ワケあり0人目⑰
「誰か1人来てくれればいいと思って招集をかけたが、まさか3人全員が来るとは」
服装が偉そうな男性職員がこちらに歩いてくる3人を一瞥し、少し困ったような声を上げた。
「あのクソ真面目なギル坊が、わざわざ新人を推薦してくるのも珍しいからのう。儂も興味が湧いただけじゃい」
老練の戦鬼であろう老騎士は、別にお前に呼ばれたから来たわけじゃないんだからね、みたいな感じでそっぽを向く。
あれ、このご老人、もしかしてツンデレ属性持ち?
「オレもじじいと同じで、新人が推薦されたってんで見に来たぜ。まあ、特に見てくれは何の変哲もないガキで若干後悔してるがな」
大量の武器を装着している全武器使いであろうおっさんは、随分と敵を作りそうな言葉遣いだ。
言い換えれば、品が無いともいう。
今の所はこの人が第一印象最悪だな。
「僕はS級に上がって一番の新人なんで、お二人は来ない読みで来ただけです。こんな事なら、サボっておけば良かったですねえ」
奇異の魔術師であろう青年は、隠そうともせずとても面倒くさそうな感じ。
なんというか、ものぐさというか出不精というか、そんな人に思える。
なんとも三者三様な人たちだ。
まあS級冒険者なんて高みにいるくらいだから、色々と普通ではないのだろう。
「さて、それじゃあ役者も揃った事だし、認定試験を始めていこうか。一応、ハイトくんは初めてだろうから、簡単に説明しておこう。これから行う認定試験は、実力と経験がどのくらいまであるかを計るものだ。一応、D級までは新人帯と呼んでいてね。C級以上の冒険者には新人帯の比じゃない責任のある依頼が解放される。要するに、ギルドで大事な仕事を任せるに足るか、どの程度まで任せられるかをチェックする場というわけだ。ここまで質問はあるかな?」
服装が偉そうな男性職員が、こちらを見ながら言外に準備はいいか、と問うている……ような気がする。
まあ、どのみち体調は万全に回復させてきたし、あとは認定試験に全力を尽くすだけだ。
「いえ、ありません」
こちらからの返答に、とっくに準備完了している、と言外に籠めてみれば、服装が偉そうな男性職員は満足げに頷く。
「では早速始めていこうか。組手は誰が担当する?」
「儂がやろう。ギル坊の推薦とあらば、あやつの目がどの程度のものか、見極めてやるのが師匠の役割じゃろうて」
俺の組手を誰がやるか、という問いに、老練の戦鬼であろう老騎士が真っ先に声を上げた。
というか、この人がギルバート氏の師匠なのか。
あのギルバート氏が師事していた、S級冒険者……。
相手にとって、不足なし。
存分に胸を借りさせてもらおう。
「少年はすぐに始められるか?」
「はい!」
老騎士の問いに、俺は元気良く返答を返した。
よろしい、と一つ頷いて、老騎士は背負っていた大槍を右手に握り、訓練スペースの広い方に歩いていったので、俺もその後を追う。
他の人たちと充分に離れてから、ある程度の距離を取って向かい合えば、特に体格が大きいわけでもないのに、老騎士の存在感は凄まじいものがあった。
まるで、何倍も大きい体格の魔物を対峙しているような、そんな重圧を全身で感じながら、右手に封じられた剣、左手に短杖状態の長短杖を握って構える。
「ほう、儂を前にしても怖気付かんか」
無造作に槍を構えた老騎士が、片眉を上げた。
「今までにないくらい、圧を感じてます。ですが、竦んだところでいい結果は出ませんから」
「良い心掛けだ。先手はお主に譲ろうぞ。今や老兵であるが、腕そのものは未だ錆びついておらんでな」
老騎士は好戦的な笑みを浮かべ、どっしり構えている。
「はい、よろしくお願いします!」
挨拶と軽い会釈をしてから、左手の短杖に魔力を集中。
そのままじっくりと前に進みつつ、ちょうどいい間合いを探る。
相手は格上。
闇雲に距離を詰めてもあの大槍の餌食になるだけだ。
いっそ懐にさえ飛び込んでしまえば、至近距離ではこちらに分がありそうだが。
とはいえ、S級というある種の到達点にまで至った猛者だ。
その辺りの当たり前の弱点は把握しているだろうし、対策済みだろう。
であれば、まずは相手をこちらの得意な土俵に引きずり込みたい。
「魔剣陣・追従」
何となく当たりをつけた距離で、自身の周囲に12本の魔力の剣を生み出し、滞空させる。
一定距離の敵を自動で迎撃する魔術の剣だ。
これで相手側からの接近にリスクを付けつつ、こちらの動きたい距離を維持しやすくする狙いだ。
老騎士はどっしり構えたまま、動こうとはしない。
あくまで、俺が攻撃を加えるのを待つようだ。
「魔弾」
魔力で形成した弾丸を、左手の短杖から連続で撃ち出す。
どちらかと言えば、牽制用の魔術だが、素早く発動できて連射ができ、消費魔力も少ない。
連続でヒットすれば威力も馬鹿にならないので、これで相手がどう動くか見よう。
「なるほど、魔術剣士か」
ステップで一度、魔弾の射線から逃れ、老騎士が大槍を持つ右手を引く。
俺が狙いを付け直すよりも、大槍が突き出される方が早い、と判断し、俺は急いで横に走る。
「かあっ!」
老騎士の裂帛の気合いと共に突き出された大槍が、先ほどまで俺のいた空間を穿つ。
彼はその場から動いていない。
その場で動かずに付き出した、ただの大槍の一突きが、飛んだ。
ただそれだけ。
たった一つの動作で、俺と老騎士の力の差が、嫌というほどわかってしまう。
はっきり言って、勝負にもなっていない。
俺がいかに距離を取ろうとも、恐らくは老騎士の間合いからは逃れられないだろう事は想像に難くない……が、ここで怯んでいても意味はないのだ。
今はただ、前に進むしかないのだから。
「だったら……こっちに行くしかないよな!」
武器を双曲剣に持ち替え、真っ直ぐに距離を詰めにかかる。
離れても有利を取れないのなら、間合いの内に入るしかない。
そして恐らく老騎士の迎撃は、魔術の制御に意識を回している状態で避けられるほど、生易しいものではないだろう。
彼の一挙手一投足に全力で集中するため、待機させている12本の魔力の剣を適当に射出する。
一応、狙う場所だったり着弾時間だったりを弄って、躱したり防いだりしにくい工夫は入れたが、大槍の一薙ぎで魔力の剣は悉く砕かれた。
12本同時投射を一振りで対処されてしまうと、些か魔術師としての自信を失いそうだが、凹んでいる暇もない。
「儂の間合いの内に入れるものなら、入ってみよ!」
俺の狙いなどお見通しの老騎士から、迎撃の突きが次々と繰り出される。
手数を優先するためか、威力は先ほどの一突きよりはだいぶ大人しいが、それでも大槍のリーチ以上の突きが次々と繰り出されるのは脅威だ。
なるべく躱し、躱せない攻撃は曲剣を用いて逸らす。
少しずつ距離を詰めているものの、ゴールがものすごく遠い。
そもそも、突きの余波を逸らしているだけで、相当に一撃が重たいのも辛いところだ。
これで大槍本体の一撃を逸らせるか、と言われると、武器自体の重量も相まって、かなり厳しそうである。
大槍という武器の、間合いの内に入られたら、という弱点に対する明確な答えが、相手を間合いの内に入れなければいい、という超が付くほどシンプルな回答が、これほど対応しにくいとは。
「くあっ!? ダメだ、受けるも逸らすも今の俺じゃ無理だ……!」
どうにか余波の範囲から大槍の間合いにまで詰める事はできたが、試しに大槍の一撃を逸らそうとしてみたところ、逸らそうとした左の曲剣ごと持っていかれかけたので、現状でこれ以上距離を詰めるのは無理と判断。
左右に移動して突きの軸をズラして回避しつつ、次の手を考える。
どうにも隙のない相手だ。
攻略が難しいが、無理ゲー、クソゲーじゃない。
無理でもクソでもないなら、必ず攻略の糸口はあるはず。
楽しいなあ。
自然と、唇が笑みを浮かべていた。