ワケあり7人目⑪
「まさか内乱に出るハメになるとはなー」
ガタゴトと馬車に揺られながら、俺は呟いた。
御者を務めるカナエ以外は同乗しているわけだが、今回はうちの全戦力を以って事に当たる。
カナエ、ジェーン、オルフェさん、フリスさん、エスメラルダ、その他警備兵と使用人の有志による部隊が50名。
総勢56人の一個小隊といった所だ。
とはいえ、主に矢面に立つのは主戦力のカナエたちになるのだが。
「相手は10万くらいだったか。一人が2万くらい倒せば勝てるな」
「ジェーンとカナエとフリスさん辺りはともかく、皮算用にもほどがある。ちなみに、帰ったら書類の続きな。一応期日は1日伸ばしてやる」
「そこはもう2日くらい伸ばしてくれねえか? 頼む!」
これから戦場に赴くというのに、全く緊張感の無いリベルヤ子爵家の面々。
オルフェさんは緊張した表情だけど、何だかんだでいざ戦闘が始まったら切り替えるだろう。
それ以外は脳筋か場数を踏んだ歴戦の猛者しかいないので、怖気づくという事は無い。
複数台の馬車に分乗して同道している兵たちも、10万の敵に挑むと先に言ったものの、士気はかなり高いので、心配はいらなさそうだ。
「初めての戦場に出るとは思えんほど呑気だな……」
そして、最後にゲストであるセファリシア嬢もついて来ている。
本来は、屋敷に残ってもらう予定だったのだが、どうしても連れて行ってくれ、と頼み込まれたので、俺の指示に従う事、戦闘には参加しない事を条件に連れて来た。
武家のお嬢様とはいえ、わざわざ死ぬかもしれない場所に来るなんてな。
物好きというか何というか。
「ま、変に緊張してるよりはマシだと思いますよ。どうせ、丸々10万をそのまま相手する事なんて無いですし」
寝ずの夜間行軍であるため、若干眠いが、初動の迎撃を成功させるためにも、遅れるわけにはいかない。
そんなわけで、物資はほとんど馬車に積まず、身軽さ重視で目下移動中というわけだ。
既に最寄りの東砦は通過し、あと半日しないくらいの距離を移動すれば、タイラン侯爵軍の迎撃ポイントに着く予定である。
「作戦を聞いた時は、正気を疑ったぞ」
「まあ、それについては俺の魔力量がおバカなので……」
ホント、おバカすぎる魔力容量のおかげで、こういう場面での殲滅力という意味ではこれ以上ない人材なんよね、俺って。
最上級魔術が使えて、少なくとも10発は連射できる。
とはいえ、最上級魔術なら一発で敵数万は余裕で薙ぎ払う事ができるので、オーバーキル気味ではあるのだが。
…
……
………
「……主様、タイラン侯爵軍が見えました。隊列を広く取って、大きく陣形を広げて進軍中です」
道中をかっ飛ばした甲斐あり、予定よりも少し早めに予定地点に到着し、俺たちは準備をしていた。
現在、夜が明けて朝の9時といった所だが、当然、徹夜ですとも。
眠いから、とっとと終わらせて帰りたいぜ。
「それではトーマスさん、危険な仕事ですがよろしく頼みます」
「交渉役を任せて頂き、光栄でございます」
降伏勧告を届ける役として、警備隊長のトーマスさんを起用したのは、さすがに幹部から人員を出すわけにはいかないし、そうなった場合にある程度の弁が立って、実力もある、という条件に当て嵌まったのが彼しかいなかったのだ。
向こうへと渡してもらう書状を彼に渡し、騎馬のただ一騎で向かってもらうのは、正直なところ心が痛む。
使者として武装解除した状態で向かうから、相手が問答無用で殺しにかかってきた場合はとても危険である。
「では、行って参ります」
軽やかに馬を走らせ、トーマスさんが地平線の向こうに消えて行った。
彼が無事に戻るよう祈りつつ、待つ事10分少々。
少しハラハラし始めた俺の心配を他所に、見覚えのある騎馬の姿が地平線に姿を現す。
「無事に戻って来れたみたいね」
「ああ、ひとまずは安心だ」
内心ドキドキしていたが、トーマスさんは無傷の五体満足で帰って来てくれて良かった良かった。
「タイラン侯爵は降伏勧告には応じないと言っていました」
「だろうなー。まあいい。こっからは俺の仕事だ。念のため、戦闘準備をお願いします」
報告を受け取った後、トーマスさんに戦闘準備を行うよう指示を出して下がらせ、俺は腰のルナスヴェートを抜き放ち、魔術の触媒でもある剣を頭上に掲げる。
俺が魔術の支度を始めたと同時くらいに、地平線の辺りにタイラン侯爵軍が姿を現し、陣形を組んでいく。
王道に倣って、一個小隊程度は正面から粉砕してやらんと、縦と横に広く厚い布陣だ。
直撃させるなら、最も被害が大きなる布陣に、俺は思わず笑みを浮かべてしまう。
術式を組み上げ、行使する最上級魔術へと魔力を通す。
「堕ちる小太陽」
ちょうど俺の頭上高く、眩い小太陽が生まれる。
魔力により生み出された、熱エネルギーを圧縮して生まれた小太陽が、臨界まで高まった温度で白く輝く。
それを、タイラン侯爵軍の手前に向けて、落とす。
直後、小太陽の着弾点を中心に、凄まじい熱エネルギーが吹き荒れた。
中心温度は、ほぼ1千万℃。
実際の太陽の最高温度には届かないものの、その熱量は、人間など灰も残さず蒸発させてしまうだろう。
一応、余波も含めて人に被害が出ない位置に小太陽を落としたわけだが、はてさて、敵さんはどういう反応をするかね。
一瞬だけ、遠見の魔術で小太陽が落ちた地点を覗いてみれば、地面が陥没し、溶けた部分がガラス状に変化してしまっており、その範囲はおおよそ直径500メートルといった所だ。
さすがに威圧には充分だろう、と思いつつも、念のために次の小太陽を複数浮かべつつ、俺は拡声の魔術を使用する。
「あ、あー。こちら、リベルヤ子爵だ。タイラン侯爵軍に告ぐ」
ビリビリと、魔術で大きくなった俺の声が、大気を震わせた。
しっかりと向こうに届くくらいの拡声になっている事を確認し、俺は第二の降伏勧告を行う。
「我々と戦うのなら、次は陣形のド真ん中に今の魔術を撃ち込む。最上級魔術、堕ちる小太陽だが、ここからあと10発は連射できるから、死にたくないなら武装解除して降伏しろ」
さらに威圧感が増えるよう、小太陽を10個、頭上に浮かべる。
ちなみに、本物は1個だけで、それ以外は光の魔術でそれっぽく光らせているだけだ。
さすがに連射できるとはいえ、最上級魔術をそう何個も待機状態で維持はできん。
そんな事をしたら、俺の脳みそが焼き切れてしまう。
「……本当にデタラメな魔力ね。私でも最上級魔術なんてそう何回も使えないわよ」
横にいるエスメラルダが、呆れた表情で俺を見る。
こればかりは俺の体質というか生まれの問題だからなあ。
うん、デタラメなのは知ってるよ。
主にエスメラルダから散々嫌味を言われたし。
「おー、敵が散ってく」
そんなハッタリ込みの脅しは効果抜群だったようで、タイラン侯爵軍は瓦解して3つに割れた。
1つ目は、武器も防具も放り捨て、こちらへ逃げてくる兵士たち。
わかりやすく降伏の兵だな。
2つ目は、ただただ茫然と立ち尽くす兵士たち。
きっとこれは夢なんだ、とか現実逃避してそうだ。
3つ目は、逃げ出す兵士を止めようとする兵士たち。
これは恐らく、タイラン侯爵直属の兵士の中でも忠誠心の高い連中だろう。
「ま、上々だな。ざっくり3分の1くらいは降伏してくれそうだ」
「とりあえず、敵が混乱しているうちに少し距離を取りましょうか」
「そうだな。降伏した兵も収容しないとだし」
あとはもう一つの仕込みもあるしね。
向こうもこれだけ軍が乱れては、通常通りの進軍などできまい。
そんなわけで、俺たちは少しずつ後退して、タイラン侯爵軍から距離を取るのだった。
真面目に戦闘?
いかにファンタジーとはいえ、50人程度で10万に正面から挑むわけないじゃないですか。
こけおどしだろうがなんだろうが、通れば立派な策略です。




