ワケあり7人目②
本日2度目の更新です。
前半パートは新キャラのセファリシア嬢の視点です。
「……ここも軍がいるのか」
偶然にも、タイラン侯爵の反乱の情報を得た私、セファリシア・アーミルは、王都を出て、帝国方面の国境警備の任に就いている父へ情報を伝えるべく、街道外れの道を走っていた。
しかし、主要な関所や街道には、恐らくはタイラン侯爵派と思しき軍が展開していて、私はなかなか道を進めずにいる。
ぐずぐずしている暇など、無いというのに……。
いっその事、強行突破をかけようか、と腰の剣の柄に手を伸ばしかけて、頭を振る。
同年代には及ぶ者がいないとはいえ、所詮は成人したばかりの小娘1人だ。
訓練を受けた軍を出し抜けるはずもない。
少人数であれば、どうとでもできる自信はあるが……さすがに10人以上はどうにもならないだろう。
姿を見られぬよう、茂みや物陰を移動しながら、どうにか抜け道がないかを探して移動するも、軍側も何かを探し回るよう、通常の巡回路とは違う道を巡回している。
よって、道のりは遅々として進まず、私は足踏みを余儀なくされていた。
「おい、まだ見つからないのか?」
「小娘1人、早く見つけ出せ!」
物陰に隠れて巡回の軍をやり過ごした所で、漏れ聞こえた会話内容に、私は自分が浅慮であった事を知った。
これは、私を誘い出すための罠だ。
ともすれば、タイラン侯爵反乱の情報も、私を動かすための……。
「いたぞ!」
自分が罠にかかった事に思い当たった所で、軍の兵士たちが私を囲むように集まってくる。
不味いな……。
このままでは、父の足枷になってしまう。
それだけは、断じて避けなくては。
「セファリシア様ですね? 学院から捜索願が出ておりますので、我々にご同行願います」
恐らくは隊長格であろう男が、こちらに歩み出て声をかけてくる。
言葉遣いこそ丁寧ではあるが、少なくともこちらを逃がすつもりは無いという圧が隠しきれていない。
「いかにも、私はセファリシア・アーミル。アーミル侯爵家令嬢だ。貴殿らは、どこの所属か?」
場合によっては、剣を抜く事も厭わぬと、兵士たちを睨み付けるものの、彼らが怯むは事無く、着実に包囲網を縮めてきている。
もはや万事休すか。
いよいよ全力で抵抗せねばならないか、と覚悟を決めたその時。
見覚えの無い馬車が、凄まじい勢いでこちらに走ってくるのが見えた。
その勢いたるや、進路上の兵士を撥ね飛ばさんばかりで、進路上の兵士たちが慌てて退避していく。
そうして、見覚えの無い馬車は、私の近くで急停車したのだった。
「探しましたよ、お嬢様。全く、護衛の我々を置いていくだなんて、酷いじゃないですか! お嬢様に何かあったら、旦那様に罰せられるのは我々なんですよ!」
馬車から降りて、私の護衛を名乗る、見知らぬ少年たち。
しかし、不思議と敵とは思えない。
父が遣わせた援軍か、はたまた何かの思惑がある者たちか。
少なくとも、このままタイラン侯爵の息がかかった軍に囚われるよりは、ずっとマシに思えるな。
「すまない、気が急いてしまってな。この通り、我が家で雇っている護衛が追い付いてきたから、貴殿らの保護は不要だ。配慮に感謝する」
あくまで少年たちが護衛であったかのように振る舞い、私は彼らの馬車へと半ば強引に乗り込んだ。
とはいえ、彼らがそれを拒む事は無く、むしろ私が乗り込むのを待っていたかのように、馬車はすぐに走り出したのだった。
◆――――――――――◇
「ハイト、何かいる」
「多分、目当てのご令嬢だ。そのまま突っ込め!」
「了解」
暗部の情報を元に、北へと移動していた俺たちだったが、御者台のカナエが、前方に人だかりを発見。
おそらくは、セファリシア嬢がタイラン侯爵の軍に捕まりかかっているのだろうと予想できたので、カナエに近くへ突っ込むよう指示すると、彼女は猛スピードで馬車を突っ込ませつつ、人だかりの中にいるセファリシア嬢らしき人物のすぐ横に馬車を止めて見せた。
うん、これはナイスコントロール。
危うく兵士を何人か轢きかけたが、すんでの所で兵士の皆さんが避けてくれたので、怪我人はいない。
「探しましたよ、お嬢様。全く、護衛の我々を置いていくだなんて、酷いじゃないですか! お嬢様に何かあったら、旦那様に罰せられるのは我々なんですよ!」
馬車から降りつつも、タイラン侯爵の軍に自分の情報を渡す必要も無いだろう、と芝居を打ってみる。
セファリシア嬢がアドリブ対応できるタイプかわからなかったが、彼女が上手く対応してくれれば、お互いにさっくりとこの場を離脱できるからな。
いざとなれば、カナエのストロングパワーで道を開いて貰おう。
「すまない、気が急いてしまってな。この通り、我が家で雇っている護衛が追い付いてきたから、貴殿らの保護は不要だ。配慮に感謝する」
セファリシア嬢の対応力はいかに、と思いながら彼女の反応を待ってみれば、瞬時にこちらに合わせて一芝居を打ってから、馬車に乗り込んできた。
実直な軍人タイプかと思っていたが、なかなかどうして、結構な役者じゃないの。
即座に馬車の扉を閉めて発車させ、呆気に取られている軍の連中を引き離す。
「すまない、おかげで危地を脱する事ができた。礼を言う」
馬車に揺られながら、セファリシア嬢が俺に頭を下げてきたので、少しばかり驚きつつも、こういった所は想像通りの実直さだな、と思う。
「いえ、私たちは側妃様からあなたの身の安全を保護するために遣わされただけです。どうかお気になさらず」
彼女に釣られるようにして、俺も会釈を返す。
側妃様の名前を出してみれば、セファリシア嬢は驚きの余り目を見開く。
「王家から直接の依頼、まだ成人していない少年……よもや、あなたが噂に聞くハイト・リベルヤ子爵殿だろうか?」
少ない情報から、俺の正体にすぐ行き着く辺り、脳筋一辺倒でもなく、ちゃんと座学の学習もしている事が伺える。
まさしく文武両道とは、この事だろう。
「お察しの通りでございます。セファリシア様にご存じ頂けているとは恐悦至極にございます」
「うむ、噂はかねがね。父も興味を持っていたしな。まだ成人していない身の上であっても、こうして国のために多くの功績を上げていると聞く。直接の面識は今日が初めてだが、いつか会いたいとは思っていたよ」
俺の事を子供と侮る事も無く、むしろ敬意を持って接してくれている事がわかる。
そんなセファリシア嬢は、自然な流れでこちらに右手を差し出し、握手を求めてきた。
俺は僅かに逡巡したものの、彼女の手を取り、握手に応じる。
剣を握っている人独特の、タコなどで硬くなった皮膚の奥に、女性特有のしなやかさと柔らかさを感じる手だ。
「無事合流できた事ですし、このまま王城へと向かいます。側妃様からもあなたをお連れするよう仰せつかっておりますので」
「わかった。迷惑をかけるが、よしなに頼む」
ほどほどの所で握手を切り上げ、馬車内の座席に各々腰を下ろすと、俺たちは最短距離で王城へと引き返すのだった。




