ワケあり7.1人目
今回はタイラン侯爵サイドの視点です。
あと誤字報告いつもありがとうございます!
「閣下、部隊の再編にはまだ少しばかり時間を頂きたく」
むっつりと不機嫌そうな表情のタイラン侯爵に、側近が苦り切った表情で言う。
彼も状況を把握はしているのか、不機嫌そうながらも無言で首肯するに留めた。
しかし、この度の行動を起こした時点で、その進退は大きく動く。
成功するにしろ、失敗するにしろ、だ。
「最上級魔術を行使する成人前の子供、か。実際に戦うとして、勝てる算段はあるか?」
不意にタイラン侯爵から問われ、側近は難しい顔で頭を捻る。
現状は軍の再編も済んでいない。
正確な味方の総数も把握できていないし、敵の規模もおおよそしか掴めていないのは、あまりに不確定要素が多すぎるのだ。
「斥候の持ち帰った情報に寄れば、リベルヤ子爵の手勢は50人程度の人数しかいないそうですが、恐らくは後方に守備隊が配置されている事でしょう。誰が指揮を執っているかによりますが、王都の防衛戦力からして、1万には満たないでしょうな。混乱で数を減らしたとはいえ、数においては我々が圧倒的に優位ではあります。ですが、警告の言葉通り、あの最上級魔術をリベルヤ子爵が連続で使用できるとすれば、数の優位はあまり意味を為しません」
「だろうな。陣形を広げて極力魔術の有効範囲から逃すようにすれば、いくらかはマシだろうが、それでも大きな被害は避けられんか」
王への反逆、という大層な事をしでかしていても、タイラン侯爵の判断は理知的であり、ここで大きな損害を出せば、己の対抗勢力であるアーミル侯爵との決戦に響くであろう事は理解していた。
最上級魔術の威力を目の前で見せつけられ、多くの兵からは厭戦の雰囲気が発せられているゆえに、この場を少ない犠牲で乗り切る必要がある。
「……やむを得んか。暗殺部隊を全員、リベルヤの小僧を殺すのに投入しろ。最上級魔術による範囲攻撃の脅威さえ無ければ、数で勝る我々に負けは無い。あとは対寡兵の常として、見張りを厳とし、夜襲に備えよ。特に糧食の警護は厳重にな」
大軍を率いる立場である故に、その弱点も熟知しているタイラン侯爵は、適切な対応を指示し、天幕に引っ込む。
天幕内で葡萄酒の瓶を開け、行儀悪くそのまま口を付けると、流し込むように中身を煽る。
「……最終的には、この国を出てどこか他の場所に身を寄せる事も考えておくべきか。行くなら、帝国辺りだな」
天幕の中で一人ごちて、タイラン侯爵は半分ほど飲み干した葡萄酒の残りを、また一気に煽った。
己は葡萄酒の瓶1本で酔うような軟弱者ではないが、指揮官が酒に溺れるような姿を見せるのも良くない。
飲み足りなさはあったものの、それ以上はこの面倒が片付いてからだ、と気持ちを切換え、纏っていた鎧を外し、身体を休める事にする。
どのみち、大軍であるがゆえに、一度乱れてしまった軍の再編には時間がかかるし、今日中の進軍再開は不可能だ。
ならば、割り切って行軍の疲れを癒した方がマシだった。
「暗殺が失敗したのなら、どこかの部隊を犠牲に距離を詰め、魔術の使用を許さぬ状況を作らねばならんな。まあ、捨て石にできる連中はごまんといる。問題は、本隊に最上級魔術を撃たれたら、防ぐ手段が無い事か」
もちろん、魔術大国であるリアムルド王国であるがゆえに、この軍にも多くの優秀な魔術師が所属しているが、彼らは揃ってあの最上級魔術を防ぐのは不可能だ、と口を揃えて断言した。
虚偽であればこの場で斬り殺す、と脅しても答えが変わらなかった辺り、嘘ではないのだろう。
「……ままならんな。たった一人の小僧が、俺の覇道を阻むとは。俺は、この大陸を統一し、果ては世界をも呑み込む男だ。たった1人の小僧に膝を付くなど、あってはならん」
いかにして、ハイト・リベルヤを始末するか。
できないのなら、どうやってヤツの最上級魔術を封じるか。
幾通りもの戦略を考えては、可能性の無い物を排除する。
そんな行動を繰り返すうち、すっかりと夜は更けていた。
暗殺者を差し向けるという行動をタイラン侯爵が起こしているように、敵もまた、行動を起こしているのだが、この時の彼はまだそれを知らない。




