ワケあり7人目⑥
今日は筆乗りがいいので追加更新です。
「当主様、お帰りなさいませ」
門番に出迎えられつつ、屋敷に戻った俺たちは、馬と馬車を使用人に任せ、中に入ろうとする。
すると、駆け足でトーマスさんがこちらに来るのが目に入った。
なんやかんやあって、初期の奴隷組から警備兵の隊長として抜擢された人だ。
人当たりも良くて、応対も上手、部下からの信頼もあるという大変に有能な人でもある。
「当主様、シャルロット様から戦場に赴くかもしれないと伺いました。その際には、ぜひとも我々警備隊から精鋭をお連れ下さい。まだ小隊相当の規模でしかありませんが、当主様を守るべく、日々の訓練を重ねてきましたから」
敬礼の姿勢を取りつつも、自分たちを連れて行け、と提案してくるその姿を見て、ちょっとだけ感動。
とはいえ、場合によっては万単位の軍と戦う事になるような場に、彼らを連れていくのはいかがなものかと思う。
実際に俺たちが戦闘に加わる事になるのなら、あまり大所帯になると動きが鈍るので、迅速な対応が難しくなる。
「考えておくよ。気持ちは嬉しく思うけどね。そもそも、戦闘が必要な場所に行くかもわからないから、もうちょっと状況がハッキリしないと何とも言えないな」
「は。もしも兵力が必要でしたら、いつでも命じて下さい。我々警備隊一同、いつでも当主様のために戦場に立つ覚悟はできておりますから!」
言いたい事を言い終えたのか、トーマスさんはお辞儀をしてから持ち場に戻って行った。
そうか。
彼らにとっては、戦場は俺の役に立つ場でありながら、成果を上げられる場でもある。
ここ貴族街ではほぼ事件は起きないし、日々の警備だけだと張り合いも無いのかもな。
「慕われているのだな」
トーマスさんとの一幕を見ていたセファリシア嬢から、微笑ましい表情を向けられた。
キリっとした美人さんだが、柔らかい笑みを浮かべているとまた印象が違う。
最初は武人然としているように感じていたが、こうして柔らかな笑みを浮かべていると、深窓の令嬢、といった儚さも感じられる。
「一応、みんなが働きやすい環境を作るようにはしていますから。その成果だと思いたいですね」
貴族の嗜みとして、セファリシア嬢をエスコートしつつ、屋敷の中へと入れば、そこにはシャルと使用人たちが待っていた。
「お帰りなさいませ、ハイトさん」
シャルが一礼をするのに追随して、使用人たちが一糸の乱れも無く一礼をする。
これはあれか、セファリシア嬢にうちの使用人たちの練度を見せる意味があるのかな?
「ただいま、シャル。このまま執務室に行くから」
「かしこまりました」
俺たちを一礼で見送る彼女らを尻目に、俺たちは執務室へと移動。
来客用ソファーにセファリシア嬢を座らせて、俺は執務机の方へ腰を下ろす。
程なくして、シャルも合流してきたので、護衛であるカナエやエスメラルダたちを除いてめいめいの場所に腰を落ち着ける。
「久しぶりです、シャルロット様。シヴィリアン公爵家の件は耳に挟んでおりましたが、無実を証明できて何よりです」
「わざわざありがとうございます。セファリシア様も息災でしたようで何よりです」
セファリシア嬢とシャルが貴族らしい挨拶を交わす。
そういえば、シャルも元が付くとはいえ高位貴族の出身だし、年の近いセファリシア嬢と面識があってもおかしくはないか。
「王城で何があったかは暗部経由で既に聞き及んでいます。セファリシア様は本当に一時とはいえ、奴隷となられるのですか?」
最終確認をするように、シャルがセファリシア嬢に問い掛ければ、彼女は無言で頷く。
決意が固いのを察したのか、シャルは小さく頷くと、一度席を立って執務室を出て行った。
程なくして、シャルは戻ってきたのだが、一緒に痩せぎすの奴隷商を伴っている。
いつの間に手配してたんだ?
暗部経由で話の内容は知ってたと言うけど、さすがに準備が早すぎやしないかい?
「セファリシア様を保護するとなれば、一時的に奴隷になるという可能性もありましたから」
当然、予期していましたと、言外に伝えてくるシャルに、俺は相変わらずのしごできぶりだなあと思う。
もはや打てば響く、なんて言葉じゃ浅すぎるくらいだ。
いっそ打つ前に響いてるくらいだし。
「何という手際の良さ……予知していると言われても驚けないな」
あまりに話が早すぎる、とついつい素の言葉と表情が出てしまうセファリシア嬢を見て、シャルは困ったような笑みを浮かべる。
彼女の想いを代弁するのなら、そこまで驚かれるような事はしていませんよ、といった辺りだろうか。
まあ、俺も大概ではあるけど、シャルも大概規格外だからな。
さも自分が普通です、みたいな顔してもダメだと思うぞ。
「それでは、どのような契約をお望みでしょうか?」
痩せぎすの奴隷商が、仕事をしますかと声をかけてきたので、当初の予定通り1番簡単な労働奴隷の契約をセファリシア嬢と結ぶ。
とはいえ、形式上の契約ではあるし、タイラン侯爵の反乱が収まれば無くなるものだ。
「では、私はこれにて失礼いたします」
仕事を終えた痩せぎすの奴隷商は、挨拶もそこそこにすぐ屋敷を後にした。
立つ鳥後を濁さず、と言うが、濁さなさすぎではなかろうか。
「さて、リベルヤ子爵。王城でも言ったように、世話になるからには働かせて欲しい」
契約を終えたセファリシア嬢は、頼み込むように頭を下げてくる。
「逆に、何ができますか? まだ会って間もないので、私はそこまでセファリシア様の事を知りませんから」
ほんと、格上の貴族家からお嬢さんを預かるとか、根っからの庶民な俺には辛いよ。
とはいえ、状況が状況なだけに断る事も難しいというね。
全く、庶民には世知辛い世の中だぜ。
「一応身の回りの事は自分でできるが……これは仕事ではないな。対価にできるくらいといえば、兵の調練くらいだろうか? とはいえ、パッと見ではあるが、貴殿の家の者に私が教えるような事など、もうないようにも見受けられるが」
兵を鍛える事、という具体的な案を出して、セファリシア嬢は自嘲気味に笑う。
確かに、警備兵の皆さんとか、A級冒険者クラスの実力者が結構いるし。
とはいえ、今のみんなの訓練って、カナエとジェーンがゴリ押しで教えてるだけだしな。
キチンとした型がどうとかの訓練ではない。
そういう点では、キチンとした訓練のノウハウがある人に教えてもらうというのも、みんなの刺激になりそうな気もする。
「物は試しと言いますし、明日の訓練で試してみましょうか」
セファリシア嬢を納得させる意味もあるし、とりあえず明日の訓練に参加してもらって、改善点を洗い出してもらうだけでもいくらか変わるだろう。
そんな軽い気持ちで許可を出してから、シャルにセファリシア嬢を任せて、俺は書類仕事に邁進した後、1日を終えるのだった。




