ワケあり0人目⑯
「よう、1週間ぶりくらいだな」
ギルドの入院施設から退院して1週間。
認定試験の朝、俺はブライアンさんの所に顔を出した。
メンテナンスの終わった武器たちを受け取りつつ、装着していく。
「あの日の夜、随分と店の子たちに好評だったらしいな。話に聞けば、あのリリスから免許皆伝もらったそうじゃねえの」
あの夜の事を思い出すと、今でも顔が熱くなる。
初体験の記憶は残りやすい、と聞いた事がある気がしなくもないが、色々な意味で衝撃的すぎるよあれは。
ブライアンさんの言うリリス、というのは恐らく、あのカウンターにいた女性の事だろう。
何だかんだ女の子たちの纏め役みたいだったし。
「いかんせん、あれが初めてだから凄い事なのかどうかは一切わからないけどな」
経験が他にないもんだから、基準が良くわからん。
した回数だけで言えば、漫画とかで描かれる絶倫そのものだったとは思うが。
「なんでも、お前さんとのシタのが良くて、忘れられないって子が何人もいるらしいくらいには、凄かったみたいだぜ? あの店、嬢の外見も技術も経験もレベルは王都イチをぶっちぎってるからな。そこの嬢が本気でハマるって事は、相当だろう」
「……一応、褒められてるんだよな?」
「大いに褒めてるぜ。将来嫁さんを貰う事になっても、お前さんなら夜の事情で不満を持たれる事なんて無いだろうよ」
まあ、性の不一致が離婚理由として認められるくらいだしなあ。
そういう意味では、悪くはない話……なのか?
「何ならリリスのヤツも久しぶりに満足できたって言ってたしな。アイツを満足させられる男なんて、そうはいねえ。過去に性豪で有名などっかの国のお偉いさんが、三日三晩入り浸ってた時があったが、大した事無かった、とかぬかしてたくらいだ」
「ずいぶんと詳しいんだな」
ブライアンさんとリリスと呼ばれている女性は、知り合いなのだろうか?
「まあ、古い馴染みなんでな。色々と話す機会があるんだよ。とはいっても、リリスの方がだいぶ年下ではあるんだが」
ブライアンさんの年齢は、見た目で言えば30代くらいだから、よほど老け顔って事でなければ10歳以上は離れているんじゃなかろうかと思う。
実は親戚同士とか、そういう感じの知り合いなのだろうか。
「そんな事より、認定試験はいいのか?」
今日の一大行事を忘れるな、とばかりにブライアンさんに睨まれるも、俺は肩を竦める。
「朝に受付行ったら昼からだって言われたんだ。依頼をするにも微妙な時間だし、かといって宿に帰ってゆっくりできる時間ってワケでもない。絶妙に困る感じなんだ。まあ、事前に確認してなかった俺の落ち度だけどさ」
言外に暇つぶしに付き合え、と言ってみると、ブライアンさんは呆れた表情をしながらも、遅刻するよりはマシか、と呟いて、一度カウンター奥に引っ込んだ。
何をしにいったのだろう、と少し待ってみると、彼は巨大な盾を引き摺りながら奥から姿を現した。
超大型のヒーターシールド(野球のホームベースのような形)という見た目のそれは、凄まじい重さをしていそうだ。
「コイツが今試作中のブツだ。ガッチリと敵の攻撃を止めて、パワーを溜めてから反撃、って寸法なんだが、いかんせんデカくて重い。作ったはいいが、行き詰っててな」
よっこらせ、とカウンターに横にした大盾を立て掛けると、ブライアンさんは額の汗を拭う。
人一人を簡単に覆い隠せるほどの大きさだ。
さらに内部機構も組み込んでいる、となれば、相当な重さであろう事は想像に難くない。
「ふんぬううううう……こりゃ、俺には重すぎて使えないな」
試しに持ってみよう、と思い立ったものの、大盾は両手で相当気合いを入れても僅かに持ち上げるので精一杯だった。
これは相当な筋力がないとロクに扱えないだろうな。
それこそ、大剣を片手で棒切れのように振り回せるくらいの、ザ・脳筋、っていうくらいじゃないと。
そもそも、盾自体が相当デカいので、今の俺の身長だと、そもそもサイズが大きすぎる。
「内部に刻んだ陣で、受けた衝撃を溜め込んで……ドカン! っていう構想自体は悪くないと思うんだがな」
ブライアンさんが大盾の裏を操作すると、大盾の下の方から、金属音と共に金属製の杭が飛び出す。
まさかの杭打ち機構である。
なるほど、これはロマンの塊だなあ……。
「一応聞くけど、大盾じゃなくて、中サイズくらいの盾じゃ無理なのか?」
これで少し大きめでも中盾くらいのサイズに収まれば、携行性諸々が一気に良くなるんだが。
「中盾だと盾そのものの強度と杭の強度が足りん。試作したらどっちも同時に弾け飛んだ。そもそも内部に陣を描くスペースも足りないな」
ブライアンさん曰く、盾そのものをもう少し小さくする事はできるが、杭打ち機構の部分はこれ以上小型化できないらしい。
であれば、いっそ盾性能も高めてみたらこうなったそうな。
「この重さでも十二分に扱えるタイプの人がいれば、実用には耐えそうだけどなあ……。今はちょっとこれ以上は改善できそうにないな」
「やっぱ、そうなるよな……」
杭打ち機構を元に戻してから、少しだけしょんぼりとした様子で、ブライアンさんは大盾を引き摺っていった。
まあこればっかりはどうしようもないな。
明らかに俺じゃ筋力が足りてないし、そもそもタッパも足りてない。
もう1~2年すれば俺の身長も伸びるだろうが、それでもあの超重量を持てるようになるとは思えないな。
「もう少し小型化を目指した方が良さそうだな」
「発想そのものはいいと思う。ただ、扱える人が限られすぎるな。あの重さだと、ギルバートさんでも無理じゃないか?」
「ああ、重すぎてマトモに動けんと言われたよ」
あれやこれやと改善点について話し合っているうちに、だいぶ昼近くまで時間が経っていた。
頃合いになったので、ヒマつぶしに付き合ってくれた彼に礼を言ってから、俺は再度受付の方へ。
今回の俺の担当であるイケオジ職員の姿を見つけて、声をかける。
「そろそろいい時間でしょうか?」
「ハイト様、少し早いくらいではありますが、時間厳守で素晴らしいと思います。それでは、先に移動してしまいましょうか。移動して待っていれば、担当の上位冒険者の方々も集まってくるでしょうし」
イケオジ職員に先導されながら、ギルド内を歩いて行くと、ちょうど裏口の方に野外訓練スペースがあり、今回の試験はそこで行われるようだった。
上位冒険者はまだ来ていないようだったが、ギルド職員の方はぼちぼち集まってきている。
見るからに服装が偉そうな男性職員が1名、それ以外に見た事の無い職員が4名、集まって会話をしているようだ。
そのうち、服装が偉そうな男性職員が俺に気付き、こちらを値踏みするような目で見てくる。
「君が今回の認定試験を受けるハイトくんかな?」
「はい。本日はお時間を頂き、誠にありがとうございます」
何となく、ギルド長とかそういうポジションの偉い人だろう、と思って丁寧な挨拶を行っておく。
やっぱ第一印象って、大事だからね。
「なに、必要以上に畏まる必要はないよ。今日はA級パーティーのフィティルから推薦があったと聞いて、話のタネにでもと思ってね」
服装が偉そうな職員は、俺の挨拶に対し、柔らかな笑みで反応を返してくれた。
この場で特に自己紹介をしないってことは、試験の時に改めてするのかな?
「っ……!」
変な緊張も無く、普段通りにしていた所に、背後からタダ事でない気配を感じ、全身が総毛立つような感覚を覚える。
ぐるりと背後を振り返ってみれば、そこらの人とは明らかに存在感の違う三人組が、こちらに歩いてくるのが見えた。
「ふむ、反応は悪くない」
「年齢を考えたらいい方じゃねえの? まだ14だろ」
「あとは実力がどの程度か、だよねえ」
一人は大槍を担いだ老騎士、といった出で立ちの男性。
この人が恐らく、老練の戦鬼だろう。
もう一人は、短剣、剣、槍、弓、斧、曲剣、大剣と多くの武装を纏った男性。
こちらは全武器使いで間違いなさそうだ。
最後の一人はひょろりとした体躯に、魔術師らしいローブとピエロのような帽子を被った男性。
右手に長杖、左手に短杖を持っているので、消去法で彼が奇異の魔術師となる。
「おや、S級冒険者が三人揃うなんて、珍しい事もあるものだ」
偉そうな服装の男性職員が、三人に向けて声をかけると、一気に場の空気が張り詰めた。
あれ、なんか一筋縄じゃいかなさそうな流れになってきた?
まあ、いずれにしてもなるようにしかならないのだけれども。