ワケあり7人目⑧
筆が乗ったので2回目の更新です。
「当主様から許可を頂いて、午後からは私が訓練を担当する」
午前中は書類仕事やら、タイラン侯爵の件で王城とやり取りをしていたりで、訓練に混じる事ができなかったのだが、午後からは丸々フリーなので、久々にガッツリと訓練に混ざろう、と思いながら食堂に行った時だった。
なかなかにすごい剣幕でセファリシア嬢がこちらに歩いてきて、訓練の内容が酷いとブチ切れられてしまったので、午後からは彼女に訓練をやってもらう事になったのだが。
そういえば、何だかんだで訓練に最初から参加してた事って無いんだよな。
俺が混ざるタイミングって、個人戦に移ってるから、その時々で手の空いてる人と組手をする事が多い。
一応、使用人の皆さんや警備兵の皆さんがちゃんと強くなったっていう実績はあるから、カナエとジェーンに指導は任せていたけど、セファリシア嬢の剣幕を見る感じ、あまりよろしくない指導内容だったのかもな。
「まずは準備運動だ。急に激しい運動をしては、身体を壊す場合があるからな。私について、軽く走るように」
一緒に訓練に参加していて思ったけど、セファリシア嬢の指導は一般的なものだと俺は思う。
スタートは軽くジョギングから入って身体を温め、柔軟体操をして身体をほぐし、それから初めて実践訓練に入る。
うちの使用人や警備兵の皆さんは、各々で自由に武器や戦闘スタイルを選ばせているからか、まずは得物が同じ人をグループに分けて、そこから素振りをする、という流れ。
どうやらセファリシア嬢は様々な武器の扱いに通じているらしく、各グループの状態を確認しながら、姿勢の乱れや体重移動の意識など、見つけた点を指導して回っている。
「……もしかして、カナエとジェーンの指導って相当酷かったのか?」
熱心に指導して回るセファリシア嬢を眺めつつ、俺は俺で素振りを行う。
俺も剣がメインではあるものの、武器は色々と使えるので、ちょうどいい機会だと諸々復習しながら素振りを行っていく。
剣に始まり、槍、曲剣、大剣、刺剣、斧、槌、刀、爪、拳、格闘……筋力の問題で満足に扱えない武器を除いて、色々な型を一通り行っていくうち、いつしか集中して没頭してしまっていた。
気づけば、セファリシア嬢を始め、他の全員からじっくりと眺められていて、俺は思わず動きを止めてしまう。
「……やめてしまうのか? どの武器の扱いも見事なものだったが」
動きを止めてしまった俺を見て、少しばかり残念そうな表情でセファリシア嬢が口を開く。
俺程度の腕なんて、そこそこいるだろう。
剣に関してはまあまあ自信はある方だけど、その他の武器に関してはちゃんと使えるというだけで、達人とかそういう域にはいないし。
「あはは、他人にちゃんと見せられるのは剣くらいですよ。それ以外はせいぜい基礎よりは多少は使える程度ですし」
何だかんだで剣が一番応用が利くんだよな。
振れば斬撃、突けば刺突、柄で殴れば打撃。
大体全部揃ってるし。
とはいえ、バランスがいいというだけで、それぞれ特化型の武器には劣る。
斬撃は曲剣や刀の方が斬れ味はいいし、刺突は槍や刺剣の方が力が乗りやすいし、打撃は槌のような武器の方が当然ながら威力が高いわけで。
「そうだとしても、貴殿の歳でそこまで様々な武器を十全に扱える者はそう多くあるまい」
セファリシア嬢の真っ直ぐな視線が、俺を貫くように見つめてくる。
嘘や虚飾のない、純粋な眼差しに、俺はなんだかいたたまれない気持ちになってしまう。
俺との会話が途切れたと判断したのか、セファリシア嬢は訓練に参加している人物が見渡せる位置へと移動していく。
「諸君、まだ途中ではあるが、午前中と午後、どちらの訓練がより有意義なものであったかな?」
彼女の呼び掛けに、警備兵の1人が遠慮がちに午後です、と呟けば、それに追随するように次々と午後の訓練の方が有意義だと声が上がっていく。
「……さて、訓練というのはこうしてやるものだ。少しは理解できたか、ご両人?」
彼女はカナエとジェーンの2人に視線を向けた。
そこには、とてもばつが悪そうな様子のジェーンと、いつも通り無表情なカナエ。
よーく見てみると、カナエもどことなくしょんぼりしている感じがするかも。
「……ええと、午前中はそこまで酷かったんですか?」
事態の全貌を知らないので、俺は思わず手を挙げて聞いてしまったのだが、その瞬間にジェーンとカナエが明後日の方向を向いたので、多分相当なものだったんだろうな、と何となく当たりを付ける。
「酷いなんてものではない。よく潰れずに多くの使用人や警備兵が残ったものだと思うぞ」
呆れたような視線を俺に向けるセファリシア嬢に、俺はとりあえず人任せにしすぎるのは良くないな、と思い直して、カナエとジェーンの方を見た。
当然、2人はそっぽを向いたのだが。
「……2人とも、今日までの訓練内容を紙面にまとめて提出な。で、今日のセファリシア嬢の訓練内容を見た上で、改善できる部分も纏めて提出だ。出来次第では減給するから真面目にやれよ」
「ちょっ、それは勘弁してくれ!」
「横暴だと思う」
訓練内容の改善を行うように、と2人の命じてみれば、当然のように嫌がったので、さすがに俺も舐められてるなと思う。
そろそろ、雇用主と雇用者の力関係を一度わからせておいた方がいいかもな。
「先に言っておくが、俺は信じてお前たち2人にみんなの指導を頼んだんだ。厳しい訓練と無理無茶をやらせるのは別だ。そもそも、お前ら2人は相当上澄みの戦闘力なんだから、誰もが自分たちみたいにできると思うなよ?」
少しばかり威圧を篭めて睨み付けてみれば、自分たちが至らなかった自覚があるのか、僅かに目線を逸らす。
「今回の報告書で、指導する資格が無いと判断したら、外部から指導者を呼んで代わってもらう。当然、その分は減給だ。それに、いい機会だから言っておくが、俺は確かに2人を有能だと思って側に置いてる。だが、それは何でも許されるわけじゃないし、甘やかすって意味でもない。有能さを認めるって事は、それ相応の責任も求められるんだ。いつまでも甘えた気分でいるんじゃない」
少しばかり説教をしてみれば、2人は黙り込んでしまう。
多分、少し調子に乗っていた部分もあるんだろうな。
「返事は?」
「お……ハイッ!」
「……わかった」
「わかったら、すぐに報告書を作れ。作り方がわからなかったらシャルに聞け。期限は明日いっぱいな」
まあまあ俺がオコなのが伝わったのだろう。
2人は反論する事も無く、とぼとぼと屋敷の方に引き上げていった。
「……今日はありがとうございます。セファリシア嬢に言われなければ、あの2人の指導体制に疑問を持たなかったでしょうから」
今日は貴重な気付きを与えてくれたセファリシア嬢に、大きく頭を下げる。
実績が上がっていて、特に不満もでていないものだから、完全に放置してしまっていた。
「さすがに見ていられなくて口を挟んでしまい、こちらこそ申し訳ない。本来なら、他の貴族家の運営に口を出すなど、あり得ないのだが」
俺が頭を下げたのを見て、むしろこちらこそ、とセファリシア嬢も頭を下げてくる。
「いえ、さすがに放任しすぎていたようですし、気付きを得るきっかけになりましたから。私はまだ若輩の成り上がりの貴族にすぎませんし、至らぬ所を指摘して頂けて感謝の言葉もありません」
「そうか。なら、素直に礼を受け取るとしよう。このままではお互いに頭を下げ合いそうだからな?」
そうだろう?
と言外に同意を求めるセファリシア嬢に、俺は苦笑いを返す。
ニッ、と男くさい笑みを浮かべた彼女は、今まで見たどの一面にも当てはまらない、年相応の少女に見えた。




