ワケあり7人目④
大規模魔術かカナエの一撃辺りで、タイラン侯爵軍の戦意を削ぐ。
そんな形でおおよその話が纏まった時、執務室をノックする音が響く。
「……どうぞ、入りなさいな」
特に誰かが来る予定は無かったのだろう。
側妃様は一瞬だけ考えるような素振りを見せたが、すぐに入室の許可を出す。
入室の許可が下りた所で、中に入ってきたのはエスメラルダだった。
「ご歓談の所、失礼いたします。ご報告があって参りました」
部屋に入ってすぐ、エスメラルダは恭しくお辞儀をした。
少しわざとらしいな、と思わなくもないが、元の立場上、敵対の意思は無いと常に見せておく方がいいという判断なのだろう。
「報告はリベルヤ子爵にですわね?」
「いえ、側妃様のお耳にも入れたい情報でございますので、この場でご報告させて頂ければと」
エスメラルダには、今回の件でシャルと一緒に対応するように指示を出していたはずだ。
わざわざこっちに来たという事は、シャルがそう指示したか、2人で相談した結果だろう。
とはいえ、わざわざ側妃様を巻き込んでの報告となれば、それなりに大きな案件のはず。
「聞きましょう。リベルヤ子爵もよろしくて?」
「構いません」
俺と側妃様から許可が下りたからか、執務室の入り口付近から、エスメラルダがこちらに歩いてくる。
優雅で余裕のある歩みは、彼女の絶対の自信を感じさせた。
「それでは、ご報告を。まず、タイラン侯爵の動きですが、新しい報告が暗部に届きましたので、そちらから。街道警備の兵がおよそ半数、王都に近い場所の多くがタイラン侯爵に付きました。今のままではタイラン侯爵の挙兵後、およそ1日で王都が包囲されるでしょう」
エスメラルダがもたらした情報は、状況がより逼迫したという報せ。
側妃様にとっては悪夢と言っても過言ではないだろう。
「さらに、街道警備兵の抱き込みに成功したタイラン侯爵は挙兵の準備を早めました。こちらの情報については眼の皆さんも夜くらいには知らせに来るでしょうが、こちらの方が先に情報を掴みましたので共有をと」
「……タイラン侯爵は、いつ挙兵しますの?」
追い打ちのように不利な情報で殴られ、側妃様は両手で頭を抱えながら、か細い声でエスメラルダに問う。
「暗部の計算だと2日で支度を終え、3日目には出立しそうと予測されていますね」
笑顔と共にもたらされる情報に、側妃様から大きな溜息が漏れる。
当初の情報から、急に追い込まれたな。
正直な話、俺としては陛下の失策なのではないか、などと一瞬考えてしまったのだが、アーミル侯爵が国内の治安維持、タイラン侯爵が国境の警備となった場合を想像してみると、陛下の配置はそう悪いものではない。
そもそも、タイラン将軍が国境警備を担うとなれば、利害の一致する諸外国からの戦力を手引きできてしまう。
そうなった場合、敵はタイラン侯爵の動員兵力10万に加えて、諸外国の戦力が敵となってしまうから、国内の戦力がアーミル侯爵の10万を加味できるとしても、国境側からいくらでも戦力を補充できるのはまずい。
まして、事前に準備と根回しさえしておけば、大軍勢を呼ぶ事も可能になるのだから、兵力差が数万どころで済まない可能性すら出てくるな。
帝国+α、の諸外国が相手となった場合、10万単位の差が出かねないし。
「仮に今動かせる戦力を即座に動員したとして、およそ3万にも満たない状況で、10万からなるタイラン侯爵軍を迎え撃つ……王都で籠城戦をするにしても、不利がすぎますわ」
仮に俺たちが少数精鋭で動くとしても、王都全体をカバーするのは無理だわな。
せいぜい、東西南北のうちのどこか1箇所を守るくらいが関の山だ。
今回に関してはあまりに数の暴力が過ぎる。
「ここまでが悪い報せでございます」
「いい報せもあるのか?」
いい笑顔で報告を続けようとするエスメラルダを軽く睨む。
なんというか、少しばかりこの状況を楽しんでいそうに見えたからだ。
「ええ。それもとびっきりのいい報せが」
「勿体ぶらずにとっとと報告しろ」
「かしこまりました。それでは、いい報せですが、既に現状の情報をアーミル侯爵に渡しております。現在、急ピッチで行軍準備を始めておりますので、2日以内には先発部隊を出立させられる見込みですね。早ければ、行軍途中のタイラン侯爵に背後から襲い掛かれるでしょう」
いい報せを聞いて、両手で顔を覆っていた側妃様が顔を上げた。
この情報が本当であれば王都で籠城戦を行うとして、最悪でも1日前後を耐える事ができれば、援軍としてアーミル侯爵率いる10万の兵力が来るわけだ。
確かにこれは朗報と言えるな。
「なるほど、劣勢である事に変わりはありませんけれど、そこまで絶望的というわけでもありませんわね」
おとがいに手を当てて、側妃様が無言で考え込む姿勢になる。
きっと、開戦した際の状況や戦況の推移を予測しているのだろう。
どこか鬼気迫るものがあったので、誰もが黙って側妃様が結論を出すのを待つ。
「……リベルヤ子爵」
どのくらいそうしていただろうか。
ただ黙って待つだけだったので、感覚では10分以上はかかったような気がしたが、もしかするともっと短いのかもしれない。
それから、絞り出すようにして側妃様が口にしたのは、俺の名前だった。
鋭さを増した側妃様に見据えられ、謎の緊張感が沸き上がる。
「人的被害を気にせずに広範囲殲滅を行うとしたら、どれほどの数を減らせますか?」
とても物騒な確認をされてしまったが、側妃様の表情には冗談の色など欠片も無く、彼女が本気である事がありありと伝わってきた。
これは変な誤魔化しは効きそうにないな。
「……そうですね。魔術を抵抗できる魔術兵がどの程度の質で、どのくらいいるか、どういった陣形かによりますが……周囲の影響を全く考慮しないのなら、ほぼ壊滅させる事はできるかと」
まあ、抵抗や陣形次第では半壊くらいで済むかもしれないが、それでも10万が半壊し、それでいて魔術を撃ち込んだ土地は焦土と化すだろう。
俺のバカ魔力容量を考えれば、範囲を目いっぱい広げた上で最上級魔術をぶっ放しても、数発は余裕で撃てる。
さすがに10発撃てと言われたら魔力切れで気絶&全身ズタボロで半月くらい寝たきりになる事は覚悟しないといけないが。
「……把握しまたわよ、リベルヤ子爵。……状況次第ではあなたに数万の兵の命を奪うよう命じなくてはいけませんわ。念のため、その覚悟をしておくように。よろしくて?」
鬼気迫る、という圧力を持った側妃様に、俺は無言で頷く。
もっとも、そうならない方がいいのは側妃様が一番わかっているだろう。
「もう1つ、頼みがありますわ。エスメラルダさんとあなたの暗部を貸して下さらないかしら?」
まあ、国の一大事だしな。
確かエスメラルダを奴隷にするに当たって、その辺りも国からの要請があったら協力させるという内容が盛り込まれたはずだ。
「私に命令できるのは当主様だけです。当主様から命じられたのなら、職務を全うしますが、直接の指示を他者から受けるのは御免被ります」
俺が暗部を貸します、と返事をしようとした瞬間に、エスメラルダが強い意志でもって、側妃様にそう言い放つ。
おいおい何やってんだ、と俺が冷や汗をかいたのは言うまでもない。
「俺が命じても、か?」
「王家に協力するようにと命じられるのなら、王家に協力はしますが、王家からの命令には応じません。私たちを動かしたいのなら、当主様を通して指示を出して下さい」
真剣な表情で、これだけは譲らない、とばかりにエスメラルダは言い切った。
これはあれか、あくまで自分はリベルヤ子爵家の組織なんだから、勘違いして命令してくんじゃねーぞ、って話か?
「わかりましたわよ。元より、借り受けた人材にこちらから命令などしませんわ。わたくしたちはどこぞの面の皮の厚い駄貴族とは違いますもの」
「ご理解頂けて、感謝致します」
どうやら、俺の考えていた事は合っていたようで、側妃様もそれを理解したのか、彼女の望む回答をしてくれた。
特に怒ったりもしていないようで、俺はホッと胸を撫で下ろす。
全く、王家から血染めの月を全員処刑しろって言われたら、俺は逆らえないんだからな?
あんま無茶な事をするんじゃないよ。
まだ王家に対してエスメラルダたちが信頼を得てるわけじゃないんだからさ。




