事を避けられない部屋。
そこで私は扉に背中を預けながら、その時を待つ。
30分くらい待った辺りで、黒装束の暗殺者たちが、部屋にぞろぞろと集まってきた。
「結構な人数をけしかけてきたのね。まあ何人いても、敵じゃないけれど」
軽く挑発してみても、黒装束たちは動きを見せないわね。
まあ、軽くお手並み拝見といきましょうか。
「血染めの月の首領が、なぜここに……?」
戸惑い混じりの黒装束の声。
なるほど、私を知ってたのね。
「あら、私の事を知っているのね。勤勉で何よりだわ。それならわかるでしょう? この先へは1人も進めないって。今なら私から手は出さないわ。大人しく尻尾を巻いて帰れば、見逃してあげるわよ?」
できるだけ、優しい表情を作っておいて、にっこりと笑いかける。
目的を諦めて退くのなら、わざわざ殺す意味も無いものね。
私も無駄な労力をかけずに済むし、彼らも生きて帰れるから、お互いにいい取引だと思うわ。
「……任務失敗は死と同義。悪いが、死ぬのはお前だ」
私の提案には乗らずに、黒装束たちが戦闘態勢に入る。
けれど、私からすれば、こいつら程度、武器を抜くまでもない。
「そう、それなら、私に従いなさい」
誘惑の魔眼。
私よりも魔力の低い者なら、大抵は支配下に置く事ができる、反則技。
とはいえ、対象の精神力や抵抗力次第では、魔力が低くても抵抗される事があるけれど。
今回の暗殺者たちは、1人の例外も無く、魔眼の支配下に落ちた。
あとは、命じるだけ。
「他愛無いわね。それじゃあ、あなたたちの知る情報を全部もらうわ。私の部下に情報のまとめを渡しておきなさい。そして、それが終わったら、誰にも知られぬように自害するのよ。いいわね?」
「……仰せのままに」
魔眼の支配に落ちた黒装束の暗殺者たちは、そのまま去って行った。
これで情報を抜き出しつつ、暗殺の脅威から当主様を守る事もできたわね。
仮に自害する前に魔眼の洗脳が解けたとしても、こちらには損なんて無いし、別にどっちに転んでもいいわ。
「で、いつまで覗き見しているのかしら。アーミル侯爵のお嬢サマ?」
ちょうど暗殺者たちが部屋に来た辺りから、背後に感じていた気配に向けて振り返る。
すると、背後の扉が開き、観念したような表情のセファリシア嬢が出てきた。
「すまない。殺気を感じたので、夜襲でもあったのかと思ってだな……」
「……ふうん。さっきの襲撃を感じ取ったのね。なかなかの感知能力じゃない」
当主様ほどじゃないけれど、この子も年齢の割には実力があるみたい。
恐らくは、実戦経験に乏しいのでしょうね。
感知能力は先天的な部分もかなり関わってくるし。
慣れれば、感知したものでも無視していいものと無視できないものの区別もできるようになるでしょう。
「お嬢サマは大人しく寝ておきなさいな。美容に悪いわよ?」
「……そうだな。私の出る幕は無さそうだ。大人しく寝直すとしよう」
何かを言いたそうではあったけれど、大人しく退いてくれたわね。
高位貴族の子供には、己の身の丈もわからずに偉ぶる間抜けも多いけれど、彼女はかなりしっかりとしているわ。
訓練の指南役としてもかなり高い能力を持っているし、身内に引き込めるのなら、そうした方がリベルヤ子爵家の益になりそう。
シャルロットにも、知らせておくべきね。
「……アルセバス」
手元の紙に用件を書き込みつつ、腹心の名を呼ぶ。
頼れる腹心は、すぐに部屋へと駆け付けてきた。
「姫様、お呼びでしたか?」
「これを王都のシャルロットに渡してちょうだい。急ぎじゃないから、連絡員に回すだけでいいわ。最優先は、変わらずタイラン侯爵軍への工作と、その動きの調査よ」
「はっ、確かにお預かりしました」
シャルロットに知らせるべき情報を纏めた紙を渡して、伝達を回すように命じれば、腹心は闇夜に消えていった。
工作の方は、おおよそ予想通りの推移だし、この様子なら特に想定外も起きそうにないわね。
私は吸血鬼族だから、そこまで睡眠時間は必要無いし、今夜は念のためにこの部屋を守っておこうかしら。
あとはシャルロットがどんな判断をするのか、楽しみね。
あの子はあの子で、荒事にはてんで才能が無いけれど、その頭脳は相当なイカレっぷりだし。
私も生きてきた年数で積んだ経験則の予測をする事はあるけれど、あの子は経験則なんて言葉も生ぬるい、予言とも取れるくらいの予測を立てる。
そんな、有能という言葉が霞むような才女が、当主様の妻として、どんな貴族家を作り上げるのか。
彼女が作る将来を楽しみに予測しながら、私は警戒を続けるのだった。




