ワケあり7人目⑤
「そんじゃ、改めてエスメラルダと暗部は王家に全面的に協力するように。期限としては、タイラン侯爵の反乱が収束するまでだ」
「かしこまりました、当主様」
わかっていたとは思うものの、ちゃんと協力させますよ、というポーズもあるので、側妃様の前でエスメラルダに王家に協力するよう言い含めておく。
それを理解しているのだろう、エスメラルダも大仰に返事を返してくる。
「もうやってるとは思うけど、タイラン侯爵の動きは最優先で探ってくれ。変化があればすぐに俺と王家に報告するように。あとはアーミル侯爵の行軍に合わせて補給を途中で受けられるように手配して、少しでも速く王都に到着するように調整してくれ」
「現状、全て着手しておりますよ、当主様」
俺が追加の指示を出してみれば、エスメラルダはにっこりと笑みを浮かべ、もうやってるわとしたり顔だ。
ぐぬぬ、こいつもシャルと同じでしごでき系女子だな。
ドヤってくるかどうかという違いはあるが。
まあ、もしかすると先読みしたシャルがそうするように指示を出しただけかもしれないが、それでも1度は俺たちを出し抜いた実績もあるので、エスメラルダの能力は認めざるを得ない。
「……リベルヤ子爵、そこの暗部を王家に売る気はありませんか? 今なら言い値で買いますわよ」
おおよそ現状で必要とされる行動を全てやりきっている、というエスメラルダの言葉を聞いて、側妃様が割とマジな様子でエスメラルダたちを売らないかと提案してきた。
うん、優秀な暗部は国としても欲しいよね。
すっげーわかる。
彼女らが俺の下についてまだ半月も経ってないけど、既にもう替えが利かない存在になってるもん。
「すみません、申し訳ありませんがお断りさせて頂きます」
「ですわよね。こんな優秀な暗部を抱えられているのなら、手元に置いておきたいですわよね……」
何だか一気に側妃様が灰色になってしまったような感じがしたので、俺はこっそりと側妃様のフォローをしてあげるようエスメラルダに言い含めておく。
陛下の不在に立て続けに色々起きて、心労もかかっている事だろう。
「……あとはセファリシアさんの事を決めますわよ」
とても大きな溜息を吐いてから、側妃様が話題を変えた。
確かに、王都にも恐らくはタイラン侯爵の手の者はいるだろうし、彼女の身辺をどうにかしておく必要はあるだろう。
そういえば、今の今までセファリシア嬢は黙ったままだったな。
そんな事を考えながら彼女の様子を伺ってみれば、ただただ圧倒されてしまっている、という様相を呈していた。
「……何だか私だけが場違いのようだ。まだ成人していないリベルヤ子爵が国の一大事において、こうも王家から頼られているというのに」
俺の視線に気付き、セファリシア嬢はぽつりと呟く。
「この子がおかしいだけですわ。普通ありえませんわよ。ここまで堂々と王家とやり取りする子供なんて。年齢が年齢なら、もうとっくに伯爵か辺境伯くらいには叙爵しておりますわ」
なぜか側妃様からの流れ弾で呆れた目線を向けられる俺。
しょうがないじゃん。
前世の記憶が日本人なんだからさ。
しかも結構なおっさんだったし。
結局の所、染み付いた癖みたいな思考だから、抑えようにも自覚が無いし。
まあ、前世の記憶がどうのとか、絶対に言えないけどね。
「失礼しました。側妃様の御前にあるまじき言動、お許し下さい」
ついつい、素の反応をしてしまったセファリシア嬢が、ハッとして口調を丁寧なものに戻し、側妃様に頭を下げた。
うーん、真面目さんだなあ。
「気にしていませんわ。というか、リベルヤ子爵がいる場では何かに驚かない方が珍しいですもの。あなたのような反応が普通でしてよ」
うーん、完全に逸般人扱いされてる。
いやまあ、諸々自業自得ではあるんだけどもさ。
「また話が脱線しましたわね。とにかく、セファリシアさんの保護についてですわ」
今度こそ、と側妃様が脇に逸れた話題を起動修正。
セファリシア嬢の保護という話に持っていく。
「……どうせうちで預かれって話になりますよね?」
王城で保護するのが一番手っ取り早いが、あまり一つの貴族家に肩入れしたように見える形は公平性を欠いてしまう。
特に今はタイラン侯爵という危険な相手がいるのだ。
変に王家の支持を下げるのは味方の離反に繋がりかねないので、極力中立でなければならない。
そうなれば、この場にいる俺へとお鉢が回ってくるのは想像に難くないわけで。
「……そうなりますわね。今は陛下も不在ですし、王家としてもタイラン侯爵への対応で手が足りませんわ。あとは……そうですわね。セファリシアさんに抵抗が無いのなら、リベルヤ子爵と奴隷契約を結ぶといいですわ。そうすれば、万が一にも囚われるような事になった際に、強引に奴隷へ落とされる事は無くなりますわよ。低級の労働奴隷としての契約でしたら、すぐに奴隷商で解除できますし」
形式上とはいえ、奴隷契約を結ぶというのはセファリシア嬢を守るという意味では合理的ではある。
何かあった際に俺に伝わるのはそうだし、基本的には奴隷契約者と被奴隷契約者がいないと契約を解除できない。
セファリシア嬢だけの状態では、契約を正規解除できない関係上、無理矢理に解除するにも手間と費用がかかる。
そういう点では彼女が害されそうになったら、契約者である俺に伝わるし、仮に奴隷に落としてハメてしまおう、という計画があっても事前に防げるので、彼女を守るという意味ではこの上無い。
ただ、形式上とはいえ、侯爵家の娘が奴隷に落ちる、というのは外聞的によろしくないよな。
「私の事なら心配はいりません。私が万が一にもタイラン侯爵派に囚われてしまえば、父の足を引っ張ってしまいます。であれば、極力安全な所に身を置く事が肝要でありましょう。そのために一時とはいえ奴隷になる事が必要とあらば、このセファリシア、泥水を啜ってでも生き延びて見せますとも」
セファリシア嬢としては側妃様の提案に問題は無いらしく、真っ直ぐにこちらを見据えてくる。
あとは俺の返事だけ、って事らしい。
考え方から反応から、いかに彼女が真面目かが伝わってきて、ちょっとだけ辟易してしまう。
「別に奴隷になるといっても形式的なものですから、実際に労働などをしてもらったりはしませんよ」
「一時とはいえ世話になるのなら、何か対価が必要だろう。父にも話はするが、ただ守られるけというのも私の気が済まない。できる事はそう多くはないが、どうか少しでも私の顔を立てると思ってはくれないか?」
ああもう、クソ真面目ちゃんめ。
「わかりました。それでは、後で屋敷に戻った際に細かい事は決めましょう」
とりあえずこのままだと話が進まないという事は確実だったので、一旦は俺が折れる形で話を纏め、また状況が動くまでは待機する、という事で話を纏め、何かあれば呼び出すという事で、側妃様から許可が下りて俺たちは王城を後にするのだった。




