ワケあり7人目⑫
「……本当に数を凌駕する猛者というのは、存在するのだな」
リベルヤ子爵が使用した最上級魔術の威力を目の当たりにして、私は感想以外の言葉が出ない。
圧倒的範囲で、圧倒的威力。
直撃すれば、人間など欠片も残さずに蒸発するであろう、小太陽という疑似的な自然現象。
最上級魔術の知識として、名前と内容くらいは本で読んだ事があるが、まさか実際に目にする機会があるとは思っていなかった。
「あれで本気じゃないっていうんだから、心底味方で良かったって思うぜ」
私の近くで、しみじみと呟くジェーン殿の言葉を聞いて、私は思わず目を剥く。
「あれで、本気でないと……?」
「アイツが本気でやったら、多分10万の軍の半分近くは一発で消し飛ばすんじゃねえかな」
思わず、私が言葉に感情を出してしまったのを、耳聡くジェーン殿が拾ってくれる。
とはいえ、彼女の口から語られる事実に、私は自分の中の常識が現在進行形で破壊されているように思う。
「ジェーンさんだって似たようなものじゃないですか。魔力砲撃でかなりの広範囲を薙ぎ払えますし」
「まあ、それを言ったらカナエなんて魔術も何も使わないで地形を容易に変形させるぜ?」
「早い話が、生きた大量殺戮兵器が3人いるって話ですしねー」
それぞれオルフェ殿、ジェーン殿、フリス殿が各々で今のリベルヤ子爵家の状況を語る。
いかんせん物騒な会話内容なのだが、それ以上に、リベルヤ子爵家の面々がこの戦において、圧倒的寡兵であっても士気の高い理由がわかった。
要するに、本気で敵を滅ぼしにかかる場合、敵集団にかなり強く出られるので、あまり気にする必要が無いのだ。
本当に、リベルヤ子爵といい、その家臣団といい、彼らは一般常識には当て嵌まらないな。
「しかし主様もなかなかに悪辣な策を考えますよね。これだけとんでもないものを見せつけてから、内部工作をかけるんですから」
ちょっと悪い笑顔で、フリス殿が笑う。
この作戦に参加するに当たって、私も内容を知らされているが、確かに悪辣だと思った。
先ほどの最上級魔術で多くの兵士の心を折り、大きく士気を下げた上で、恐らくは立場上タイラン侯爵に逆らえない、下級貴族に内部工作をかける。
エスメラルダ殿が率いる優秀な暗部あってこその作戦ではあるものの、仮に私がタイラン侯爵側の立場だったら、この工作は何としても防がなくてはならない。
が、まさか新興貴族の、ましてや子爵程度の地位で、まだ成人すらしていない子供に、侯爵家よりも優秀な暗部がついているなど、誰が予想できようか。
「本当に、私たちは出番が無いかもしれませんね」
現在、私たちは敵陣の混乱に巻き込まれないよう、ゆっくりと後退しながら、少しずつ降伏した兵を受け入れている。
受け入れた兵士はタイラン侯爵側に付いた事で何らかの罰はあれど、こちらの警告に応じて投降した事を王家へ報告し、減刑を願い出ると約束して、後方で砦を守るタッキンズ伯爵の方に送って受け入れてもらう体制だ。
タイラン侯爵軍は規模も大きいが、それだけに立場上逆らえなかったり、強制的に参加させられた者もかなり多い。
混乱はかなり大規模になり、タイラン侯爵側も立て直しのために後ろに下がっているので、ここでの時間稼ぎは成功していると言っていいだろう。
騎馬で逃げ出してきた兵士もいれば、逃げ出そうとして味方に攻撃されたであろう傷を負った兵士もいたりと、その様相は個々様々だったが、この時点で投降してきた兵士は例外無く受け入れ、治療の必要な者はオルフェ殿が祈術をかけている。
「とりあえず、このまま砦まで下がるぞ。エスメラルダ、配置は大丈夫か?」
「予定通りよ。接触する相手の位置も把握済み。失敗なんてありえないわ」
「それじゃ予定通り、夜に工作をかけてくれ」
あれこれと指示出しをするリベルヤ子爵を中心に、ゆっくりとだが確実に私たちは砦へと後退していった。
夕方に差し掛かるくらいには、無事に砦に入る事ができ、砦の守備を任されているタッキンズ伯爵が自身でリベルヤ子爵家一行を出迎える。
「リベルヤ子爵、無事に戻って来て何よりだ。様子を見るに、工作は上手くいったようだな」
「ええ、今の時点では。夜にもう一つ仕込みがありますので、それが上手くいけば彼我の戦力差もかなり埋まりますし、タイラン侯爵相手の時間稼ぎも可能でしょうね」
アーミル侯爵家の寄り子であるタッキンズ伯爵は、珍しく表情を緩ませており、リベルヤ子爵と親しげに話しているが、おおかた、今回の作戦におけるリベルヤ子爵の扱いを心配していたのだろう。
顔が強面なので勘違いされやすいが、彼はかなり情に厚いし、その性質を知る立場としては、簡単に想像できる。
「強行軍で疲れているだろう。夕食の時間までいくらか休むといい……セファリシアお嬢様!?」
最初はリベルヤ子爵との会話に集中していて気付かなかったようだが、リベルヤ子爵家の一団に私が混じっている事に気付き、タッキンズ伯爵の顔が驚愕の表情へと変わった。
「久しいな。タッキンズ伯爵。今、私の身柄は父に対する不利になりかねない。ゆえに、今現状で一番立派で安全であろうリベルヤ子爵の元に保護を願ったのだ」
「なるほど。昼前のあの魔術、私も遠巻きに見ましたが、あれは相当な威力でしょうな。つくづくリベルヤ子爵が敵対勢力でなくて良かったと、心から思います」
彼が味方で良かったと、タッキンズ伯爵はしみじみと言った。
これに関しては、本当に私もそう思う。
「それでは、お言葉に甘えて少し休ませて頂きます。ですが、何かあればすぐに知らせて下さい」
こちらの雑談が続くと見たのか、リベルヤ子爵は仮眠を取りに砦の中へと引っ込んで行く。
側近であろうエスメラルダ殿は連れて行ったが、こちらの護衛にカナエ殿とジェーン殿を残していく辺り、どうやら気遣いもできるらしい。
「……最初は、あんな子供が戦場に立つのか、と思っていました。けれど、今日の作戦行動を見て、彼を年齢で判断すべきでないと思いました」
「ああ。あれほどの才覚は羨ましい限りだよ。たまたまだが、彼の訓練を見る機会があったのだが、あのナリで剣を中心に、様々な武器を使いこなすぞ。もはや、私など足元にも及ばんだろう。もしかすると、父と同じくらいか、それ以上かもな」
リベルヤ子爵の事を語るうち、自分が不思議と彼に興味を持っていた事に気付く。
国防を担うアーミル侯爵家の者として、こうして一緒に行動しているうちに、改めて彼の人となりを観察しておいてもいいかもしれないな。
もしかすると、私の嫁入り先になるやもしれんし。
タッキンズ伯爵との会話もそこそこに、私は少し遅れて砦内に入り、リベルヤ子爵たちと同じように仮眠を取るのだった。




