ワケあり7人目①
「セファリシア嬢はどこに行ったのかねえ」
とりあえず支度をして屋敷を出たはいいものの、ただ闇雲に探し回るだけでは意味も薄い。
一応、学院に提出された外出届に従って、王都の東口から外には出たものの、見晴らしのいい平原地帯ゆえに、誰かがいればすぐにわかってしまうわけで。
色々とセファリシア嬢の行動原理は考え付くけれども、逆に言えば考え得る行動がいくつかあるので、それを絞り込んでから動く方が効率もいいんだよな。
「とりあえず東側は空振りと思っても良さそうだぜー」
馬車の屋根に上り、周囲を見渡していたジェーンから、見える範囲に人はいないと返事が来たので、一旦引き返すべきだろうか。
いや、俺の方でも調べる手段を試してみよう。
物理的じゃない捜索手段もあった方がいいだろうし。
「とはいえ、上手く反応してくれるかね。探査の魔力波」
俺の現在地点を中心に、円形の魔力の波紋を撃ち出す。
人に魔力の波紋が当たれば、跳ね返ってきた波紋で術者の俺にその位置と方角が伝わるのだが、この魔術、1つ欠点がある。
魔力を感じるのが得意な人にはすぐにバレるという事だ。
その特性を逆手に取って、俺の位置を他人に知らせる、なんて使い方もできるが、誰かを追う時に使うと、逆に相手を警戒させてしまう。
ともあれ、この魔術を使う事で、タイラン侯爵側で動いている人員への牽制もできるので、一長一短でもある。
「……まあ、そう簡単に尻尾が掴めたら苦労しないよな」
とりあえず、王都方面には大量の人の反応があったが、これは勘案するだけ無駄なので切り捨てる。
その他にもちらほらと孤立していそうな人の反応こそ起こるものの、結構遠いので性別やらなんやらはわからない。
これで個人に特定してのものなら、結構正確に探れるんだが、いかんせん顔見知りじゃないからなあ。
「主様、暗部から情報が来ましたよ」
気付けば馬車内にいるフリスさん。
気配も無くいきなり現れるのは軽くホラーであるが、影という役割上、どのみち基本的にこっそりと俺にくっついて回っているのだ。
であれば、いつ彼女が現れてもおかしくないわけで。
ちなみに、馬車に同乗しているオルフェさんは、ひえっ、と驚いた声を上げていたが。
「セファリシア嬢は北から王都を出たのか。となると、北経由で東に向かうだろうな。カナエ、このまま北に向かってくれ!」
フリスさんから受け取ったメモ紙を見て、捜索範囲をある程度絞り込めた。
予想通りであれば、このまま北上していくうち、セファリシア嬢の進路にかち合うだろう。
そんなわけで、御者台のカナエに北へと進路を取るよう指示を出す。
「了解」
カナエが馬車の進路を北に向け、方向転換で車体が揺れる。
「バカ野郎! ちったあ静かに回せ!」
馬車の屋根にいたジェーンが振り落とされそうになりながらも、馬車内へと戻りつつカナエに文句を言う。
カナエの方はと言えば、全くもって意に介していないのだが。
「あの、どうして北経由で東に向かうと思ったんですか?」
俺がどうしてその判断をしたのか、と問い掛けてきたので、仮定になるけど、と前置きしてから自分の考えを話す。
「発端の理由はわからない。けど、わざわざ外出届で行先を偽装してまで王都を出るような真似をしたんだ。相応の理由があるだろうし、そういう場合に彼女が一番に頼るのは、父親たるアーミル侯爵だろう。となれば、北から王都を出た足で、そのまま帝国方面の国境に向かうはずだ。もっとも、俺の想像が悪い方に当たってるなら、タイラン侯爵側の工作、だろうな」
俺が考えた最悪のシナリオは、タイラン侯爵側の工作で、国の一大事に繋がるような情報を、ワザとセファリシア嬢へと流す。
正義感が強いと評判の彼女の事だ。
きっと父親を頼って国境へ向かう。
普段は王都内の学院というセキュリティの厳しい場所にいるからこそ、外に出た彼女を捉えるなり殺すなり、どうとでも動ける。
「だとしたら、東に向かう道は罠を張られてるんじゃねえのか?」
「多分な。だから、暗部の方にはその辺りの状況を確認しつつ、必要なら攪乱してもらいたい。フリスさん、悪いけど伝言よろしく」
「承りました」
みんなに俺の予想を説明しながら、片手間に書いたメモ紙をフリスさんに渡し、伝言を依頼すれば、彼女はすぐに馬車から飛び降りて行った。
当然、馬車は走りっぱなしである。
「仮に、戦闘になったとして、殺して大丈夫か?」
ジェーンが物騒な話を投げかけてくるが、最悪の方向に予想が当たっていたなら、恐らくタイラン侯爵派の軍との戦闘は避けられない。
先に取り決めをしておくのは悪くないだろう。
「殺しは極力無しだな。ただ、心は折っていい。国王派閥を敵に回すのが、割に合わないと思わせるくらいにな」
結局の所、国の軍が真っ二つに割れているから問題が起きているわけで。
これで相手方の一般兵の心を折って、国王派閥に変えられれば、国軍の勢力図は変わる。
これが国王派閥に有利な方向へと転がれば、タイラン侯爵の反乱も鎮圧がかなり楽になるだろう。
「となると、カナエを出すのが手っ取り早いだろうな」
カナエの圧倒的パワーを見せつければ、大抵の兵士は心が折れるだろう。
少なくとも、俺は片手で超重量の長物を小枝のように振り回し、簡単に地形を変えるような化け物と戦争はしたくない。
「流れる血が少なければいいのですが……」
「その辺は相手方次第だな。戦闘が避けられるなら、それに越した事は無いけど」
俺個人としては、タイラン侯爵のような危険人物は早めに叩き潰しておきたいとは思うが。
戦争を求める人物など、今の情勢においては不純物でしかないからだ。
ただ、国軍という国の中枢の一部に関わってしまっているから、迂闊に国外追放などはできないというのが難しい所だ。
ある程度は対策するにしても、国外追放したタイラン侯爵が、リアムルド王国の情報を売って他国に取り入り、侵略者に変わる、なんてシナリオは最悪中の最悪である。
最終的には陛下の判断による部分にはなるものの、今は教国の関係で手が離せない状態ゆえに、俺たちがある程度は対策しなければならないだろう。
「ま、その辺は俺たちだけでやるわけじゃないし、側妃様も巻き込む。そこまで気負う必要は無い」
話の規模が大きくなっているからか、緊張の色が強いオルフェさんを安心させるように、やれる事をやればいいと伝えておく。
実際に嘘は言ってないし、家格の割には重用されているとはいえ、所詮は子爵家である。
裁量権など、たかが知れているのだ。
「もしもセファリシア嬢が怪我をしたりしてたら、その時はオルフェさんの力が必要だ。だから、頼むぞ」
「は、はいっ。全力を尽くしますっ」
「いい返事だ」
相変わらず緊張の色はあるものの、自分が頼られる事がある、と把握したオルフェさんは、先ほどよりも決意に満ち溢れた表情をしていた。
どうも、貧民出身だからか、戦闘訓練ではどんけつだからか、彼女は自分に自信が無さそうにしている事が多いな。
あとは心根が優しいのもあるか。
まあ、この辺は細かくケアしていかないと。
仲間のケアを心のメモに書き込みつつ、俺は馬車に揺られるのだった。




